先輩は、僕のもの【3】

ゆおや@BL文庫

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柊の葛藤

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 頭上で金属音が再び鳴る。引き締まった拘束具に、俺の呼吸がひとつ荒くなる。その反応を、颯は見逃さなかった。

「……先輩」

 すぐそばで、小さな笑い声が落ちる。どこまでもあどけないトーン。

「さっきから、ここ……当たってます」

 指先が、ズボンの上から、突起した熱いものに軽く触れる。ほんの少し触れただけで、火照った身体が微かに震える。

「まだ触ってもないのに……言葉と拘束だけでこんなに硬くしてるんですか?」

 甘く責めるように、囁く。

「拘束だけで……ほんとに満足ですか? もっと欲しいんじゃないですか?」

 言葉の圧だけで膝が崩れそうだった。

「……っ、俺……」

 唇が震える。その声の奥に、確かに渇望があった。颯は、すでに分かっていた。その身体が求めているのは、ただの刺激じゃない。

「俺……? なんですか? 何が欲しいんですか?」

 耳元で、香りとともに吐きかけられるような声。

「ちゃんと教えてください。何が……欲しいのか」

 頬にかかる吐息が甘くて熱い。視界を塞がれたまま、縛られた両手に力が入る。そして、堪えきれずに――

「……匂いが、欲しい」
「……神城の匂いが全部……欲しい……」

 それが渇望。敗北にも近い囁きだった。けれど、もう抗えなかった。身体が、心がもうとっくに──あの匂いに支配されていたから。

 震える声がこぼれた直後、颯はくすっと、まるで悪戯が、成功した子供のように笑った。

「欲しい? ちょっと違いますよね?」

 その声は、どこまでも優しくて、でも、逃げ場を塞ぐような甘さを含んでいた。

「お願いするとき……そんな言葉遣いでいいんですか?」

 縛られた手元にそっと触れながら、耳元に口を寄せて、囁くように重ねてくる。

「ちゃんと言ってください……どうやって、欲しいって伝えるか」

 俺は、唇を噛んだ。言いたい。でも、言えない。羞恥と欲望がせめぎ合い熱く火照った身体が、動けないまま震えている。

「先輩……ちゃんと言葉にしないと叶えてあげられませんよ?」

 その声が、意識の奥を焦がしていく。あの日のような支配のトーン。けれど今は、もっと深く入り込んでくる。俺は、吐息を震わせたまま、必死に自分の中にある言葉を探しそして、搾り出すように――

「……お願い、します。颯の匂いを……俺に……ください……」
「颯の匂いで……俺を……おかしくして……ください」

 言い終えた瞬間身体が熱に包まれる。見えない視界の中ふっと笑う気配が落ちてくる。

「……よくできました。じゃあ、ご褒美……いっぱいあげますね」

 そう言った颯の声は今まででいちばん甘く、そして支配者のそれだった。

「ところで……寒いですね。暖房、つけましょうか」

 そう言って、颯はリモコンを手に取り、空調の温度をゆっくりと上げていく。ピッ、ピッ、ピッと連続して電子音が鳴るとすぐに、吹き出し口から熱風が部屋全体に広がっていく。空気がじんわりと熱を帯び、閉じ込められた身体の内側の温度と溶け合うように、俺の肌にもじっとりと汗が滲みはじめた。

 その時、布ずれの音が落ちる。耳を澄ませるまでもなく聞こえてきた。服が滑り落ちる音。肌と肌がふれる小さな湿り気の音。

 ──颯が、脱いでいる。
 匂いがもうすぐ支配してくれる……その事実だけで、俺の中の緊張が跳ね上がる。

 温風と共に鼻を掠めるように届いたのは、ほんのりとした石けんの匂いと混じりはじめる人肌の匂い。

「先輩……?」

 颯の声がまた、耳元に近づく。

「先輩の体、もう、こんなに汗かいてる……可愛いですね。身体も、すっごく素直で」

 肌をなぞるような指の感触。ゆっくり、わざと熱のこもった場所を探すような、ねっとりとした触れ方。

「でも……まずは、先輩の匂いから楽しませてくださいね」

 囁くように言うと颯は俺の背後からそっと顔を近づけた。すでにシャツは開かれ肌にこもった熱と汗が、空気の中に滲み出している。

「……僕も嗅ぎたかったんです」

 ぴたりと、鼻先が首筋に触れた。そして──スゥ……ッゆっくりと、音を立てて吸い込む。汗の匂いをひとつ残らず逃さないように、鼻から深く深く肺の奥まで満たすように。

「……やっぱり、先輩の匂い……クセになります。先輩と同じで、僕も匂いで興奮しちゃうんです」

 また、音を立てて嗅ぐ。今度は肩のあたり、うなじへ。
 
 スッ……シュゥ……ッ
 
 舌先が触れそうな距離で、湿った吐息が肌を撫でるたびに俺の背筋が震える。

「ずっと会社でも、近くにいるのに……こうやって、鼻押し付けて先輩の匂い嗅ぎたい衝動を、何度も抑えてたのに……」
「今は……全部好きにしていいんですよね?」

 そう言って颯の顔がゆっくりと下がる。首筋、鎖骨、耳の裏そして胸元──そして、そのままわき腹へと鼻を滑らせていく。

「……ここ。汗が溜まっててすごく、いい匂いです」

 舌で舐めるように、ではなくあくまで嗅ぐ。
 音を立てて、何度も何度も。
 
 スゥ……スッ……シュゥ……ッ
 
「先輩が好きな……脇って……特別な場所ですよね」
「普段は絶対に嗅がせない」
「だからこそ、嗅がれる側は、恥ずかしくて今の先輩みたいに体を離そうと反応する……」
「だからこそ、嗅ぐ側は……興奮する……」

 言葉と吐息、そして匂い。嗅覚で心を縛りながら颯は、羞恥と快感をひとつに混ぜていく。

「ほら。もっと……ここ擦り寄らせてください。もっと……もっと、僕の鼻に染み込ませて」

 あまりの恥ずかしさに身体が小さく震える。視界を奪われたまま、ただ嗅がれている。それだけなのに全身が熱くなっていた。

「……っ」

 鼻を鳴らす音──スゥ……ッ
 呼吸も、心拍もなにもかもが敏感になっていた。
 まるで、自分の五感だけが浮き彫りにされていくようで。

「はぁ……すごいですね、先輩」

 吐息混じりの声が、耳にかかる。

 次の瞬間──ふわりと、背後から胸に颯の手が置かれた。軽く、でも確かに触れている。両手で包み込み……揉むように。

 浮き出た汗を指先で馴染ませるように。そこから伝わる熱が、俺の芯まで染み込んでくる。
 そして、耳元で囁かれる。

「先輩の脇……臭いです」

 言葉は柔らかい。けれど、その内容は容赦がなかった。 

「こんな、臭いところ……嗅いで舐めて……それで、あんなに興奮してたんですか?」
「先輩ってそういう人だったんですね」
「変態すぎて……どうしようもないですね」

 サウナのように包まれた部屋の中、嗅がれて罵られて、こんなにも乱れていく自分をもう否定することができなかった。

 羞恥と快感がぐるぐると混ざり合い、身体の奥が甘く疼く──颯の嗅覚と言葉がゆっくり確実に追い詰めていく。

 背後から、密着する颯の身体。じんわりと滲んだ汗がペタリと背中に貼りついてくる。

 熱を含んだ肌の感触が、シャツ越しにも分かるほど濃密だった。

「……先輩、僕の脇も嗅いでください」

 低く甘い声が、耳のすぐそばで落ちる。背後にいる颯は、ゆっくりと自分の両腕を持ち上げた。
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