39 / 64
第二部 炎嬢編
ねじふせる力
しおりを挟む
──光の壁に無数のひび割れが走り、次の瞬間、粉々に砕け散っていた。
「マリカ!!」
ぎりぎりに救出した魔術士の女生徒を通路の方角に送り出しつつ、私は聖女の名を呼んだ。
見れば瘴牛鬼も、激突の衝撃を振り払うように頭を振っている。
その足元、周囲に雪のように降り注ぐ光壁の欠片のなかで。
「だいじょうぶ」
マリカの声が聞こえた。
そこには、右手の聖剣を掲げてリヒトが立っていた。首にしがみつくマリカを、盾を捨てた左腕で「お姫様抱っこ」しながら。──ああ、エリシャ様にはとてもお見せできない。
「やってやりましょう、リヒト先輩!」
「聖伐!」
応える彼の声と共に、周囲へと降り注いでいた光の欠片のすべてが渦を巻きながら聖剣の刃に集約され──瘴牛鬼の背丈にも達する光の大剣と化したそれが、一閃する。
光刃は左側の角を切り落として肩を通り、まっとうな生物なら心臓のあるべき位置まで深々と斬り裂いたところで、粒子になって霧散していった。
深手を負った瘴牛鬼はよろよろと広間の奥へ、魔瘴槽のほうへと退いて──そのまま盛大に赤黒い飛沫をあげて落下し、ぼこりと大きな泡をひとつ残して、沈んでいくのだった。
「たお……した……?」
信じがたい現実を確かめるように、私は思わず口に出す。
通路の方からパーティの面々の歓声が上がった。同時に、力尽きたようにその場に倒れ込むリヒトを、流れるように体勢を入れ替えたマリカが支えて立つ。
「いいえ、まだ」
そして彼女は少し困ったように、言うのだった。
「逃げて、影狐ちゃん」
同時に私の全身を襲った震えは、忍びとしての修行で身につけた本能的な「生命の危機」に対する警告だ。
魔瘴槽の赤黒い水面が盛り上がって、先端の尖った巨大な角のようなものが一本、にょきりと生える。その高さは、ちょうどいまそこに落ちた瘴牛鬼の背丈ぐらいか。
──迷宮の主には、絶対に勝てない。
巨大すぎる角に続いて、水面を割りながら姿を現したその主──上半身だけで広間の天井に達しそうな、片角の超巨大瘴牛鬼を呆然と見上げつつ、私はアリオスの言葉を思い出していた。
ヴヴォオオォォォォ──!!
咆哮はもはや武器だ。嵐のように吹き付ける音圧から、聴覚を守るため咄嗟に両耳をふさぐ私の視界の中、騎士と聖女に向けてゆっくりと振り下ろされる瘴牛鬼の拳は、その巨大さゆえの錯覚で遅く見えているだけで、実際は凄まじい速度を伴った破滅の一撃だろう。
もう、私にできることはない。一刻も早く通路に退いて、残る四人を確実に退避させることこそが、最善の選択だろう。
それはわかっている。わかっているけれど足が動かないのは、どうやら恐怖のせいだけではなくて、彼女を助けることを諦めたくないらしい。エリシャ様以外の人間にそんな感情を抱いている自分が、意外だった。
そのときだ。唐突に通路の方角から近付いてきた気配と足音が、傍らを駆け抜けていったのは。パーティの四人のうちの誰かだろうか。命を無駄にしてはいけないと、後ろ姿を呼び止めようとした私の目の前で──
「纏装──!」
細身のシルエットがボブカットの銀髪を揺らし、そこだけ黒い鎧で覆われた右腕を天に掲げて、高らかに叫んでいた。
「──レイジョーガー!」
全身を包み込む紫炎の中で、実体化してゆく兇々しくも美しき漆黒の鎧──!
上空から迫りくる超巨大瘴牛鬼の拳に向かって、黒の魔戦士は跳躍する。振りかぶった右腕から紫光の尾を引き、リヒトとマリカの頭上を飛び越えて。
自身を余裕で握りつぶせるサイズの巨拳に真正面から、黒の魔戦士──レイジョーガーは、まばゆい紫光まとう拳を叩き込んでいた。
凄まじい衝撃音が轟き、瘴牛鬼の巨拳は上空へと弾き返されていく。
対するレイジョーガーは反動で後方に一回転しつつ、マリカたちの前方に片手を突いて着地していた。忍びの体術において最も洗練された着地法とされる、三点着地である。
──私は我を忘れ、エリシャ様の勇姿にただただ見惚れるのだった。
「マリカ!!」
ぎりぎりに救出した魔術士の女生徒を通路の方角に送り出しつつ、私は聖女の名を呼んだ。
見れば瘴牛鬼も、激突の衝撃を振り払うように頭を振っている。
その足元、周囲に雪のように降り注ぐ光壁の欠片のなかで。
「だいじょうぶ」
マリカの声が聞こえた。
そこには、右手の聖剣を掲げてリヒトが立っていた。首にしがみつくマリカを、盾を捨てた左腕で「お姫様抱っこ」しながら。──ああ、エリシャ様にはとてもお見せできない。
「やってやりましょう、リヒト先輩!」
「聖伐!」
応える彼の声と共に、周囲へと降り注いでいた光の欠片のすべてが渦を巻きながら聖剣の刃に集約され──瘴牛鬼の背丈にも達する光の大剣と化したそれが、一閃する。
光刃は左側の角を切り落として肩を通り、まっとうな生物なら心臓のあるべき位置まで深々と斬り裂いたところで、粒子になって霧散していった。
深手を負った瘴牛鬼はよろよろと広間の奥へ、魔瘴槽のほうへと退いて──そのまま盛大に赤黒い飛沫をあげて落下し、ぼこりと大きな泡をひとつ残して、沈んでいくのだった。
「たお……した……?」
信じがたい現実を確かめるように、私は思わず口に出す。
通路の方からパーティの面々の歓声が上がった。同時に、力尽きたようにその場に倒れ込むリヒトを、流れるように体勢を入れ替えたマリカが支えて立つ。
「いいえ、まだ」
そして彼女は少し困ったように、言うのだった。
「逃げて、影狐ちゃん」
同時に私の全身を襲った震えは、忍びとしての修行で身につけた本能的な「生命の危機」に対する警告だ。
魔瘴槽の赤黒い水面が盛り上がって、先端の尖った巨大な角のようなものが一本、にょきりと生える。その高さは、ちょうどいまそこに落ちた瘴牛鬼の背丈ぐらいか。
──迷宮の主には、絶対に勝てない。
巨大すぎる角に続いて、水面を割りながら姿を現したその主──上半身だけで広間の天井に達しそうな、片角の超巨大瘴牛鬼を呆然と見上げつつ、私はアリオスの言葉を思い出していた。
ヴヴォオオォォォォ──!!
咆哮はもはや武器だ。嵐のように吹き付ける音圧から、聴覚を守るため咄嗟に両耳をふさぐ私の視界の中、騎士と聖女に向けてゆっくりと振り下ろされる瘴牛鬼の拳は、その巨大さゆえの錯覚で遅く見えているだけで、実際は凄まじい速度を伴った破滅の一撃だろう。
もう、私にできることはない。一刻も早く通路に退いて、残る四人を確実に退避させることこそが、最善の選択だろう。
それはわかっている。わかっているけれど足が動かないのは、どうやら恐怖のせいだけではなくて、彼女を助けることを諦めたくないらしい。エリシャ様以外の人間にそんな感情を抱いている自分が、意外だった。
そのときだ。唐突に通路の方角から近付いてきた気配と足音が、傍らを駆け抜けていったのは。パーティの四人のうちの誰かだろうか。命を無駄にしてはいけないと、後ろ姿を呼び止めようとした私の目の前で──
「纏装──!」
細身のシルエットがボブカットの銀髪を揺らし、そこだけ黒い鎧で覆われた右腕を天に掲げて、高らかに叫んでいた。
「──レイジョーガー!」
全身を包み込む紫炎の中で、実体化してゆく兇々しくも美しき漆黒の鎧──!
上空から迫りくる超巨大瘴牛鬼の拳に向かって、黒の魔戦士は跳躍する。振りかぶった右腕から紫光の尾を引き、リヒトとマリカの頭上を飛び越えて。
自身を余裕で握りつぶせるサイズの巨拳に真正面から、黒の魔戦士──レイジョーガーは、まばゆい紫光まとう拳を叩き込んでいた。
凄まじい衝撃音が轟き、瘴牛鬼の巨拳は上空へと弾き返されていく。
対するレイジョーガーは反動で後方に一回転しつつ、マリカたちの前方に片手を突いて着地していた。忍びの体術において最も洗練された着地法とされる、三点着地である。
──私は我を忘れ、エリシャ様の勇姿にただただ見惚れるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜
みおな
恋愛
転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?
だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!
これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?
私ってモブですよね?
さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる