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第二部 炎嬢編
さだめ断つ刃
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漆黒の魔鎧が全身を包み込む。
その下で肌を覆う、紐状ではない完全版素体のおかげで、私の体は羽のように軽い。そしてラファエルから託された魔力が、みなぎっていた。
「とう!」
眼前にそびえる怪獣の巨体より、振り下ろされる巨大な拳に向かって跳躍する。
額で紫に輝く第三の目の攻撃予測は真っ赤な滝のように頭上から降り注ぎ、私もマリカたち二人もまとめて飲み込んでいた。
──やらせない!
魔力を右腕に集約する。振りかぶった右拳の真後ろの肘装甲から、激しい紫炎が噴射され、跳躍をさらに加速する。
溢れる魔力は紫の光となって腕全体、鋭角な肩装甲まですべてを包み、迫りくる巨拳に向け放たれた流星のように一直線に向かってゆくのだ。
「零星──」
地上までは聞こえないだろうし、もういっそ聞こえていてもいい。自身を鼓舞する意味も込めて私は、必殺技の名を叫びながら、ゼロ距離に到った巨大な拳の赤黒い表面に、右の拳を叩き込む!
「──拳ッ!」
着拳の瞬間、凄まじい衝撃が腕から全身に走り抜けた。漆黒に鎧われた私の拳は、たぶん数百倍はあるだろう質量差を覆し、巨拳を上方へと弾き返していた。
しかし同時に、体は反発力で後方に吹き飛ばされる。
高さ的には三階建てぐらいだろうか、魔鎧が守ってくれるにせよ頭から落ちるのは嫌だなと思った瞬間──素体が自動で動き、両肘と踵からの紫炎噴射によって空中で一回転する。
そのまま私は、マリカたちの前方に華麗な三点着地を決めていた。
ちなみに三点着地とは、片手・片足・片膝の三点で着地する(余ったもう片方の手には武器を持ったり見得を切ったりする)もので、海外のヒーロー映画によく見られるけど、原点は日本製アニメのヒロインである。
──などと雑学を披露している場合じゃないよね。
「マリカ、動ける?」
たぶん声を掛けるまでもないのだけれど、一応聞いてみる。
「大丈夫! また助けられちゃったね!」
声はすでに後方に離れつつあった。ちらり振り向くと、気を失ったリヒトの両腕をマリカと影狐が左右からひっつかんで、下半身をずるずる引きずるように通路の方へ退避していくのが見えた。
「先輩ごめんなさい、擦り傷とかあとで治療するから」
微かに聞こえたマリカの、それほど申し訳なさそうにも聞こえないリヒトへの弁明に苦笑しつつ。私は改めて、目の前に聳え立つ巨体を見上げる。
すでに体勢を立て直した怪獣の、拳ではなくいっぱいに開いた両掌から伸びる幅広の攻撃予測は、私の立ち位置で交差し周囲を真っ赤に染めていた。左右から挟撃して圧殺、という算段か。
広範囲過ぎてほとんど意味をなさない攻撃予測を一時解除し、逡巡する。右か、左か、正面か?
『エリオット様、角の折れている側を!』
そのとき耳元に聞こえたのは影狐の遠隔話法・風話だった。なんて頼りになるお姉ちゃんだろう。
怪獣の側頭部、水牛のそれを思わせる巨大な角は、左側だけ半ばまでしか存在していない。さらによく見れば、左肩から胸にかけてまっすぐ、周囲より一段どす黒い古傷のような痕跡が走っていることに気付く。
──そこか!
迷わず怪獣の左側──私から向かって右側に走り出す。その動きに反応し、私を握りつぶさんと迫る巨大な左掌の、柱の如き指の間をすり抜け広い手の甲に跳び乗り、そこから腕をいっきに肩まで駆け上がる!
しかし辿り着いた肩の上で、私の視界が真っ赤に染まった。再開した攻撃予測が、肩にとまった虫を払い落さんと迫る右手の存在を知らせているのだった。
『──お任せを!』
そのとき再び耳元に囁く影狐の風話に続いて、高速で飛来した白い光の矢が怪獣の手首に突き刺さる。
全身を白い光の粒子に包まれた影狐が、そこに白い長剣──おそらくはリヒトの聖剣を、深々と突き立てていた。
彼女が飛来した方角を見ると、マリカが、例の光柱を前方に突き放った体勢で立っている。リヒトはパーティの戦士と神官に託したようだ。
……つまり、光柱で影狐をミサイルのように射出したということ? なにそのかっこいい合体技、いつの間に編みだしたの! ずるい!
いや、羨ましがってる場合じゃない、二人の作ってくれた隙を無駄にしてなるものか。
霧が晴れるように攻撃予測の赤色が薄れ、色を取り戻した視界のなか、上空を見上げる。肩上からなら天井に届くことを確信し、私は全力で直上に跳躍していた。
──衿沙がエリシャになったあの日。はじめて魔玄籠手を装着し、そして奪われたあの日。私の手には唯一、黒い円筒状の魔具だけが残されていた。
お父様の解析で判明したのは、それが魔戦士ダンケルハイトの愛剣である魔刀「玄逸」の柄ではないか、ということ。
つまりそれもまた神遺物ということになるが、肝心の刃が存在しない不完全な状態だった。
そして今、この零星牙の一部分にはお父様の手によって、魔刀に刻まれていた魔紋が実験的に移植されている。
私は、ラファエルに託された魔力と、温存していた自分自身の底力を合わせ、ここですべて出し切るつもりで惜しみなく魔鎧の各部に注ぎ込んだ。
紫の燐光が、全身を包んでいく。
そして頭上に掲げた両手が天井に着いた瞬間、素体によって増幅された両腕の全力で、押し返す。
落下に転じながら私は、掲げた腕をぐるり回して胸の前に、腕を組んだ。同時に両肩の装甲が開き、肘部のそれを十本は束ねたような全開の紫炎が噴射される。
腕力プラス紫炎噴射プラス重力。尊大に腕を組んた私は、直下の怪獣に向け超高速落下する。
初変身のとき一撃で瘴犬を屠った尖踵の兇々しき円錐を芯に、全身から紫の燐光が集約し形成されてゆくのは巨大な紫光の刃。
そう、これぞ魔刀が魔紋の力、名付けて必殺──
「──零星断罪刃ッ!」
その下で肌を覆う、紐状ではない完全版素体のおかげで、私の体は羽のように軽い。そしてラファエルから託された魔力が、みなぎっていた。
「とう!」
眼前にそびえる怪獣の巨体より、振り下ろされる巨大な拳に向かって跳躍する。
額で紫に輝く第三の目の攻撃予測は真っ赤な滝のように頭上から降り注ぎ、私もマリカたち二人もまとめて飲み込んでいた。
──やらせない!
魔力を右腕に集約する。振りかぶった右拳の真後ろの肘装甲から、激しい紫炎が噴射され、跳躍をさらに加速する。
溢れる魔力は紫の光となって腕全体、鋭角な肩装甲まですべてを包み、迫りくる巨拳に向け放たれた流星のように一直線に向かってゆくのだ。
「零星──」
地上までは聞こえないだろうし、もういっそ聞こえていてもいい。自身を鼓舞する意味も込めて私は、必殺技の名を叫びながら、ゼロ距離に到った巨大な拳の赤黒い表面に、右の拳を叩き込む!
「──拳ッ!」
着拳の瞬間、凄まじい衝撃が腕から全身に走り抜けた。漆黒に鎧われた私の拳は、たぶん数百倍はあるだろう質量差を覆し、巨拳を上方へと弾き返していた。
しかし同時に、体は反発力で後方に吹き飛ばされる。
高さ的には三階建てぐらいだろうか、魔鎧が守ってくれるにせよ頭から落ちるのは嫌だなと思った瞬間──素体が自動で動き、両肘と踵からの紫炎噴射によって空中で一回転する。
そのまま私は、マリカたちの前方に華麗な三点着地を決めていた。
ちなみに三点着地とは、片手・片足・片膝の三点で着地する(余ったもう片方の手には武器を持ったり見得を切ったりする)もので、海外のヒーロー映画によく見られるけど、原点は日本製アニメのヒロインである。
──などと雑学を披露している場合じゃないよね。
「マリカ、動ける?」
たぶん声を掛けるまでもないのだけれど、一応聞いてみる。
「大丈夫! また助けられちゃったね!」
声はすでに後方に離れつつあった。ちらり振り向くと、気を失ったリヒトの両腕をマリカと影狐が左右からひっつかんで、下半身をずるずる引きずるように通路の方へ退避していくのが見えた。
「先輩ごめんなさい、擦り傷とかあとで治療するから」
微かに聞こえたマリカの、それほど申し訳なさそうにも聞こえないリヒトへの弁明に苦笑しつつ。私は改めて、目の前に聳え立つ巨体を見上げる。
すでに体勢を立て直した怪獣の、拳ではなくいっぱいに開いた両掌から伸びる幅広の攻撃予測は、私の立ち位置で交差し周囲を真っ赤に染めていた。左右から挟撃して圧殺、という算段か。
広範囲過ぎてほとんど意味をなさない攻撃予測を一時解除し、逡巡する。右か、左か、正面か?
『エリオット様、角の折れている側を!』
そのとき耳元に聞こえたのは影狐の遠隔話法・風話だった。なんて頼りになるお姉ちゃんだろう。
怪獣の側頭部、水牛のそれを思わせる巨大な角は、左側だけ半ばまでしか存在していない。さらによく見れば、左肩から胸にかけてまっすぐ、周囲より一段どす黒い古傷のような痕跡が走っていることに気付く。
──そこか!
迷わず怪獣の左側──私から向かって右側に走り出す。その動きに反応し、私を握りつぶさんと迫る巨大な左掌の、柱の如き指の間をすり抜け広い手の甲に跳び乗り、そこから腕をいっきに肩まで駆け上がる!
しかし辿り着いた肩の上で、私の視界が真っ赤に染まった。再開した攻撃予測が、肩にとまった虫を払い落さんと迫る右手の存在を知らせているのだった。
『──お任せを!』
そのとき再び耳元に囁く影狐の風話に続いて、高速で飛来した白い光の矢が怪獣の手首に突き刺さる。
全身を白い光の粒子に包まれた影狐が、そこに白い長剣──おそらくはリヒトの聖剣を、深々と突き立てていた。
彼女が飛来した方角を見ると、マリカが、例の光柱を前方に突き放った体勢で立っている。リヒトはパーティの戦士と神官に託したようだ。
……つまり、光柱で影狐をミサイルのように射出したということ? なにそのかっこいい合体技、いつの間に編みだしたの! ずるい!
いや、羨ましがってる場合じゃない、二人の作ってくれた隙を無駄にしてなるものか。
霧が晴れるように攻撃予測の赤色が薄れ、色を取り戻した視界のなか、上空を見上げる。肩上からなら天井に届くことを確信し、私は全力で直上に跳躍していた。
──衿沙がエリシャになったあの日。はじめて魔玄籠手を装着し、そして奪われたあの日。私の手には唯一、黒い円筒状の魔具だけが残されていた。
お父様の解析で判明したのは、それが魔戦士ダンケルハイトの愛剣である魔刀「玄逸」の柄ではないか、ということ。
つまりそれもまた神遺物ということになるが、肝心の刃が存在しない不完全な状態だった。
そして今、この零星牙の一部分にはお父様の手によって、魔刀に刻まれていた魔紋が実験的に移植されている。
私は、ラファエルに託された魔力と、温存していた自分自身の底力を合わせ、ここですべて出し切るつもりで惜しみなく魔鎧の各部に注ぎ込んだ。
紫の燐光が、全身を包んでいく。
そして頭上に掲げた両手が天井に着いた瞬間、素体によって増幅された両腕の全力で、押し返す。
落下に転じながら私は、掲げた腕をぐるり回して胸の前に、腕を組んだ。同時に両肩の装甲が開き、肘部のそれを十本は束ねたような全開の紫炎が噴射される。
腕力プラス紫炎噴射プラス重力。尊大に腕を組んた私は、直下の怪獣に向け超高速落下する。
初変身のとき一撃で瘴犬を屠った尖踵の兇々しき円錐を芯に、全身から紫の燐光が集約し形成されてゆくのは巨大な紫光の刃。
そう、これぞ魔刀が魔紋の力、名付けて必殺──
「──零星断罪刃ッ!」
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