先輩は、僕のもの【3】

ゆおや@BL文庫

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柊の葛藤

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 ――気づけば12月。冷たい風に肩をすくめながら会社へ向かう朝が、日常になっていた。年末進行で、職場は慌ただしかった。商談や資料作成、立て込むスケジュール。時間は、ただ過ぎていった。

「先輩、これシュレッダーかけときました」
「今日、外回りですよね? マフラーしていったほうがいいですよ」

 少し上目遣いで覗き込むような視線。声は高めで、語尾がやわらかい。颯は、誰にでもそうだった。

 上司に資料を渡すときも、同僚に話しかけるときも、営業先の受付でも、にこっと笑ってみせる。

 基本的に距離が近くて、声が優しくて、ちょっとした仕草が、いちいち目を引く。それが、好意だと受け取ってしまうような雰囲気を持っていた。

 けれど、その裏にあるのは支配の熱。あれだけは、きっと自分だけに与えられたものだった。

 なのに、今の颯は「誰に対しても同じ顔」をしているように見える。 

(俺が、特別だったわけじゃないのか……?)

 昼休み。颯が先輩社員の肩に軽く手を置きながら笑顔で雑談をしていた。少し屈んで距離を縮めるその姿がどこか、あの夜の体勢に似ていた。そう思ってしまった。

 仕事帰りの電車。隣に立つ颯はスマホをぽちぽちといじっている。

「先輩、今日もお疲れ様でした。おやすみなさいって、今のうちに言っときますね」

 冗談っぽく笑うが、それがまた……可愛い。でも、それは、あの夜の颯じゃない。 

(……虚しい)
(たしかに今、こうして隣にいるのに……)
(手が届いてない気がする)

 香りも、肌も、あのときの吐息も。ここ最近の颯からは、一切感じられない。感じるのは、自分だけがあの夜を引きずっているという現実。 

 最後の支配があったのは確か九月。それから少しして颯は、連休を取り休んだ。

 そこから、何もない。それからは少し、颯が遠くに行ってしまったような何とも言えない寂しさが心を襲っていた。

 あの夜の続きがないことが、じわじわと胸の奥を締め付けていく。その笑顔が変わらないほど──疼きは深くなっていた。

 颯の支配は、俺の夜の生活すらにも影響を与えていた。布団の中、ひとり。俺は枕元のスマホに視線を落とし、検索してしまっていた。

【 汗の匂い 興奮 男性 】
【 匂いフェチ 男 】
【 男の脇 匂い 舐めたい 】

 無意識に指が動いている。画面をスクロールしながら、息が詰まるような焦燥と、出てくる画像や動画を見て興奮してしまう自分への戸惑い。

 目を閉じればあの夜の記憶がよみがえる。脇に顔を埋め、夢中に匂いをかぎ我を忘れて舐める自分の姿。そして「よく言えました」と微笑む颯の顔。

 心も身体もあの一言だけで支配されていた。
 褒められたい。そうとも思ってしまっている。

 なのに、あの支配者はいつも隣で、人懐っこく笑い可愛い声で「先輩」と呼ぶ。 

 俺は──颯に変えられてしまった。

 人並み以上には多分モテて、容姿を褒められ人並みに恋をして、人並みの経験して……人並みの性癖を持って、マニュアル通り女の子を妄想して……
 初体験も、もちろん女の子だった。

 だけど、地方出張のあの夜颯にキスをしたあの日から……自分の身体は、おかしくなっていた。間違いなく俺は同じ男に発情しているのだから。それも、行為をするとかではない。匂いという目には見えないものにだ。

 普通じゃない。けれど、もう止められなかった。諦めた俺は、部屋の灯りを落とす。遮光カーテンの隙間から冷たい街灯がわずかに差し込んでいた。

 その淡い光の中で、ひとつ呼吸を吐く。 

「……っ、……」

 熱が、胸の奥からじわじわとせり上がってくる。
 鼻の奥が疼いてしまって、恥ずかしさがまとわりつくようだった。 

 記憶の底からあの夜の残り香を探る。体温のこもった、甘くて酸っぱい濃い匂い。自分の唾液が混じった、欲望の匂い。

「……っ、……ん」 

 先走った液を指先で馴染ませる。気づけば俺は、硬くなったモノを握っていた。

 ひとつ、またひとつと、こぼれそうな吐息を喉の奥に押し込めながら、それでも止められずに身体は震えていた。

(また、あの声で……責めてほしい……)
(もう、笑いかけるだけじゃ足りない……)
「……っ、く、は……っ」

 微かに、声が漏れた。スマホの画面に映る誰の物かはわからない脇の写真を見て、俺は扱く速度を早めていた。

(支配してほしい)

──また、颯に、壊されたい。

「……は……んっ、あ……」

 喉の奥で、吐息がもつれていく。

「うっ…………イクっ…………」

 そして俺は、ひとりきりで静かに身体の奥に溜まった熱を──解き放った。

 深く息を吐いたあと、首筋に残る微かな汗と鼓動の余韻だけが、あの夜の続きがまだどこかで脈打っていることを教えていた。

 ──颯の声も、匂いも、笑顔も。全てが、身体に染み付いていた。
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