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向日葵堂
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バン、バン、バン
向日葵堂の厨房に響き渡る音。
白く柔らかい生地を思いっきり叩きつけているのは無言のままのユズリハだった。
時折、生地を練り、形を丸くすると、再び台の上に叩きつける。
それをしばらく続けたあと、生地を丸く整えボールに移し、その上に清潔な布を被せて発酵するのを待つ。
「ふぅ………」
息をつくユズリハの表情は暗い表情のまま。
「そんなんでその生地旨くなるのか?」
「…………!?」
いつの間にか厨房の出入り口に立っていたのは、ジークだった。
「…その心配はないので、大丈夫です。むしろ、どうしたんです?ここに来るなんて珍しい」
店に来ることはあっても、厨房の中に入ることはなかったジークにユズリハは内心首をかしげて見せる。
「店、ユズが休みなのに、開いてなかったから。それに呼んでも聞こえてくるの生地を叩きつけてる音だけだったし。気になって奥まで来たんだよ」
「そうでしたか。生地作りしていなかったので、今日はお店、開けられなかったんです」
「ふーん、それこそ珍しいだろ
?休みになったら、すぐにパン作りして店開けるのに。…前回の任務、気にしてるのか?」
「……………………」
それは、無言の肯定。
第一王子のセデンの命が狙われているため、その首謀者を捕縛する事。
それが、ユズリハが受けた依頼。
しかし、実行犯であるロット公爵が殺害されてしまい、その犯人が愛娘のアリアだった。
そして、アリアが騎士に連れていかれると同時刻。
ロット公爵家の屋敷の外。
そこには、銀色の仮面の男がアリアを殺害するため忍び込んできていた。
それを先手をうっていたジーク達が捉えて、今回の依頼は終了した。
銀色の仮面の男の正体は、アルミット・ネッセル。
ハリー・ネッセルの兄だった。
動機はもちろん、復讐。
ロット公爵がオリバー・ネッセルに不正をしているかのように偽装し、罪を着せたのがきっかけだった。
屋敷に忍びこんだのは、復讐相手をアリアに移したため。
脅しでもかけて、苦しめさせることが目的だったようだ。
ハリーのほうはアルミットとは無関係で、個人的に復讐をするために執事として屋敷に入っていた。
だが、実行に移す勇気はなく、使えていたアリアが殺害する側になってしまい、彼は彼で後悔しているようだ。
「俺が、自ら手をくだしていれば兄もアリア様もこんなことにはならなかった…」
そう彼は、アリアが騎士に連れていかれた後、ユズリハに言っていたのだ。
涙を流しながら、悔しそうに。
それを見ていたからなのか。依頼も事件も解決し、済んでいることなのに、ユズリハの心は納得しきれないまま今に至る。
そのモヤモヤをユズリハはパン作りで払拭するつもりだったが、上手くいかなかった。
「…あの依頼、もしかしたら受けなくてもいい未来があったかもしれないんです。オリバー男爵のこと、もっとちゃんとしっかり騎士達が、私達が調べていたら、こんな復讐劇はなかったかもって…。そう思うと、悔しいんです…」
オリバー・ネッセルの不正の件で騎士達はどんな調べ方をしたのだろうか。
その時の状況や行動は分からないが、この復讐劇を生んでしまったのはロット公爵だけではなく、こちら側にも責任があったのではとユズリハは考えていたのだ。
「せめて、オリバー・ネッセルが不正をしていなかったってことを街の人達に知ってもらってもいいんじゃないかと思ったんですが…ハリーさんに止められました」
「そんなことはしないでくれって?」
「はい。今さらだし、自分達が違うってことを知れただけでもいいって言うんです。それに、騒ぎになるのはもうこりごりだと」
「そう言われたら何もできないよな…」
「はい…」
「なら、そうならないようにしてくしかないだろ。昔と違って、今は騎士だけじゃない。黒影もあるんだからさ」
騎士達が補えない部分をする役目を持つ黒影。
ハリー達が味わった間違いを二度と繰り返さないためにもきっちりこなさなくてはならない。
「そうですね」
頷いたユズリハにジークはホッとした表情を見せる。
先程までの暗さは彼女からなくなっていたから。
「それじゃ、次の依頼ここに置いておくな?」
「えっ!?」
そういって厨房に置かれている台の上に一通の手紙を置く。
「待ってください!私、休暇が……!」
「休暇あけの依頼だから大丈夫だろ」
「全然大丈夫じゃないです!ジーク、私の代わりにしてください!」
「無理。そんなこと俺に言われても、決定権は隊長、副隊長にある。それに、第二王子の指名なら尚更出来ない」
「そんな………」
「諦めろ、ユズリハ」
ガックリ肩を落とすユズリハにジークは苦笑を浮かべる。
それから向日葵堂は、二日間営業したのち、突然の依頼の仕事が舞い込んだため、しばらく休業となった。
それは、暖かな季節から、汗ばむ季節となる変わり目の出来事だ。
向日葵堂の厨房に響き渡る音。
白く柔らかい生地を思いっきり叩きつけているのは無言のままのユズリハだった。
時折、生地を練り、形を丸くすると、再び台の上に叩きつける。
それをしばらく続けたあと、生地を丸く整えボールに移し、その上に清潔な布を被せて発酵するのを待つ。
「ふぅ………」
息をつくユズリハの表情は暗い表情のまま。
「そんなんでその生地旨くなるのか?」
「…………!?」
いつの間にか厨房の出入り口に立っていたのは、ジークだった。
「…その心配はないので、大丈夫です。むしろ、どうしたんです?ここに来るなんて珍しい」
店に来ることはあっても、厨房の中に入ることはなかったジークにユズリハは内心首をかしげて見せる。
「店、ユズが休みなのに、開いてなかったから。それに呼んでも聞こえてくるの生地を叩きつけてる音だけだったし。気になって奥まで来たんだよ」
「そうでしたか。生地作りしていなかったので、今日はお店、開けられなかったんです」
「ふーん、それこそ珍しいだろ
?休みになったら、すぐにパン作りして店開けるのに。…前回の任務、気にしてるのか?」
「……………………」
それは、無言の肯定。
第一王子のセデンの命が狙われているため、その首謀者を捕縛する事。
それが、ユズリハが受けた依頼。
しかし、実行犯であるロット公爵が殺害されてしまい、その犯人が愛娘のアリアだった。
そして、アリアが騎士に連れていかれると同時刻。
ロット公爵家の屋敷の外。
そこには、銀色の仮面の男がアリアを殺害するため忍び込んできていた。
それを先手をうっていたジーク達が捉えて、今回の依頼は終了した。
銀色の仮面の男の正体は、アルミット・ネッセル。
ハリー・ネッセルの兄だった。
動機はもちろん、復讐。
ロット公爵がオリバー・ネッセルに不正をしているかのように偽装し、罪を着せたのがきっかけだった。
屋敷に忍びこんだのは、復讐相手をアリアに移したため。
脅しでもかけて、苦しめさせることが目的だったようだ。
ハリーのほうはアルミットとは無関係で、個人的に復讐をするために執事として屋敷に入っていた。
だが、実行に移す勇気はなく、使えていたアリアが殺害する側になってしまい、彼は彼で後悔しているようだ。
「俺が、自ら手をくだしていれば兄もアリア様もこんなことにはならなかった…」
そう彼は、アリアが騎士に連れていかれた後、ユズリハに言っていたのだ。
涙を流しながら、悔しそうに。
それを見ていたからなのか。依頼も事件も解決し、済んでいることなのに、ユズリハの心は納得しきれないまま今に至る。
そのモヤモヤをユズリハはパン作りで払拭するつもりだったが、上手くいかなかった。
「…あの依頼、もしかしたら受けなくてもいい未来があったかもしれないんです。オリバー男爵のこと、もっとちゃんとしっかり騎士達が、私達が調べていたら、こんな復讐劇はなかったかもって…。そう思うと、悔しいんです…」
オリバー・ネッセルの不正の件で騎士達はどんな調べ方をしたのだろうか。
その時の状況や行動は分からないが、この復讐劇を生んでしまったのはロット公爵だけではなく、こちら側にも責任があったのではとユズリハは考えていたのだ。
「せめて、オリバー・ネッセルが不正をしていなかったってことを街の人達に知ってもらってもいいんじゃないかと思ったんですが…ハリーさんに止められました」
「そんなことはしないでくれって?」
「はい。今さらだし、自分達が違うってことを知れただけでもいいって言うんです。それに、騒ぎになるのはもうこりごりだと」
「そう言われたら何もできないよな…」
「はい…」
「なら、そうならないようにしてくしかないだろ。昔と違って、今は騎士だけじゃない。黒影もあるんだからさ」
騎士達が補えない部分をする役目を持つ黒影。
ハリー達が味わった間違いを二度と繰り返さないためにもきっちりこなさなくてはならない。
「そうですね」
頷いたユズリハにジークはホッとした表情を見せる。
先程までの暗さは彼女からなくなっていたから。
「それじゃ、次の依頼ここに置いておくな?」
「えっ!?」
そういって厨房に置かれている台の上に一通の手紙を置く。
「待ってください!私、休暇が……!」
「休暇あけの依頼だから大丈夫だろ」
「全然大丈夫じゃないです!ジーク、私の代わりにしてください!」
「無理。そんなこと俺に言われても、決定権は隊長、副隊長にある。それに、第二王子の指名なら尚更出来ない」
「そんな………」
「諦めろ、ユズリハ」
ガックリ肩を落とすユズリハにジークは苦笑を浮かべる。
それから向日葵堂は、二日間営業したのち、突然の依頼の仕事が舞い込んだため、しばらく休業となった。
それは、暖かな季節から、汗ばむ季節となる変わり目の出来事だ。
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