42 / 64
第二部 炎嬢編
底
しおりを挟む
「──零星断罪刃ッ!」
魔戦士ダンケルハイトが数多の魔物を斬り伏せたと伝わる、魔刀「玄逸」──その魔紋を宿す右脚の尖踵を芯に、顕現せし巨大な紫光の斜刃が、怪獣の山頂じみた左肩にざっくりと喰い込む。
巨体がこちらに首をねじり、折れた角がぎりぎり私の真横の空間を薙いでいった。誰かが折ってくれたのなら、感謝を捧げなくては。
──斬り、裂けっ!
硬い皮膚に削がれた加速を補うべく、肩の紫炎噴射に最後の最後の魔力を注ぎ込む。尊大に腕を組んだ私の両肩で、応えた紫炎は煌々と輝きを増し、羽ばたく巨大な光翼と化した!
ヴァオオ……ァアァ……ァ……
咆哮を頭上に遠く聞きながら──レイジョーガーは怪獣の左肩を貫いて体内を垂直に突き進み、左胸で心臓のように脈動していた大きな魔瘴の塊を穿ち抜き、そのまま何も見えない闇の中を、どこまでも落ちて行った……
………………。
……体が、重い。視界が赤黒い闇で染まっている。
魔力を使い過ぎたのもあるだろう。だが何よりの原因は、私の体が魔瘴の中に沈んでいるせいだ。
見えてはいた、怪獣の下半身が魔瘴のプールに浸かっていること。しかしまさかその水面から下が何もないとは、考察が及ばなかった。つまり巨大な上半身だけが、魔瘴から「生えて」いる状態だったらしい。
怪獣の腰の辺りで落下の勢いが削がれたところを、うまいこと地上に脱出できればいいなとか楽観視していた私は、そんなわけで、まんまと魔瘴の澱の底に沈む羽目になったのである。
『まったく、本当に面白いやつだおまえは』
すぐ傍から、声が聞こえた。
──アリオスくん。
声になっているのかわからないけれど、私は彼の名を呼ぶ。
『絶対に倒せないよう設定された迷宮の主を、倒すとは』
呆れたように。そして、嬉しそうに。
『おかげで、迷宮の主としての管理者権限を取り戻せたよ』
誰かが私の体を、優しく抱き上げてくれるのを感じた。つづいて上昇感。遠くから、私の偽名を叫ぶ声がふたつ、聞こえてきた。きっと、影狐とマリカだ。
『おまえの名前、エリオットというのか』
赤黒い闇がとつぜんに、光に転じる。魔瘴の中から抱き上げられた私の体は、赤黒い水面の真ん中に浮かんでいた。
その赤黒い水面が、まるで瘴粘のように蠢いて人型に盛り上がり、魔鎧をまとった私を軽々とお姫様抱っこしているのだった。
これは私の限りなく深読みに近い考察なのだけれど、このプールに溜まった魔瘴がすべて巨大な瘴粘で、そこから小さく分裂した瘴粘が迷宮の各所で状況を把握、制御していたのではないか。
第二区郭で対話したアリオスの声もきっと、その直後に見かけた瘴粘を介したものだったのだろう。つまりこの大瘴粘こそ、迷宮に魔物を生み出しすべてを統括する迷宮の主=アリオス、そのもの。
「私のほんとうの名前は、エリシャ……エリシャ・ダンケルハイト」
瘴粘の、うっすらと目鼻の面影が浮かんだ顔を覗き込みながら、私は名乗る。きっとそれが、彼がアリオス・フレイザーだったころの姿なのだろう。
「……ダンケルハイト……」
水面を滑るようにプールの端へと私を運びながら、彼は噛みしめるように言った。その声はもう加工もなくて、張りのある少年のそれになっている。
「俺がまだ生徒だったころ、同級生にもおまえのように面白いやつがいた。体が弱いくせに、やたら正義感が強くて、賢くて……それから美人だった」
彼の腕からプールサイドに降り立った私は、駆け寄るマリカと影狐の方を見やりながら、その言葉を黙って聞いていた。彼が記録上で学園を自主退学したのが、約三十年前だという。つまり、それは。
「あいつ──エリーゼ・ダンケルハイトは、健在か?」
──アリオスが口にしたのは、エリシャのお母様の名前だった。
魔戦士ダンケルハイトが数多の魔物を斬り伏せたと伝わる、魔刀「玄逸」──その魔紋を宿す右脚の尖踵を芯に、顕現せし巨大な紫光の斜刃が、怪獣の山頂じみた左肩にざっくりと喰い込む。
巨体がこちらに首をねじり、折れた角がぎりぎり私の真横の空間を薙いでいった。誰かが折ってくれたのなら、感謝を捧げなくては。
──斬り、裂けっ!
硬い皮膚に削がれた加速を補うべく、肩の紫炎噴射に最後の最後の魔力を注ぎ込む。尊大に腕を組んだ私の両肩で、応えた紫炎は煌々と輝きを増し、羽ばたく巨大な光翼と化した!
ヴァオオ……ァアァ……ァ……
咆哮を頭上に遠く聞きながら──レイジョーガーは怪獣の左肩を貫いて体内を垂直に突き進み、左胸で心臓のように脈動していた大きな魔瘴の塊を穿ち抜き、そのまま何も見えない闇の中を、どこまでも落ちて行った……
………………。
……体が、重い。視界が赤黒い闇で染まっている。
魔力を使い過ぎたのもあるだろう。だが何よりの原因は、私の体が魔瘴の中に沈んでいるせいだ。
見えてはいた、怪獣の下半身が魔瘴のプールに浸かっていること。しかしまさかその水面から下が何もないとは、考察が及ばなかった。つまり巨大な上半身だけが、魔瘴から「生えて」いる状態だったらしい。
怪獣の腰の辺りで落下の勢いが削がれたところを、うまいこと地上に脱出できればいいなとか楽観視していた私は、そんなわけで、まんまと魔瘴の澱の底に沈む羽目になったのである。
『まったく、本当に面白いやつだおまえは』
すぐ傍から、声が聞こえた。
──アリオスくん。
声になっているのかわからないけれど、私は彼の名を呼ぶ。
『絶対に倒せないよう設定された迷宮の主を、倒すとは』
呆れたように。そして、嬉しそうに。
『おかげで、迷宮の主としての管理者権限を取り戻せたよ』
誰かが私の体を、優しく抱き上げてくれるのを感じた。つづいて上昇感。遠くから、私の偽名を叫ぶ声がふたつ、聞こえてきた。きっと、影狐とマリカだ。
『おまえの名前、エリオットというのか』
赤黒い闇がとつぜんに、光に転じる。魔瘴の中から抱き上げられた私の体は、赤黒い水面の真ん中に浮かんでいた。
その赤黒い水面が、まるで瘴粘のように蠢いて人型に盛り上がり、魔鎧をまとった私を軽々とお姫様抱っこしているのだった。
これは私の限りなく深読みに近い考察なのだけれど、このプールに溜まった魔瘴がすべて巨大な瘴粘で、そこから小さく分裂した瘴粘が迷宮の各所で状況を把握、制御していたのではないか。
第二区郭で対話したアリオスの声もきっと、その直後に見かけた瘴粘を介したものだったのだろう。つまりこの大瘴粘こそ、迷宮に魔物を生み出しすべてを統括する迷宮の主=アリオス、そのもの。
「私のほんとうの名前は、エリシャ……エリシャ・ダンケルハイト」
瘴粘の、うっすらと目鼻の面影が浮かんだ顔を覗き込みながら、私は名乗る。きっとそれが、彼がアリオス・フレイザーだったころの姿なのだろう。
「……ダンケルハイト……」
水面を滑るようにプールの端へと私を運びながら、彼は噛みしめるように言った。その声はもう加工もなくて、張りのある少年のそれになっている。
「俺がまだ生徒だったころ、同級生にもおまえのように面白いやつがいた。体が弱いくせに、やたら正義感が強くて、賢くて……それから美人だった」
彼の腕からプールサイドに降り立った私は、駆け寄るマリカと影狐の方を見やりながら、その言葉を黙って聞いていた。彼が記録上で学園を自主退学したのが、約三十年前だという。つまり、それは。
「あいつ──エリーゼ・ダンケルハイトは、健在か?」
──アリオスが口にしたのは、エリシャのお母様の名前だった。
0
あなたにおすすめの小説
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜
みおな
恋愛
転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?
だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!
これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?
私ってモブですよね?
さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる