先輩は、僕のもの【2】

ゆおや@BL文庫

文字の大きさ
6 / 7

しおりを挟む
「……嗅ぐだけで、満たされてますか?」 

 その言葉がきっかけだった。否、もしかしたら──その前から、ずっと頭の片隅にはあったのかもしれない。

 否、嗅ぐというステップを超えた先には、きっとそれ以上を求めてしまう人間としての本能がある。この欲望を自分が覚えることは必然だったのかもしれない。

 この柔らかい、脇を舐める? かすかに汗を含んだ湿度と体温で蒸された空気。

 ずっと嗅いでいたその香りがいま、別の形に変わって迫ってくる。

(どんな、味がするんだろう──)

 頭の中に、静かに波紋が広がる。しょっぱいのか。甘いのか。舌にのせたら、もっと濃くてもっと熱いのか。

 嗅覚だけではもう届かない場所があるのかもしれない。その場所への、道が拓かれている。喉の奥が、ずるりと重たくなる。

 ──味わいたい。
 ──欲しい。

 小さく喉が鳴った。その音に反応するように、颯がふっと息を吐いた。

「……先輩。ほんと、わかりやすいですね」

 見下ろす瞳は、甘く潤んでいて、けれど、どこまでも深く逃げ場がなかった。

「その顔……完全に舌がうずいてるじゃないですか」
「……ねえ、味わってもいいんですよ? 先輩がどうしてもってお願いするなら──僕、許してあげます」
「だから……欲しいなら、素直にお願いしてください」

「……欲しい」

 かすれた声が、息と一緒に漏れた。視線を逸らし、顔を伏せたまま。

「舐めたい……」
「神城の脇を…………舐めたい……お願い……」

 言ってしまった。それは確かに、自分自身の意志だった。

 沈黙が落ちる。そして──すぐに甘くて優しい声が降ってくる。

「ふふっ……。よく言えました」 

 颯は吐息混じりの声で俺の髪を優しく撫でた。

「お願いできたご褒美です。味わってください……先輩」

(ああ……)
(もう、戻れない)

 その言葉と共に最後の抵抗が溶けていった。すでに鼻先に密着していた肌へ俺はゆっくりと──舌を伸ばした。

 ほんの一瞬、肌の上をぬるく滑った感触。
 舌先を刺激する淡い塩味。体温に溶けた、匂いとは違う味。

「ぁ……っ」

 舌が触れると、颯は小さく吐息を漏らす。
 もう一度、舌を這わせる。ゆっくりと、ためらいがちに。でも──確かに味わっていた。

 その感覚を颯は身体をピクッと震わせながら感じていた。目を細めて、満ち足りたように。

「ふふ……どうですか?」
「嗅いでるだけより、ずっと……濃いですか?」
「……ちゃんと、味も覚えてくださいね? 先輩だけにあげてるんですから」

 舌を這わせた瞬間。
 世界が音を失った。濡れた肌に触れた舌の温度が、音になって溶ける。
 酸味と体温、そして微かに残る柔らかな清潔感の名残。
 
 ぴと……じゅるっ……くちゅ……
 
 香りが内側に満ちていたときとは違う。今は、味がそのまま口の中に流れ込んでくる。
 
 ちゅぷ……れろっ……くちゅぬちゅ……
 
 舐める。また、舐める。
 颯の湿ったくぼみの味を、ぬるん、ぬちゃり……と、舌の根まで使って味わう。

 舌の裏に絡まるような粘膜の熱が喉奥へ、ゆっくり沈んでいく。

「……はぁ、……っ」

 そのたびに、颯が甘く吐息を漏らす。浅く息を吸い、また吐くたびに、鼻先にふわりと舞い戻る肌の奥に染みついた香り。
 
 すぅ……くん……ふっ……はぁ……
 
 自分の呼吸が乱れる。そして──上からも。

「ふっ、……ん、先輩……」

 颯の声が降りてくると同時に、ふたりの吐息が空気の中で絡み合い、音の膜を作っていく。

 頬を挟むように密着する両脇の間。そこはもう、濡れた吐息と音が溜まっていく空洞。
 
 ぬちゅ、ぬちゅっ、ぴと……れろ……
 
 粘る舌がまた、這う。吸い上げるように、奥へ、奥へと滑らせる。舌の動きに合わせて、肌がぴくりと震える。 

 唾液に滲んだ汗が混ざって、音が変わる。そのしょっぱさが──なぜか、愛しくて仕方がなかった。

(もっと……) 

 乾いた喉が、それを欲していた。舌をねじ込むように角度を変えて、くぼみのさらに奥へ、深くのめり込んでいく。
 
 ずる……ちゅっ……ぬぽっ……れろ……
 
「……ん、ふふ……すごい」
「……先輩、もう……完全に夢中ですね」
「はっ……ふぅ……」

 颯の脇からだらしない音がふたりの間を濡らす。

 それでも──止められない。理性の痛みすら、蕩けた快感にすり替わっていた。

 知らず、俺の指がそっと颯の腰に添えられていた。逃がさないように。もっと深く感じ取るように。

 ふたりの身体が重なったまま、時間も、空気も、音さえもすべてがひとつに溶けていく。ただ呼吸と味覚と、頬を挟む肌のぬくもりだけが、現実のすべてだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司と俺のSM関係

雫@更新未定
BL
タイトルの通りです。読む前に注意!誤字脱字あり。受けが外面は一人称私ですが、砕けると僕になります。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...