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第三部 天嬢篇
仮面舞踏会【後篇】
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空には更にいくつもの黒円が出現していた。
そこから同じ姿の、紅い魔鎧兵たちが続々と会場に降り立つ。
会場の各所に配備されていた近衛騎士隊が、訓練通りの見事に統制された動作で斬りかかり、その刃をあっさりと装甲に阻まれる。
そして次の瞬間には、いつかの私が騎士にしたように、圧倒的な力でねじ伏せられていく。
そのたび会場は、怒号と悲鳴がないまぜの喧騒で包まれていった。
「──聖女様、私めの背に!」
舞台上、ひらり跳び乗ったリヒトが凛然と言い放ちながら、マリカを背にかばう。胸のどこかで、ちりりと羨望がくすぶるのを感じた。
それらをぐるりと一瞥してから、ひとりテーブルに腰かけたままの私は、優雅に紅茶のカップを口元へ寄せる。ミオリが淹れてくれた、毎朝の紅茶だ。咲き乱れる香りが心を落ち着け、頭は冴え渡っていく。
──いつもありがとう、ミオリ。
別命を果たすべく、すでに傍らにはいない彼女に、心の底からの感謝を捧げる。
あの日、アニメで見たこの日の光景を、脳内で幾度リプレイしたことだろう。そのおかげもあってか、私は自分でも意外なくらい平常心だった。──さて、そろそろかしら。
「いたぞ! こいつが侯爵令嬢だ!」
暴力に酔い痴れた声が響く。重い足音と共に、五体の魔鎧兵が、椅子に掛けたままの私を取り囲んでいた。
「我らに従っていただければ、あなたの命だけは保証しましょう」
装甲に金ラインの走る兵長用魔鎧兵が、私の傍らにひとり進み出て紳士的脅迫を発する。気持ち程度だけど、出力が強化されているタイプのはず。
「そ、ご丁寧にありがとう。けれど、お断りさせていただくわ」
私は悠然とカップを置きながら、丁重に、そして毅然と吐き捨てた。
それを聞き届けると同時に、噴出した彼らの強烈な殺意が私の白肌を粟立たせる。
複製時の魔紋の変質により量産型に発生した、装着者の残虐性を引き出すという副作用を、お父様は切除しようとしていた。
しかしジブリールは、強き兵士のための副次効果として残したのだった。
残虐性に火が着いたのなら、相手が生身の少女だろうと関係ないことだろう。あるいは、嗜虐心を更にかきたてるかも知れない。その無惨な結果を、私はこの目で見ている。
ああ、それで思い出した。アニメを見て私は「特撮なら絶対に同じ技術で変身して反撃する展開なのに」などと、そんなことを思ったのだ。今まさに変身をせんとしているのは、空気の読めない勇敢な青年ではなく──悪役令嬢自身なのだけれど。
流れるような優雅さで椅子から立ち上がった私は、兵長用に向き合いつつ、右腕の黒い輪具を天に掲げた。この半年間で磨き上げた魔力を、そこに惜しみなく流し込む。
「──まさか、それは?」
「そのまさか、かもね」
長い黒髪が紫の燐光をまとって背にふわりと拡がり、ドレスの裾がはためく。
「纏装──」
そして私は、運命に抗う力の銘を、高らかに呼んだ。
「レイ!」
紫の炎が全身を包み込み、燃え上がったドレスは濃紫の素体に再構築されて、私の肌を密に覆っていく。
「ジョー!」
燃え盛る炎は凝結して黒い装甲となり、悪魔の如き姿を組み上げて。
「ガーッ!」
最後に炎は散華するように消え、兇々しき漆黒の魔鎧を纏って私は、そこに立つのだ。
「──どうなっている!? 王国に魔鎧は存在しないはずだ!」
「なんて禍々しい姿……それにこの凄まじい魔力は……」
浮足立つ魔鎧兵たちの装甲から、スマホの振動めいた低周音が鳴り響きはじめる。
「これは……我々の魔鎧が……震えているのか……」
「兵長、制御不良が……!」
「落ち着け、相手は一人だ! 全員で掛かれば負けることは……」
ジブリールの試整壱型は、魔玄籠手の原型魔紋の影響で自壊した。
同様に、原型魔紋に限りなく近いレイジョーガーの魔紋が、魔鎧兵の魔紋に干渉して何らかの機能不全を引き起こすことも、充分あり得る。──お父様の、想定通りだ。
じわじわと後ずさる魔鎧兵たちを前に私は、腰に手を添え優雅に、尖踵の一歩を踏み出していた。
「さあ──」
そして人数も体格も此方に勝る彼らを見下すように、ずっと準備してきた最高の決め台詞を言い放つ。
「──仮面舞踏会の開宴よ!」
そこから同じ姿の、紅い魔鎧兵たちが続々と会場に降り立つ。
会場の各所に配備されていた近衛騎士隊が、訓練通りの見事に統制された動作で斬りかかり、その刃をあっさりと装甲に阻まれる。
そして次の瞬間には、いつかの私が騎士にしたように、圧倒的な力でねじ伏せられていく。
そのたび会場は、怒号と悲鳴がないまぜの喧騒で包まれていった。
「──聖女様、私めの背に!」
舞台上、ひらり跳び乗ったリヒトが凛然と言い放ちながら、マリカを背にかばう。胸のどこかで、ちりりと羨望がくすぶるのを感じた。
それらをぐるりと一瞥してから、ひとりテーブルに腰かけたままの私は、優雅に紅茶のカップを口元へ寄せる。ミオリが淹れてくれた、毎朝の紅茶だ。咲き乱れる香りが心を落ち着け、頭は冴え渡っていく。
──いつもありがとう、ミオリ。
別命を果たすべく、すでに傍らにはいない彼女に、心の底からの感謝を捧げる。
あの日、アニメで見たこの日の光景を、脳内で幾度リプレイしたことだろう。そのおかげもあってか、私は自分でも意外なくらい平常心だった。──さて、そろそろかしら。
「いたぞ! こいつが侯爵令嬢だ!」
暴力に酔い痴れた声が響く。重い足音と共に、五体の魔鎧兵が、椅子に掛けたままの私を取り囲んでいた。
「我らに従っていただければ、あなたの命だけは保証しましょう」
装甲に金ラインの走る兵長用魔鎧兵が、私の傍らにひとり進み出て紳士的脅迫を発する。気持ち程度だけど、出力が強化されているタイプのはず。
「そ、ご丁寧にありがとう。けれど、お断りさせていただくわ」
私は悠然とカップを置きながら、丁重に、そして毅然と吐き捨てた。
それを聞き届けると同時に、噴出した彼らの強烈な殺意が私の白肌を粟立たせる。
複製時の魔紋の変質により量産型に発生した、装着者の残虐性を引き出すという副作用を、お父様は切除しようとしていた。
しかしジブリールは、強き兵士のための副次効果として残したのだった。
残虐性に火が着いたのなら、相手が生身の少女だろうと関係ないことだろう。あるいは、嗜虐心を更にかきたてるかも知れない。その無惨な結果を、私はこの目で見ている。
ああ、それで思い出した。アニメを見て私は「特撮なら絶対に同じ技術で変身して反撃する展開なのに」などと、そんなことを思ったのだ。今まさに変身をせんとしているのは、空気の読めない勇敢な青年ではなく──悪役令嬢自身なのだけれど。
流れるような優雅さで椅子から立ち上がった私は、兵長用に向き合いつつ、右腕の黒い輪具を天に掲げた。この半年間で磨き上げた魔力を、そこに惜しみなく流し込む。
「──まさか、それは?」
「そのまさか、かもね」
長い黒髪が紫の燐光をまとって背にふわりと拡がり、ドレスの裾がはためく。
「纏装──」
そして私は、運命に抗う力の銘を、高らかに呼んだ。
「レイ!」
紫の炎が全身を包み込み、燃え上がったドレスは濃紫の素体に再構築されて、私の肌を密に覆っていく。
「ジョー!」
燃え盛る炎は凝結して黒い装甲となり、悪魔の如き姿を組み上げて。
「ガーッ!」
最後に炎は散華するように消え、兇々しき漆黒の魔鎧を纏って私は、そこに立つのだ。
「──どうなっている!? 王国に魔鎧は存在しないはずだ!」
「なんて禍々しい姿……それにこの凄まじい魔力は……」
浮足立つ魔鎧兵たちの装甲から、スマホの振動めいた低周音が鳴り響きはじめる。
「これは……我々の魔鎧が……震えているのか……」
「兵長、制御不良が……!」
「落ち着け、相手は一人だ! 全員で掛かれば負けることは……」
ジブリールの試整壱型は、魔玄籠手の原型魔紋の影響で自壊した。
同様に、原型魔紋に限りなく近いレイジョーガーの魔紋が、魔鎧兵の魔紋に干渉して何らかの機能不全を引き起こすことも、充分あり得る。──お父様の、想定通りだ。
じわじわと後ずさる魔鎧兵たちを前に私は、腰に手を添え優雅に、尖踵の一歩を踏み出していた。
「さあ──」
そして人数も体格も此方に勝る彼らを見下すように、ずっと準備してきた最高の決め台詞を言い放つ。
「──仮面舞踏会の開宴よ!」
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