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第二部 炎嬢編
託されたもの
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「アリオスという名前は卒業生名簿にいくつか載っているけど、どれも目立つ生徒じゃなかった」
第三区郭安息地点の壁に据え付けられた銀の通信機から、響く声の主はユーリイ・パラディオン──第三王子にしてエリシャの婚約者、そしてこのダンジョン探索の起案者でもある策士だ。
ちなみに、能ある鷹的に爪を隠しすぎたせいか、当の婚約者からは嫌われている。衿沙としては、けっこう可愛いと思うんだけど。
「それよりも、卒業生名簿に載ってないこっちが気になる。アリオス・フレイザー、長い学園の歴史上でも最高位の秀才にして、最強級の戦士でもあったという、文武両道の極みみたいな男だ」
第二区郭からの連絡時に実兄より依頼された調査を、彼は見事にこなしてくれていた。
第三区郭道中には魔物もほとんどおらず、ボスも存在しなかったため、けっこうな短時間攻略だったはずだが。
ちなみに、ボス不在については先行する影狐達からの報告の共有で、再配置に時間が必要ということがわかっていた。道中についても同様なのだろう。つまり迷宮の魔物は、際限なく湧きつづけるわけではないということ。
「このアリオスくん、記録では卒業直前に自主退学したことになっているんだが、それほどの俊英にも関わらず以降の足跡が王国のどこにも見当たらない。──それが約三十年前、事故が起きて迷宮が封印されたという時期と重なる」
──なるほど、話がつながってきた。
「そして今、迷宮の主を自称する存在がその生徒と同じ名を名乗っている、というわけだね」
「そういうことになる。……それと兄貴、確認したいことがあるんだが」
ラファエルの総括を肯定して一息つくと、彼はこちらに問いかけてきた。ここまでの流暢さとは打って変わって、ところどころ口ごもりながら。
「……その、そっちにあいつ……エリシャが居たりなんてことは、ないよな?」
さすがはユーリイ、鋭い。
「仮面をつけた忍者っぽい女生徒と、見たことのない美少年が同行したって、魔学専攻の女生徒が目にハート浮かべながら言ってるんだが、それって……」
苦笑を浮かべた私の視線を、穏やかな微笑みで返しつつ、ラファエルは弟に答える。
「まさか、いるわけないじゃないですか。きみが婚約者を大好きなのはわかりますが、心配しすぎですよ。いま僕と一緒にいるのは、とても頼れる戦士の少年です」
第二区郭を踏破する間に、私はラファエルに全てを話していた。彼は何の疑問も挟まずそれを受け入れて、出来る限りの協力を約束してくれた。
もちろん、転生とかゲームとかの話は省いてある。そのへんに後ろめたさはあったけど、しかたないよね……。
ちなみに、私がエリシャであることは、魔術士としての魔力感知能力によって初対面の時点でだいたいわかっていたという。なんか恥ずかしい。
でも、それって魔術士相手ならバレバレということ? と焦ったけど、先日校内ですれ違った際に私の魔力が急成長していたことに驚いて気に留めていたらしい。
それに、そもそもラファエルほど高い精度の魔力探知ができる魔術士は限られているということなので、まずは一安心だ。
「…………そうか。兄貴がそう言うなら、そうなんだろうな。あとは、ボスの再配置間隔についてだが」
すこしの沈黙の後、ユーリイはいろいろ飲み込むように、次の話題に移った。彼の専属の忍びであるジン君が迷宮に単身で潜入し、いろいろ追加調査してくれているらしい。
そして様々な情報と事実と推察から、私たちは新たな方針を決めた。すなわち、ボスの再配置前に私が単身で最深部まで駆け抜ける、というものだ。
魔力の配分さえ誤らなければ、紐状素体の補助とエリシャの体力でそれが充分に可能だというのが、ラファエルの見立てだった。
さらに、彼の魔杖には魔力を他者に譲渡する特殊な術の魔紋も刻まれている。これを使って残りの魔力を私に託し、彼自身は安息地点に待機する、というわけだ。
その決断に至ったのは、影狐からの伝言にあったアリオスの「ミノタウロスには絶対に勝てない」という言葉があったから。アリオスが絶対というのなら、それなりの根拠あっての言葉だろう。
そしてラファエルが心配しているのは、先行パーティを率いるリヒトが「退く」という選択肢をあまり好まないタイプだから。
──かくして。
ラファエルの「お願いします」という一言と微笑に送り出された私は、影狐の付けてくれた目印を頼りに迷宮を駆け抜け、最深部まで辿り着いたのだ。
先行パーティの面々の「リヒトを助けて」という声を背に受け、途中ですれちがった影狐に心の中で労いの言葉をかけながら、絶対に勝てないという言葉を全力で肯定したくなる瘴牛鬼の威容を見上げる。
うん、さすがに巨大すぎて、客観視点の余裕もない。そもそもこれは等身ヒーローではなく、相応に超巨大な存在が対峙すべき怪獣だろう。
けれど、竦みそうな足を止めるわけにはいかない。
左手に握った仄かな温もりを──ラファエルから託された小さく白い魔力塊を胸の真んなかに押し当てる。
瞬間、凝縮された膨大な魔力が、彼の信頼と共に全身に流れ込んできた。私は信頼に、応えなくちゃいけないから。
「纏装《てんそう》──!」
右腕を掲げて叫んだ。天より降る隕石の如き巨拳に晒されたマリカと、ラファエルの実兄たるリヒトを守るため──
「レイジョーガー!」
──託された魔力を黒き魔鎧に変えて!
第三区郭安息地点の壁に据え付けられた銀の通信機から、響く声の主はユーリイ・パラディオン──第三王子にしてエリシャの婚約者、そしてこのダンジョン探索の起案者でもある策士だ。
ちなみに、能ある鷹的に爪を隠しすぎたせいか、当の婚約者からは嫌われている。衿沙としては、けっこう可愛いと思うんだけど。
「それよりも、卒業生名簿に載ってないこっちが気になる。アリオス・フレイザー、長い学園の歴史上でも最高位の秀才にして、最強級の戦士でもあったという、文武両道の極みみたいな男だ」
第二区郭からの連絡時に実兄より依頼された調査を、彼は見事にこなしてくれていた。
第三区郭道中には魔物もほとんどおらず、ボスも存在しなかったため、けっこうな短時間攻略だったはずだが。
ちなみに、ボス不在については先行する影狐達からの報告の共有で、再配置に時間が必要ということがわかっていた。道中についても同様なのだろう。つまり迷宮の魔物は、際限なく湧きつづけるわけではないということ。
「このアリオスくん、記録では卒業直前に自主退学したことになっているんだが、それほどの俊英にも関わらず以降の足跡が王国のどこにも見当たらない。──それが約三十年前、事故が起きて迷宮が封印されたという時期と重なる」
──なるほど、話がつながってきた。
「そして今、迷宮の主を自称する存在がその生徒と同じ名を名乗っている、というわけだね」
「そういうことになる。……それと兄貴、確認したいことがあるんだが」
ラファエルの総括を肯定して一息つくと、彼はこちらに問いかけてきた。ここまでの流暢さとは打って変わって、ところどころ口ごもりながら。
「……その、そっちにあいつ……エリシャが居たりなんてことは、ないよな?」
さすがはユーリイ、鋭い。
「仮面をつけた忍者っぽい女生徒と、見たことのない美少年が同行したって、魔学専攻の女生徒が目にハート浮かべながら言ってるんだが、それって……」
苦笑を浮かべた私の視線を、穏やかな微笑みで返しつつ、ラファエルは弟に答える。
「まさか、いるわけないじゃないですか。きみが婚約者を大好きなのはわかりますが、心配しすぎですよ。いま僕と一緒にいるのは、とても頼れる戦士の少年です」
第二区郭を踏破する間に、私はラファエルに全てを話していた。彼は何の疑問も挟まずそれを受け入れて、出来る限りの協力を約束してくれた。
もちろん、転生とかゲームとかの話は省いてある。そのへんに後ろめたさはあったけど、しかたないよね……。
ちなみに、私がエリシャであることは、魔術士としての魔力感知能力によって初対面の時点でだいたいわかっていたという。なんか恥ずかしい。
でも、それって魔術士相手ならバレバレということ? と焦ったけど、先日校内ですれ違った際に私の魔力が急成長していたことに驚いて気に留めていたらしい。
それに、そもそもラファエルほど高い精度の魔力探知ができる魔術士は限られているということなので、まずは一安心だ。
「…………そうか。兄貴がそう言うなら、そうなんだろうな。あとは、ボスの再配置間隔についてだが」
すこしの沈黙の後、ユーリイはいろいろ飲み込むように、次の話題に移った。彼の専属の忍びであるジン君が迷宮に単身で潜入し、いろいろ追加調査してくれているらしい。
そして様々な情報と事実と推察から、私たちは新たな方針を決めた。すなわち、ボスの再配置前に私が単身で最深部まで駆け抜ける、というものだ。
魔力の配分さえ誤らなければ、紐状素体の補助とエリシャの体力でそれが充分に可能だというのが、ラファエルの見立てだった。
さらに、彼の魔杖には魔力を他者に譲渡する特殊な術の魔紋も刻まれている。これを使って残りの魔力を私に託し、彼自身は安息地点に待機する、というわけだ。
その決断に至ったのは、影狐からの伝言にあったアリオスの「ミノタウロスには絶対に勝てない」という言葉があったから。アリオスが絶対というのなら、それなりの根拠あっての言葉だろう。
そしてラファエルが心配しているのは、先行パーティを率いるリヒトが「退く」という選択肢をあまり好まないタイプだから。
──かくして。
ラファエルの「お願いします」という一言と微笑に送り出された私は、影狐の付けてくれた目印を頼りに迷宮を駆け抜け、最深部まで辿り着いたのだ。
先行パーティの面々の「リヒトを助けて」という声を背に受け、途中ですれちがった影狐に心の中で労いの言葉をかけながら、絶対に勝てないという言葉を全力で肯定したくなる瘴牛鬼の威容を見上げる。
うん、さすがに巨大すぎて、客観視点の余裕もない。そもそもこれは等身ヒーローではなく、相応に超巨大な存在が対峙すべき怪獣だろう。
けれど、竦みそうな足を止めるわけにはいかない。
左手に握った仄かな温もりを──ラファエルから託された小さく白い魔力塊を胸の真んなかに押し当てる。
瞬間、凝縮された膨大な魔力が、彼の信頼と共に全身に流れ込んできた。私は信頼に、応えなくちゃいけないから。
「纏装《てんそう》──!」
右腕を掲げて叫んだ。天より降る隕石の如き巨拳に晒されたマリカと、ラファエルの実兄たるリヒトを守るため──
「レイジョーガー!」
──託された魔力を黒き魔鎧に変えて!
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