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第二部 炎嬢編
底
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「──零星断罪刃ッ!」
魔戦士ダンケルハイトが数多の魔物を斬り伏せたと伝わる、魔刀「玄逸」──その魔紋を宿す右脚の尖踵を芯に、顕現せし巨大な紫光の斜刃が、怪獣の山頂じみた左肩にざっくりと喰い込む。
巨体がこちらに首をねじり、折れた角がぎりぎり私の真横の空間を薙いでいった。誰かが折ってくれたのなら、感謝を捧げなくては。
──斬り、裂けっ!
硬い皮膚に削がれた加速を補うべく、肩の紫炎噴射に最後の最後の魔力を注ぎ込む。尊大に腕を組んだ私の両肩で、応えた紫炎は煌々と輝きを増し、羽ばたく巨大な光翼と化した!
ヴァオオ……ァアァ……ァ……
咆哮を頭上に遠く聞きながら──レイジョーガーは怪獣の左肩を貫いて体内を垂直に突き進み、左胸で心臓のように脈動していた大きな魔瘴の塊を穿ち抜き、そのまま何も見えない闇の中を、どこまでも落ちて行った……
………………。
……体が、重い。視界が赤黒い闇で染まっている。
魔力を使い過ぎたのもあるだろう。だが何よりの原因は、私の体が魔瘴の中に沈んでいるせいだ。
見えてはいた、怪獣の下半身が魔瘴のプールに浸かっていること。しかしまさかその水面から下が何もないとは、考察が及ばなかった。つまり巨大な上半身だけが、魔瘴から「生えて」いる状態だったらしい。
怪獣の腰の辺りで落下の勢いが削がれたところを、うまいこと地上に脱出できればいいなとか楽観視していた私は、そんなわけで、まんまと魔瘴の澱の底に沈む羽目になったのである。
『まったく、本当に面白いやつだおまえは』
すぐ傍から、声が聞こえた。
──アリオスくん。
声になっているのかわからないけれど、私は彼の名を呼ぶ。
『絶対に倒せないよう設定された迷宮の主を、倒すとは』
呆れたように。そして、嬉しそうに。
『おかげで、迷宮の主としての管理者権限を取り戻せたよ』
誰かが私の体を、優しく抱き上げてくれるのを感じた。つづいて上昇感。遠くから、私の偽名を叫ぶ声がふたつ、聞こえてきた。きっと、影狐とマリカだ。
『おまえの名前、エリオットというのか』
赤黒い闇がとつぜんに、光に転じる。魔瘴の中から抱き上げられた私の体は、赤黒い水面の真ん中に浮かんでいた。
その赤黒い水面が、まるで瘴粘のように蠢いて人型に盛り上がり、魔鎧をまとった私を軽々とお姫様抱っこしているのだった。
これは私の限りなく深読みに近い考察なのだけれど、このプールに溜まった魔瘴がすべて巨大な瘴粘で、そこから小さく分裂した瘴粘が迷宮の各所で状況を把握、制御していたのではないか。
第二区郭で対話したアリオスの声もきっと、その直後に見かけた瘴粘を介したものだったのだろう。つまりこの大瘴粘こそ、迷宮に魔物を生み出しすべてを統括する迷宮の主=アリオス、そのもの。
「私のほんとうの名前は、エリシャ……エリシャ・ダンケルハイト」
瘴粘の、うっすらと目鼻の面影が浮かんだ顔を覗き込みながら、私は名乗る。きっとそれが、彼がアリオス・フレイザーだったころの姿なのだろう。
「……ダンケルハイト……」
水面を滑るようにプールの端へと私を運びながら、彼は噛みしめるように言った。その声はもう加工もなくて、張りのある少年のそれになっている。
「俺がまだ生徒だったころ、同級生にもおまえのように面白いやつがいた。体が弱いくせに、やたら正義感が強くて、賢くて……それから美人だった」
彼の腕からプールサイドに降り立った私は、駆け寄るマリカと影狐の方を見やりながら、その言葉を黙って聞いていた。彼が記録上で学園を自主退学したのが、約三十年前だという。つまり、それは。
「あいつ──エリーゼ・ダンケルハイトは、健在か?」
──アリオスが口にしたのは、エリシャのお母様の名前だった。
魔戦士ダンケルハイトが数多の魔物を斬り伏せたと伝わる、魔刀「玄逸」──その魔紋を宿す右脚の尖踵を芯に、顕現せし巨大な紫光の斜刃が、怪獣の山頂じみた左肩にざっくりと喰い込む。
巨体がこちらに首をねじり、折れた角がぎりぎり私の真横の空間を薙いでいった。誰かが折ってくれたのなら、感謝を捧げなくては。
──斬り、裂けっ!
硬い皮膚に削がれた加速を補うべく、肩の紫炎噴射に最後の最後の魔力を注ぎ込む。尊大に腕を組んだ私の両肩で、応えた紫炎は煌々と輝きを増し、羽ばたく巨大な光翼と化した!
ヴァオオ……ァアァ……ァ……
咆哮を頭上に遠く聞きながら──レイジョーガーは怪獣の左肩を貫いて体内を垂直に突き進み、左胸で心臓のように脈動していた大きな魔瘴の塊を穿ち抜き、そのまま何も見えない闇の中を、どこまでも落ちて行った……
………………。
……体が、重い。視界が赤黒い闇で染まっている。
魔力を使い過ぎたのもあるだろう。だが何よりの原因は、私の体が魔瘴の中に沈んでいるせいだ。
見えてはいた、怪獣の下半身が魔瘴のプールに浸かっていること。しかしまさかその水面から下が何もないとは、考察が及ばなかった。つまり巨大な上半身だけが、魔瘴から「生えて」いる状態だったらしい。
怪獣の腰の辺りで落下の勢いが削がれたところを、うまいこと地上に脱出できればいいなとか楽観視していた私は、そんなわけで、まんまと魔瘴の澱の底に沈む羽目になったのである。
『まったく、本当に面白いやつだおまえは』
すぐ傍から、声が聞こえた。
──アリオスくん。
声になっているのかわからないけれど、私は彼の名を呼ぶ。
『絶対に倒せないよう設定された迷宮の主を、倒すとは』
呆れたように。そして、嬉しそうに。
『おかげで、迷宮の主としての管理者権限を取り戻せたよ』
誰かが私の体を、優しく抱き上げてくれるのを感じた。つづいて上昇感。遠くから、私の偽名を叫ぶ声がふたつ、聞こえてきた。きっと、影狐とマリカだ。
『おまえの名前、エリオットというのか』
赤黒い闇がとつぜんに、光に転じる。魔瘴の中から抱き上げられた私の体は、赤黒い水面の真ん中に浮かんでいた。
その赤黒い水面が、まるで瘴粘のように蠢いて人型に盛り上がり、魔鎧をまとった私を軽々とお姫様抱っこしているのだった。
これは私の限りなく深読みに近い考察なのだけれど、このプールに溜まった魔瘴がすべて巨大な瘴粘で、そこから小さく分裂した瘴粘が迷宮の各所で状況を把握、制御していたのではないか。
第二区郭で対話したアリオスの声もきっと、その直後に見かけた瘴粘を介したものだったのだろう。つまりこの大瘴粘こそ、迷宮に魔物を生み出しすべてを統括する迷宮の主=アリオス、そのもの。
「私のほんとうの名前は、エリシャ……エリシャ・ダンケルハイト」
瘴粘の、うっすらと目鼻の面影が浮かんだ顔を覗き込みながら、私は名乗る。きっとそれが、彼がアリオス・フレイザーだったころの姿なのだろう。
「……ダンケルハイト……」
水面を滑るようにプールの端へと私を運びながら、彼は噛みしめるように言った。その声はもう加工もなくて、張りのある少年のそれになっている。
「俺がまだ生徒だったころ、同級生にもおまえのように面白いやつがいた。体が弱いくせに、やたら正義感が強くて、賢くて……それから美人だった」
彼の腕からプールサイドに降り立った私は、駆け寄るマリカと影狐の方を見やりながら、その言葉を黙って聞いていた。彼が記録上で学園を自主退学したのが、約三十年前だという。つまり、それは。
「あいつ──エリーゼ・ダンケルハイトは、健在か?」
──アリオスが口にしたのは、エリシャのお母様の名前だった。
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