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別れ
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暗くなった空には満天の星空が煌めく夜。
一人のメイドがハーブの紅茶が入った温かいポットとカップを盆にのせたまま、廊下を歩いていた。
そして、一つの部屋の前で立ち止まる。
部屋のドアをノックすると返事が返ってきた。
ゆっくりと開けると、その部屋はランプが灯るだけの薄暗い部屋。
ベットに腰を下ろして座っているのは、アリア・バレンシアだった。
窓の近くに置かれている丸いテーブルにメイドは盆を置くと、アリアに話しかける。
「アリア様、お飲み物はいかがですか?ハーブが入っていますので、心が安らぎますよ?」
「………ありがとう。頂くわ……」
メイドがカップに紅茶を注ぐと、アリアのそばまで来てカップを差し出す。
爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。
一口飲むと丁度いい甘さが広がる。だが、その甘さは口に残ることなくスッキリとしていた。
「美味しい……」
「良かったです」
笑みを見せるメイドにアリアも力なく笑みを見せた。
「ありがとう。でも、貴女は誰?この屋敷のメイドではないわよね……?」
そう問われ、メイドは一瞬驚いて見せたが、ふっと口元に笑みを見せた。
「さすがはアリア様。お見通しでしたか」
「ええ。屋敷にいるメイド達の名前と顔は把握しているから。入ってきたときに分かっていたわ。見たことのないメイドだって」
「見知らぬメイドと知りながら、部屋の中に招き入れて、紅茶まで口にした。もし、それに毒が入っていたらどうするつもりだったんですか?」
「…どうもしないわ。ただ受け入れるだけ」
「死んでもいいという覚悟のもとですか?」
「…ええ」
もうすでに生きることを諦めている、そんな感じがアリアから伝わってきた。
父親を亡くしたことがかなり精神的に効いているのだろう。
だが、メイド―ユズリハは軽く息をつく。
「死なせません。貴女には生きてもらわなければなりませんから」
「…どうして?見ず知らずの貴女にそんなことを言われなきゃならないの?」
不満そうに言うアリアにユズリハは気にした様子もなく淡々と述べた。
「どうして…?ご自分が一番分かっておいででしょう?」
「え……………?」
疑問符を浮かべるアリアの元に近づき、ユズリハはアリアの目線に合わせ、屈むと不適な笑みを見せ言ったのだ。
「ロット・バレンシア公爵を殺したのは貴女なのでしょう?アリア・バレンシア様」
「……………!?」
驚くアリアに、ユズリハは姿勢を戻す。
「自分の父親を殺したのに、死のうとするのは反則ですよ?生きて償ってもらわなければなりませんから」
「貴女は……なんで………」
「私、事件のあった日、あの会場にいたんです。それに、貴女がロット公爵と一緒に歩いているところも見ていました」
「……………!」
「でも、その後、不可解な現象が起きたんです。ほんの数分前にロット公爵と歩いていった貴女が、いつの間にか介抱されながら歩いていたんですから。そうですよね?ハリー・クロックさん」
そうユズリハが入口に向かっていう。
ドアが開き、現れたのは、執事のハリーだった。
「ハリー……?」
「お嬢様…」
立ち尽くすハリーにアリアは驚いた表情を見せていた。
「おそらく、魔法具の一種を使って酔った姿のアリア様の姿に変えたから、おかしなことが起こったんだと思います」
「でも、そんな魔法具見たことも聞いたこともないわ」
「できますよ。からくり好きの父親を持っていたハリーさんなら可能なんです」
ハリーは不正をしたとして失踪したオリバー・ネッセル男爵の息子であること。
屋敷に入り、飾られていた一つの魔法具がなく、持ち出された形跡があったことを話した。
「本当なら、違う目的のために使うはずだった物を貴方はアリア様を救うことに使ったんです」
復讐のため、ロット公爵を殺害するために用意した魔法具。それなのに、アリアが父親を殺害するところを見てしまったから、必要がなくなってしまった。
だけれど、どうしてもアリアを救いたくて魔法具をアリアの姿に変えて、さも、関係ないように仕立てあげたのだ。
おかけでアリアは、疑われることなく今日まで来た。
だが、その結果が彼女自身を苦しめる結果となってしまったのだが…。
「事件の後、名乗り出るつもりだったのでしょう?でも、ハリーさんが介抱されているのを私の他に別の使用人たちが見ていたため除外されてしまった」
名乗り出るにも出られず、一人、アリアはわけもわからず苦しんでいたのだ。
「違う!お嬢様がそんなこと…」
「ハリー!」
「…………!」
アリアがハリーの言葉を遮ると、首を左右に振って見せる。
「いいのです。……貴女の言っていることは合っているわ。見知らぬメイドさん?」
「お嬢様………!」
「ハリーにも、ここに使えている使用人達も、皆、あの男に苦しめられてきたんですもの。本当に申し訳なく思っています…」
ロット公爵は、兎に角、プライドが高かった。
何をするにも、自分の言うとおりににならないと気がすまない。
だから、使用人達も強要され、作業を完璧にこなさなければならなかった。
そして、娘のアリアも例外ではない。
ロット公爵の理想とする娘に仕立てあげられ、生活を共にする。
それは、アリアにとって苦痛の何物でもなかった。
そんな生活をしているある日、人生を変える出来事が起こったのだ。
アリアの母がロット公爵が不正を行っていることに気がついた。
それを国王宛に密告したのは、アリアの母だ。
調査をしてロット公爵が捕まれば苦しい生活から逃れられると、考えてのことだったらしい。
「だけど、あの男はそれに気づいて不正を…オリバー男爵がしていたかのように見せかけて逃れたの…。そして、母も屋敷を追い出されて、実家に戻る途中に事故にあって亡くなった………」
だが、母が亡くなった事故は全てロット公爵が仕掛けたことだと最近になって、ロット公爵の書斎に残されていた書類で知ったらしい。
「何の罪もない男爵に罪を擦り付けて、事故と見せかけて母を殺したあの男を許せなかった…!だから、私がこの手で葬ってあげたの!」
娘がそんなことをするとは思いもしなかっただろう。
殺した後の父親の最後の言葉は“何故?”だった。
「笑えるでしょう?自分がやっていたことに何の疑問も持っていなかったのよ?本当に………愚かな人………」
涙を流すアリアにハリーは悲しそうに顔を歪める。
だが、ユズリハは悲しそうな表情を見せることなく、無表情のまま佇んでいた。
すると、バタバタと廊下を歩いてくる足音が聞こえ、部屋のドアが勢いよく開く。
現れたのは、二人の男。
濃い緑色の装束に身を包み、金色の獅子が刺繍された腕章を着けている。
それは、騎士達の証だった。
騎士二人は、ハリーやユズリハに目もくれることなく、涙を流しているアリアの側まで行く。
「アリア・バレンシア。ロット・バレンシア公爵殺害の罪に問われている。事情を聞きたい。一緒に来てもらえるか?」
「…………はい」
涙を手の甲で拭い、アリアは立ち上がる。
「アリア、様……」
ハリーの前を通るとアリアは立ち止まる。
「…皆と貴方には償っても償いきれないほど、沢山迷惑をかけてしまったわ…。特に貴方には……。でも、感謝もしているの。今まで使えてくれたこと、本当に…ありがとう」
「…………………!!」
小さく微笑んだアリアを騎士達が連れて部屋を出ていく。
それが、彼女の公爵の娘としての最後の笑みだったーー。
一人のメイドがハーブの紅茶が入った温かいポットとカップを盆にのせたまま、廊下を歩いていた。
そして、一つの部屋の前で立ち止まる。
部屋のドアをノックすると返事が返ってきた。
ゆっくりと開けると、その部屋はランプが灯るだけの薄暗い部屋。
ベットに腰を下ろして座っているのは、アリア・バレンシアだった。
窓の近くに置かれている丸いテーブルにメイドは盆を置くと、アリアに話しかける。
「アリア様、お飲み物はいかがですか?ハーブが入っていますので、心が安らぎますよ?」
「………ありがとう。頂くわ……」
メイドがカップに紅茶を注ぐと、アリアのそばまで来てカップを差し出す。
爽やかな香りが鼻孔をくすぐる。
一口飲むと丁度いい甘さが広がる。だが、その甘さは口に残ることなくスッキリとしていた。
「美味しい……」
「良かったです」
笑みを見せるメイドにアリアも力なく笑みを見せた。
「ありがとう。でも、貴女は誰?この屋敷のメイドではないわよね……?」
そう問われ、メイドは一瞬驚いて見せたが、ふっと口元に笑みを見せた。
「さすがはアリア様。お見通しでしたか」
「ええ。屋敷にいるメイド達の名前と顔は把握しているから。入ってきたときに分かっていたわ。見たことのないメイドだって」
「見知らぬメイドと知りながら、部屋の中に招き入れて、紅茶まで口にした。もし、それに毒が入っていたらどうするつもりだったんですか?」
「…どうもしないわ。ただ受け入れるだけ」
「死んでもいいという覚悟のもとですか?」
「…ええ」
もうすでに生きることを諦めている、そんな感じがアリアから伝わってきた。
父親を亡くしたことがかなり精神的に効いているのだろう。
だが、メイド―ユズリハは軽く息をつく。
「死なせません。貴女には生きてもらわなければなりませんから」
「…どうして?見ず知らずの貴女にそんなことを言われなきゃならないの?」
不満そうに言うアリアにユズリハは気にした様子もなく淡々と述べた。
「どうして…?ご自分が一番分かっておいででしょう?」
「え……………?」
疑問符を浮かべるアリアの元に近づき、ユズリハはアリアの目線に合わせ、屈むと不適な笑みを見せ言ったのだ。
「ロット・バレンシア公爵を殺したのは貴女なのでしょう?アリア・バレンシア様」
「……………!?」
驚くアリアに、ユズリハは姿勢を戻す。
「自分の父親を殺したのに、死のうとするのは反則ですよ?生きて償ってもらわなければなりませんから」
「貴女は……なんで………」
「私、事件のあった日、あの会場にいたんです。それに、貴女がロット公爵と一緒に歩いているところも見ていました」
「……………!」
「でも、その後、不可解な現象が起きたんです。ほんの数分前にロット公爵と歩いていった貴女が、いつの間にか介抱されながら歩いていたんですから。そうですよね?ハリー・クロックさん」
そうユズリハが入口に向かっていう。
ドアが開き、現れたのは、執事のハリーだった。
「ハリー……?」
「お嬢様…」
立ち尽くすハリーにアリアは驚いた表情を見せていた。
「おそらく、魔法具の一種を使って酔った姿のアリア様の姿に変えたから、おかしなことが起こったんだと思います」
「でも、そんな魔法具見たことも聞いたこともないわ」
「できますよ。からくり好きの父親を持っていたハリーさんなら可能なんです」
ハリーは不正をしたとして失踪したオリバー・ネッセル男爵の息子であること。
屋敷に入り、飾られていた一つの魔法具がなく、持ち出された形跡があったことを話した。
「本当なら、違う目的のために使うはずだった物を貴方はアリア様を救うことに使ったんです」
復讐のため、ロット公爵を殺害するために用意した魔法具。それなのに、アリアが父親を殺害するところを見てしまったから、必要がなくなってしまった。
だけれど、どうしてもアリアを救いたくて魔法具をアリアの姿に変えて、さも、関係ないように仕立てあげたのだ。
おかけでアリアは、疑われることなく今日まで来た。
だが、その結果が彼女自身を苦しめる結果となってしまったのだが…。
「事件の後、名乗り出るつもりだったのでしょう?でも、ハリーさんが介抱されているのを私の他に別の使用人たちが見ていたため除外されてしまった」
名乗り出るにも出られず、一人、アリアはわけもわからず苦しんでいたのだ。
「違う!お嬢様がそんなこと…」
「ハリー!」
「…………!」
アリアがハリーの言葉を遮ると、首を左右に振って見せる。
「いいのです。……貴女の言っていることは合っているわ。見知らぬメイドさん?」
「お嬢様………!」
「ハリーにも、ここに使えている使用人達も、皆、あの男に苦しめられてきたんですもの。本当に申し訳なく思っています…」
ロット公爵は、兎に角、プライドが高かった。
何をするにも、自分の言うとおりににならないと気がすまない。
だから、使用人達も強要され、作業を完璧にこなさなければならなかった。
そして、娘のアリアも例外ではない。
ロット公爵の理想とする娘に仕立てあげられ、生活を共にする。
それは、アリアにとって苦痛の何物でもなかった。
そんな生活をしているある日、人生を変える出来事が起こったのだ。
アリアの母がロット公爵が不正を行っていることに気がついた。
それを国王宛に密告したのは、アリアの母だ。
調査をしてロット公爵が捕まれば苦しい生活から逃れられると、考えてのことだったらしい。
「だけど、あの男はそれに気づいて不正を…オリバー男爵がしていたかのように見せかけて逃れたの…。そして、母も屋敷を追い出されて、実家に戻る途中に事故にあって亡くなった………」
だが、母が亡くなった事故は全てロット公爵が仕掛けたことだと最近になって、ロット公爵の書斎に残されていた書類で知ったらしい。
「何の罪もない男爵に罪を擦り付けて、事故と見せかけて母を殺したあの男を許せなかった…!だから、私がこの手で葬ってあげたの!」
娘がそんなことをするとは思いもしなかっただろう。
殺した後の父親の最後の言葉は“何故?”だった。
「笑えるでしょう?自分がやっていたことに何の疑問も持っていなかったのよ?本当に………愚かな人………」
涙を流すアリアにハリーは悲しそうに顔を歪める。
だが、ユズリハは悲しそうな表情を見せることなく、無表情のまま佇んでいた。
すると、バタバタと廊下を歩いてくる足音が聞こえ、部屋のドアが勢いよく開く。
現れたのは、二人の男。
濃い緑色の装束に身を包み、金色の獅子が刺繍された腕章を着けている。
それは、騎士達の証だった。
騎士二人は、ハリーやユズリハに目もくれることなく、涙を流しているアリアの側まで行く。
「アリア・バレンシア。ロット・バレンシア公爵殺害の罪に問われている。事情を聞きたい。一緒に来てもらえるか?」
「…………はい」
涙を手の甲で拭い、アリアは立ち上がる。
「アリア、様……」
ハリーの前を通るとアリアは立ち止まる。
「…皆と貴方には償っても償いきれないほど、沢山迷惑をかけてしまったわ…。特に貴方には……。でも、感謝もしているの。今まで使えてくれたこと、本当に…ありがとう」
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※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
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