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たぶらかしてから
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しおりを挟むニシキは縁側でおっとりと文に目を通していた。内容は遠い遠い親戚からの救援要請だ。惨憺たる自身の領地の被害状況と後生だから助けてくれというものだった。
もちろんお断りである。本人曰く母の叔父の嫁の妹の息子のそのまた息子らしい。もはや他人だ。というか誰だお前は。そうでなくても蛇というのは親子の縁すら乏しい種族なのだ。生きているのか死んでいるのかどこにいるのかすら知らない。
丁寧に折りたたんで封筒に戻し、隣に控えていた花菱に返した。
「捨て置け」
「仰せのままに」
仰せのままに、という割に、花菱の目は「ですよねー」感が漂っていた。
「千尋様はお昼寝中ですか」
「騒ぐなよ。せっかく寝ているんだ」
千尋はといえば、少し前までニシキのとぐろを巻いた体に埋もれて鳥獣戯画を読みふけっていたのだが、飽きたのだろう、行き倒れたような格好で寝こけていた。
花菱の言葉に、ニシキは母親のようなことを言って、有り余っている長い胴体で千尋のことを外界から囲う。
ここにきてしばらくは、ニシキは千尋を囲い込んでほかの誰にも会わせなかったのだが、千尋がさすがに辟易としたのだろう。「いい加減、ニシキさん以外とも話せないと、そのうち私、ニシキさんとも話さなくなるから」と、こう言ったのだ。
これに関してはすったもんだの攻防戦が繰り広げられたわけだが、ニシキといる時だけは他者にも会っていいということで話が落ち着いた。そして千尋が一人になりたいときは、ニシキはあの白蛇の置物になってまんじりともせず何も言わないという、ひどく不可思議な取り決めもできた。
花菱は呆れを隠そうともせずに、はあ、と一つため息をつくと片手に持った文をいともたやすく消し炭に変えて風に流し、「茶菓子でも用意させましょうか?」と気の利いたことを言った。
確かに、千尋ももう少しすれば昼寝から目を覚ますだろう。
「そうだな。頼む」
そう言って千尋の、しばらく前とは大違いなつやつやとした黒髪に指を通すニシキは、随分と長いこと、それこそニシキが封印されてしまう前からの付き合いの花菱すら、実際に目にしなければ信じなかったような、ひどくやわらかな笑みを浮かべていた。
まあ気持ちはわからなくもない。と花菱はその鱗に覆われた頬を掻きながら思う。千尋はなかなかに努力家であったし、いじらしかったし、時たま見せる屈託のない笑顔は可愛らしい。すでに屋敷内ではマスコットか何かのような扱われ方をしている。
もちろん、ニシキの目が届いているので、そこには「お館様のお嫁様」に対する礼儀は損なわれていなかったが。
風と共に姿を消した花菱を確認して、ニシキは千尋を囲った胴体をほどき、行き倒れたように俯せで眠る千尋を、猫の子でも抱き上げるようにして抱え上げた。
そうして愛妻を腕に収めると、文机代わりにされた自分の体の上に散らばる本をまとめて、縁側の隅に追いやった。後で誰かが片すだろう。
「千尋、ねえ千尋」
起こす気があるのか、と問いたくなるような小声でニシキは千尋に声をかける。とんでもなく甘ったるい笑顔をしていた。眠り自体はそこまで深くないのか、千尋のまぶたがピクピクと動く。
起きて欲しいような、欲しくないような、中途半端な気持ちのまままたその名を囁く。
「千尋」
小さな耳を甘噛みしてやると、もぞもぞとむずかるように動き、やがて眩しそうに目を開いた。
「んっ、ふぁあ。むー•••おはよ」
片手で口元を抑えながら欠伸をした千尋は、それはもう眠たそうにもそもそと目覚めの挨拶を口にする。
「おはよう。よく眠ってたね」
「鳥獣戯画は面白いんだよ。縁側とニシキさんの体がいけないのよ」
千尋はそう言ってすぐ間近にあるニシキの胴体をペチペチと叩いた。痛くないどころか痒くもない攻撃である。
しかしその攻撃の意味するところを正確に読み取ったニシキは、千尋の座布団になるべくとぐろを巻き、さらには器用に背もたれ部分まで用意した。蛇妖怪の重鎮がとんでもなく優秀な下男っぷりである。
千尋の方もこれと言った遠慮もなく、その蛇座布団に降ろされると、寛いだ様子で上半身もひやりと気持ちのいいニシキの体に預けた。その周囲をとぐろを巻くようにして覆われたところで気にした様子もない。
ここに連れ去られた頃とくらべて、彼女は明らかに肌艶が良くなり、髪も艶を取り戻した。体についても思ってた以上に引き締まっている。そう、おそらくこれについては千尋は色々と言いたいことがあるはずだ。
それらはもう、千尋から損なわれることはない。千尋の体はすっかり時間を忘れ去ってしまった。
「あー、だめだ。ニシキさんの体本当に眠たくなる」
「ふふっ寝ても構わないよ?」
「寝たくないの。起きたいの」
「あらあら。それならちょうど良かった。お茶をお持ちしましたよ」
そう、声をかけてきたのは葵と言う女だ。最近千尋と気が合うらしく、よく話をしている。
「葵さん来たの?お茶?」
「はい。葵にございます。花菱に頼まれましてな。千尋様の好きな胡麻大福もお持ちしましたよ」
「嬉しい!ニシキさんお茶しましょう。お茶!」
どことなく面白くない気分になりながら、ニシキは千尋を隠すようにして巻いたとぐろを解き、葵から湯呑と茶菓子の乗った盆を受け取った。
すっかり目が覚めたらしい千尋は喜々としてニシキから差し出された湯呑を受け取り、それから胡麻大福を頬張った。非常に幸せそうである。
「いつもながら美味しいです。このお茶桜の香りがする」
「それはようございました。今朝方入った新茶だそうで、大層人気みたいですよ」
「へえー。素敵。葵さんありがとうございます」
「いえいえ。お礼は是非お館様に。私はちょっとお買い物に行かねばなりませんのでな、申し訳ありませんがこれにて失礼致します」
「あ、そうだったの?すみません、引き止めちゃって。いってらっしゃい」
「はい。行ってまいります」
葵がありもしない予定を述べて退散したのは、単にニシキが千尋を構いたくて構いたくてうずうずしているのがあからさまだったからである。要は空気を読んでやったという話だ。
本当に仕様のない、と葵以下屋敷に住まう蛇妖怪達は常々思いつつ、しかしこの夫婦が仲睦まじくしてくれることに関して否やはまるでない。生暖かく見守っているのである。
「千尋、私にも食べさせて?」
「えー。お大福くらい自分で食べて」
「そんなに沢山いらないんだよ」
「ちょっ、あっ、んむっ」
とはいえそれにしたって。お館様の性欲は一体全体どうなっているんだ。背後で途切れた会話に、葵はまた数日間顔を見せないであろう千尋のことを考え、胸のうちで合掌した。
+ + + + +
なんで。お茶をしようってだけの話の一体どこにこの男はムラムラ来たの?!意味わからないんですけど。蛇なんだから発情期固定しとけよ!
いつだったかそのような事を破れ掛けのオブラートに包んで聞いたら「蛇の『妖怪』だからねー。人間だって年中発情できるでしょ?」と言われた。なんか良く分からないけど納得した上で絶望した。
ぐちゅっと音がして、散々絡み付かれて扱かれた舌が解放される。
「んっふはっはぁっ」
「ふふっ甘くて美味しいね?」
口内に多少残っていたであろうあんこは確かに全てからめとられてしまっただろうが、彼の言っていることはけしてそれだけではないだろう。
体から力が抜けてしまっている。悔しいことに彼の口づけと呼ぶにはいやらしすぎるこの行為に、私は非常に弱くて、そしてそれを彼も知っているのだ。きっと私は彼が大好きだという蕩けた目をしているに違いない。
いやしかし。このまま流されたらまずい。2日間は確実にエロいことされる。5日前にやっと寝室から出たと思ったのにまたこれではやってられない。
「いや、しないよ。しないからね、ニシキさん」
「うん。千尋からおねだりされるまで私は我慢するから大丈夫」
「だっ、んぅ」
それ全然大丈夫じゃないよ?!もう何度その台詞で脳みそどろどろになるまでやりたい放題されたと思ってるの?!
私が反論する前に、口付けられて言葉を封じられる。舌を絡められるとどうしてもダメだ。体がいうことを効かなくなる。思考に霞がかかってしまう。
背中にひやりと柔らかい感触。いつ移動したのかもう寝室だった。ちょっと待て。仕事早すぎるでしょ。
「やっ、ちょっとまっ、こら!しないって、んんっ」
帯に手をかけられる。いつもそうだが、彼はけして乱暴でも、性急でもないのだが、抵抗をしてもどういうわけかいなされてしまう。今回も、こっちが帯を解こうとする手を抑えるとそっと握られて、深く口付けられて、当たり前みたいに手を彼の首の後ろに誘導されて、舌をイジメられて思考が出来なくなってるうちに、めちゃくちゃな手際の良さで帯を解かれてしまった。
帯が一番の砦なのに、この手の早さだ。やってらんないわよもう。
「あっ、やぁっ、しないってばぁっ」
「千尋」
優しく顎を捕まえられて、綺麗な顔が至近距離で私を見つめる。熱い吐息が唇にかかる。どきっと心臓が跳ねてきゅっと胸が締め付けられた。
なんてずるい男だ。
蕩けるように目を細め、するっ、と頬を撫でられる。その手はそのまま首すじをなぞり、鎖骨までなでおろすと、またゆっくりと登ってきて、唇をゆっくりとなぞった。
心拍数が跳ね上がって、呼吸も熱く早くなってしまって、これではどう考えても彼の思惑通りだ。
彼は私の官能に火を付ける天才だと思う。毎回毎回やられたい放題なのに抵抗できない。いやっ!今日こそ負けるものか。
唇はギリギリ触れないところで止まったままだ。吐息だけが交わる。ああ、キスして欲しい。その冷たい唇で私の唇をそっと押し開いて、舌差し込んで、やらしく絡めて欲しい。
いや。いやいやいや!違うから。まて落ち着くんだ。我慢だ私。ここで我慢しないと数日寝室から出られなくなるんだぞ。
キスくらいなんだ!
「はぁ、ね。口付けてくれないの?」
「っ、はっ、うぅ、しない」
「どうして?私とキスするの、好きでしょう?」
すりっ、と耳の外側を指先でなぞられる。ぴくんっと体が跳ねる。
好きだよ!ちゅーすんの大好きだよ!
でも騙されちゃダメだ。ニシキさんが下手に出るのはほんとに最初だけなんだから。始まったらいじめっ子精神バリバリなんだから。そんな可愛い目をしたってダメなんだからね!私もう騙されないんだから!
だ、ダメだもんしないもん。
「だーめ。目をそらさないで?ふふふっ真っ赤になってる。照れてるの?可愛い。ねえ千尋、キス、して?」
視線が自然と彼の半開きにした唇へ吸い寄せられる。色素の薄い唇。でもすごく柔らかくて、冷たくて、中は熱いのだ。ビロードみたいな長い舌が、器用に動き回る。あの舌が上顎をなぞるのがたまらない。
「はっはっぁっ・・・しない、のっ」
だめ、そんな風に見つめないで。したくなる。キスもそれ以上も。
ぺろっと掠めるように唇が舐められて、胸も下腹部もきゅんっと反応してしまう。
「千尋。キス、したいな。ね、お願い」
「はぅっ」
体を撫でられたい。ギュッと抱きしめて、唇を合わせて、舌を絡めて、太ももをその長い胴体で優しく締めあげられたい。
お願いされちゃったから、だからもう仕方ないよね。
安定のチョロさで呆気なく彼の色気に陥落した私は、彼の首に回ったままの手に力を込めて、その唇を請われるままに奪った。
ニシキさんの手が私の体を這いずっていく。それに合わせて、私の着ているものが減っていき、あっという間に裸に剥かれてしまう。
湿った音を立てて唇が離れた。
やだ、もっと。
「あ、ニシキさん、もっと・・・」
我ながら、ほんとにチョロすぎる。
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