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「……どうぞ」
その言葉が、すべての理性を外した。最初は、おそるおそる顔を近づける。鼻先が、やがて肌に触れた。その瞬間、頭が真っ白になる。
――濃い。温かくて、湿った空気。汗が滲んだあとの、ほんのり酸味を帯びた皮膚の香り。肌の奥から立ち上る、匂いに俺は思わず息を止めた。
けれど、次の瞬間には──本能が勝っていた。
すう、と。深く、鼻から吸い込む。濃密な香りが喉奥を撫で頭にまで昇っていく。
「……っ、あぁ……」
思わず洩れた、喉の震え。自分がいま、何をしているのか──わかっている。
それでも、もう止まれなかった。もう一度、ゆっくりと。鼻先をくぼみにすり寄せながら空気を吸い込む。
すぅーっ。
生々しいのに不思議と嫌悪感はなかった。むしろ──満たされる。
何がそこまで興奮させるのか……。
それは脳裏に浮かぶあまりにも整った颯の日常とのギャップだった。職場で、隣のデスクに座る颯。
小さな体で、真面目に書類に目を通しキーボードを軽やかに打っている。人当たりがよく、職場からも取引先からも好かれる存在。
会議でプレゼンをするときは、丁寧な言葉遣いとテンポで明確に要点を述べて時々見せる小さな笑顔。
「せんぱーい」と無邪気な笑顔で手を振る……
そんな颯が──いま、その腕を持ち上げ、脇を晒していて。その晒された脇の匂いを俺が夢中で嗅いでいる。
(……おかしくなりそうだ……)
(あんなに清潔感のある颯が……こんな匂いを……)
脳を直接撫でてくるような、いやらしい匂い。
すぅ…… ん……
理性が焼けるように夢中に部下の脇の匂いを貪る様に嗅ぐ自分が恥ずかしいのに──気持ちよかった。
鼻先をすり寄せるたびに、このいやらしい匂いに対して、独占欲のような感情が静かに柊の内側を染めていく。
それでも、止まらない。止まりたくないと、どこかで思っている自分がいた。むしろもっと欲しいと思った。
──颯はまだ足りないことも知っていた。
「……先輩は変態だから、もっと欲しいんですよね? ただ、嗅いでるだけじゃ……物足りないんですよね……?」
そう言って颯は、そっと体重をかけて俺を後ろに倒す。
ぐっと、背中が沈んでいく。床に仰向けになった俺の上で颯は膝を固定した。
「もっと興奮できるように……ちゃんと……押さえてますから」
そう告げると颯はその小さな腕を、俺の頭の上に伸ばし──覆い被さるように両肘をピタッとつけて、両脇を柊の鼻先に差し出した。
無垢な脇が、無防備に近すぎるほど近くで露出している。汗の滲みすらも見える近さだ。
「……どうぞ」
耳に落ちる声は、優しいのに、完全に支配のそれだった。
「先輩が好きな匂い……両方ともあげます……ほら、いっぱい嗅いでいいんですよ?」
その瞬間理性がパチンッと完全に焼き切れた。羞恥も、言葉も何もいらなかった。
放たれた俺は鼻先をぐりぐりと押し当てる。左右の脇の間にすっぽりと包まれるような感覚。
両側から脇のぬくもりが頬を挟み呼吸するたびに香りが鼻腔を満たしていく。
すんっ……すん……
甘く、湿って、熱を帯びた匂いは、決して清潔とは言えないのにどこまでも魅せられる。喉が勝手に鳴った。
「……っ、は……あ……」
すうっ……、ん……っ……
何度も、何度も鼻をすり寄せるようにして吸い込む。口を閉じたまま、無我夢中で。
真っ白になる頭の中には、嗅ぎたいという欲求だけが支配していた。
(なんで……こんなに気持ちいいんだ……?)
敏感な場所には、触れていないのにすでに触れられているような感覚が全身に広がっていく。
「ふふ……夢中ですね、先輩」
頬のすぐ上から颯の吐息が落ちてきた。
「会社のみんながこんな先輩の姿見たら……どう思うんでしょうね……変態」
その挑発的な言葉にすらもう反応できなかった。むしろ、その言葉が自分の欲求をさらに加速させていく。
俺はただ──何度も、何度も、溺れるように脇の匂いを貪っていた。それが、自分を支配するものだと知っていても。もう、抗う気なんてない。
「犬みたいで、可愛いですね先輩。ねぇ……嗅ぐだけで……満たされてますか?」
「たとえば──味わってみたいとか……思ってませんか?」
ふ、と笑う声。低く、甘く、震えるような音で。
「舌で触れたらどんな味がするんだろうって……」
「大丈夫です。恥ずかしがらなくていいんです」
「僕は……全部先輩にあげるために、こうしてるんですから」
「……嗅ぎたくて堕ちたなら、味わいたくて堕ちても、同じことですよ?」
その瞬間、背中がぞくりと震えた。言葉の一つひとつが静かに、確実に、脳の奥に落ちていく。
香りだけでも、満たされていたはずの欲が、その一言で新しい形に変わろうとしていた。
味わう。この脇を舌に乗せる。それは、嗅ぐこと以上に踏み越える行為。
俺は、無言のまま微かに息を呑んだ。そんな俺の様子を、颯は嬉しそうに、でもどこか愛おしそうに見下ろしていた。
「……先輩の、そうやって揺れる顔すごく好きですよ」
「僕は、全部……受け入れますから。先輩が僕のものになってくれるなら」
その言葉が、すべての理性を外した。最初は、おそるおそる顔を近づける。鼻先が、やがて肌に触れた。その瞬間、頭が真っ白になる。
――濃い。温かくて、湿った空気。汗が滲んだあとの、ほんのり酸味を帯びた皮膚の香り。肌の奥から立ち上る、匂いに俺は思わず息を止めた。
けれど、次の瞬間には──本能が勝っていた。
すう、と。深く、鼻から吸い込む。濃密な香りが喉奥を撫で頭にまで昇っていく。
「……っ、あぁ……」
思わず洩れた、喉の震え。自分がいま、何をしているのか──わかっている。
それでも、もう止まれなかった。もう一度、ゆっくりと。鼻先をくぼみにすり寄せながら空気を吸い込む。
すぅーっ。
生々しいのに不思議と嫌悪感はなかった。むしろ──満たされる。
何がそこまで興奮させるのか……。
それは脳裏に浮かぶあまりにも整った颯の日常とのギャップだった。職場で、隣のデスクに座る颯。
小さな体で、真面目に書類に目を通しキーボードを軽やかに打っている。人当たりがよく、職場からも取引先からも好かれる存在。
会議でプレゼンをするときは、丁寧な言葉遣いとテンポで明確に要点を述べて時々見せる小さな笑顔。
「せんぱーい」と無邪気な笑顔で手を振る……
そんな颯が──いま、その腕を持ち上げ、脇を晒していて。その晒された脇の匂いを俺が夢中で嗅いでいる。
(……おかしくなりそうだ……)
(あんなに清潔感のある颯が……こんな匂いを……)
脳を直接撫でてくるような、いやらしい匂い。
すぅ…… ん……
理性が焼けるように夢中に部下の脇の匂いを貪る様に嗅ぐ自分が恥ずかしいのに──気持ちよかった。
鼻先をすり寄せるたびに、このいやらしい匂いに対して、独占欲のような感情が静かに柊の内側を染めていく。
それでも、止まらない。止まりたくないと、どこかで思っている自分がいた。むしろもっと欲しいと思った。
──颯はまだ足りないことも知っていた。
「……先輩は変態だから、もっと欲しいんですよね? ただ、嗅いでるだけじゃ……物足りないんですよね……?」
そう言って颯は、そっと体重をかけて俺を後ろに倒す。
ぐっと、背中が沈んでいく。床に仰向けになった俺の上で颯は膝を固定した。
「もっと興奮できるように……ちゃんと……押さえてますから」
そう告げると颯はその小さな腕を、俺の頭の上に伸ばし──覆い被さるように両肘をピタッとつけて、両脇を柊の鼻先に差し出した。
無垢な脇が、無防備に近すぎるほど近くで露出している。汗の滲みすらも見える近さだ。
「……どうぞ」
耳に落ちる声は、優しいのに、完全に支配のそれだった。
「先輩が好きな匂い……両方ともあげます……ほら、いっぱい嗅いでいいんですよ?」
その瞬間理性がパチンッと完全に焼き切れた。羞恥も、言葉も何もいらなかった。
放たれた俺は鼻先をぐりぐりと押し当てる。左右の脇の間にすっぽりと包まれるような感覚。
両側から脇のぬくもりが頬を挟み呼吸するたびに香りが鼻腔を満たしていく。
すんっ……すん……
甘く、湿って、熱を帯びた匂いは、決して清潔とは言えないのにどこまでも魅せられる。喉が勝手に鳴った。
「……っ、は……あ……」
すうっ……、ん……っ……
何度も、何度も鼻をすり寄せるようにして吸い込む。口を閉じたまま、無我夢中で。
真っ白になる頭の中には、嗅ぎたいという欲求だけが支配していた。
(なんで……こんなに気持ちいいんだ……?)
敏感な場所には、触れていないのにすでに触れられているような感覚が全身に広がっていく。
「ふふ……夢中ですね、先輩」
頬のすぐ上から颯の吐息が落ちてきた。
「会社のみんながこんな先輩の姿見たら……どう思うんでしょうね……変態」
その挑発的な言葉にすらもう反応できなかった。むしろ、その言葉が自分の欲求をさらに加速させていく。
俺はただ──何度も、何度も、溺れるように脇の匂いを貪っていた。それが、自分を支配するものだと知っていても。もう、抗う気なんてない。
「犬みたいで、可愛いですね先輩。ねぇ……嗅ぐだけで……満たされてますか?」
「たとえば──味わってみたいとか……思ってませんか?」
ふ、と笑う声。低く、甘く、震えるような音で。
「舌で触れたらどんな味がするんだろうって……」
「大丈夫です。恥ずかしがらなくていいんです」
「僕は……全部先輩にあげるために、こうしてるんですから」
「……嗅ぎたくて堕ちたなら、味わいたくて堕ちても、同じことですよ?」
その瞬間、背中がぞくりと震えた。言葉の一つひとつが静かに、確実に、脳の奥に落ちていく。
香りだけでも、満たされていたはずの欲が、その一言で新しい形に変わろうとしていた。
味わう。この脇を舌に乗せる。それは、嗅ぐこと以上に踏み越える行為。
俺は、無言のまま微かに息を呑んだ。そんな俺の様子を、颯は嬉しそうに、でもどこか愛おしそうに見下ろしていた。
「……先輩の、そうやって揺れる顔すごく好きですよ」
「僕は、全部……受け入れますから。先輩が僕のものになってくれるなら」
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