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本編
第七話 訣別
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最後の仕上げに僕はステラとの婚約を破棄することにした。これから彼女は伯爵令嬢として受けた悪夢を忘れ、お兄様であるルークと共に平民として平和に暮らしていくのだ。これでようやく僕の可愛い弟と妹達に幸せになってもらえる。これは、そのための婚約破棄だ。この時のため、二人の幸せのため、長い年月をかけて準備してきたのだ。
「大丈夫、必ず僕が守ってみせる。――――僕はルークとステラの兄なのだから」
僕はソファーに沈み込みながら両手を覆って呟いた。
ルーク、ステラ、君達は僕が兄だなんて知る必要はないよ。こんな大量殺人鬼の『殺戮侯爵』が兄だなんて知る必要はないのだ。こんな血塗られた殺人鬼が、優しくていい子である君達の兄だなんて事実を知る必要なんてない。何も知らずに今度こそ二人で幸せになってくれればそれでいいのだ。
ルークとは従者と主という関係だったけれど、九年もの間一緒に暮らすことが出来た。ステラと一緒に過ごせた期間は短いけれど、最後に『お兄様』と呼んでもらえて幸せだった。――――先程の婚約破棄の茶番劇は、僕がステラに兄と呼んでもらいたかった、それだけの話なのだのだ。
嬉しかった。本当に、嬉しかった。
本当にごめんね、ステラ。ルークも、いつもそばにいてくれてありがとう。
今度こそ、幸せになっておくれ。
「オスカー様、紅茶の準備が整いましたよ」
思考にふけっていると、ルークはすぐに部屋に戻ってきた。僕は机にティーカップを置いてくれた彼に微笑みかける。
「ありがとう、ルーク」
僕の世界一可愛い弟にそう言えば、彼は小さく頭を下げた。
***
翌日の朝、僕は一人でオルレアン家に訪問していた。
ステラをオルレアン家と離縁させるためだ。彼女は孤児院から引き取られた養子なので、法的に完全にオルレアン家と離縁させる手続きが取れる。ただ、そのためにはオルレアン伯爵の署名が必要だった。ちなみにステラの署名も必要なのだが、それは昨日、婚約破棄のための書類に紛れ込ませて既に書いてもらっていたため何の問題もない。
ステラとルークは我が屋敷に残してきた。ルークはともかくステラは二度とこのオルレアン家の屋敷に来させる気はなかった。そのため僕一人でオルレアン家の屋敷を訪れていた。
いつものように快く僕を向かい入れてくれた伯爵に対し、僕は笑みを浮かべて彼の首に剣を突き付ける。
「……えっ?」
「おっと、動かないでください、首が斬れてしまいますから。僕は貴方を殺すつもりはありませんので安心してくださいね、オルレアン伯爵」
僕は彼に剣を突き付けたままゆっくりと場所を移動する。彼のすぐ傍まで寄って、剣を彼の首にそっと沿わせた。いつでも殺せるように。
そして離縁届を彼の座る机の上にぱさりと乗せる。
伯爵は汗をだらだらと流しながら蒼白になっていた。その様子が滑稽で、僕はにこりと彼に微笑みかけながら書類を軽く指で叩く。
「さて、伯爵。ここに署名をお願いします」
「こ、侯爵っ、こ、これは一体、何の真似ですか……?」
首に当てられた剣が理解できないのか、伯爵は震える声でそんなことを尋ねてくる。僕はまた書類を指で叩いた。
「ここに、署名を、お願い、しますね?」
「ひっ」
何故こんなに優しく説明しているというのに理解できないのだろう。未だに固まっている伯爵の手に無理矢理ペンを握らせてやれば、ようやく彼はがたがたと手を震わせながら、醜い文字で署名してくれた。
「ありがとうございます。これでもう貴方とステラは親子でも何でもありません。あぁ、良かった」
「まっ、一体、どういうことだ……っ」
彼の署名を貰った時点で用はないからさっさと立ち去ろうとしたのだが、僕から解放された伯爵はそんなことを喚いてくる。無視してもいいのだが、とても気分が良かったから会話に付き合うことにした。
「どういう、と言われましても。ただ貴方とステラの親子の縁を切っただけです」
「なっ……! 何を言っているのだ、貴様!」
「オルレアン家もどうせ明日には潰されますからね。その前にステラをこの家から解放しなければならなかったのです」
「潰されるだと⁉ 貴様、何を言っている!」
「ここへ来る前、貴方の犯してきた罪を書類にまとめて陛下に提出してきましたから。勿論、この二年間で集めた証拠と共に」
「つっ、罪だと⁉ 私はそのようなことは一切していない! おかしなことを言うな!」
僕が告げると彼は酷く狼狽し始める。僕はその様子に気分が悪くなった。
何の罪も犯していない、だって? お前は僕の可愛い妹に何をした?
「殺戮侯爵の言うことなど、陛下が真に受けるものか! むしろ私が貴様を告発してやる!」
巨体を揺らしながら伯爵は真っ赤になった。先程までは真っ青だったのに、驚くべき変化だ。しかしながら僕はきちんと証拠を提出したから、いくら僕の告発といえども陛下は取り合わざるを得ないだろう。
そんなことも分からないだなんて、彼はなんて残念な人間なのだろう。
「はっはははっ、それに脅して書かせた書類など無効に決まっている! ステラは私のものだ! そうだ、そうに決まっている!」
「――――――はぁ」
「何せ、この私が育てたのだからな! ははっ、そうだ、貴様なんぞに渡すものか! あれは私の物だ! 殺戮侯爵のくせに、この私を馬鹿にするでないぞ!」
真っ赤になって唾を飛ばしながら、彼は何かを喚き散らしている。『物』とは、何だろう。『あれ』とは、何だろう。彼女は人間だし、ステラという名前があるのだ。
「あれはな、あれはなぁ、初めは嫌がって逃げようとしたがなあ、殴れば従順になって」
僕は手に握ったままの剣をきつく握りしめた。男はそれに気が付かずに、理性を失った獣のように興奮したままだ。
「そう、私好みになあ、私はあれを」
正気を失ったのだろうか。伯爵は狂ったように歪な笑みを浮かべている。
「しつけ――――」
気がついたときには、僕は剣を伯爵の腹に突き刺していた。
「大丈夫、必ず僕が守ってみせる。――――僕はルークとステラの兄なのだから」
僕はソファーに沈み込みながら両手を覆って呟いた。
ルーク、ステラ、君達は僕が兄だなんて知る必要はないよ。こんな大量殺人鬼の『殺戮侯爵』が兄だなんて知る必要はないのだ。こんな血塗られた殺人鬼が、優しくていい子である君達の兄だなんて事実を知る必要なんてない。何も知らずに今度こそ二人で幸せになってくれればそれでいいのだ。
ルークとは従者と主という関係だったけれど、九年もの間一緒に暮らすことが出来た。ステラと一緒に過ごせた期間は短いけれど、最後に『お兄様』と呼んでもらえて幸せだった。――――先程の婚約破棄の茶番劇は、僕がステラに兄と呼んでもらいたかった、それだけの話なのだのだ。
嬉しかった。本当に、嬉しかった。
本当にごめんね、ステラ。ルークも、いつもそばにいてくれてありがとう。
今度こそ、幸せになっておくれ。
「オスカー様、紅茶の準備が整いましたよ」
思考にふけっていると、ルークはすぐに部屋に戻ってきた。僕は机にティーカップを置いてくれた彼に微笑みかける。
「ありがとう、ルーク」
僕の世界一可愛い弟にそう言えば、彼は小さく頭を下げた。
***
翌日の朝、僕は一人でオルレアン家に訪問していた。
ステラをオルレアン家と離縁させるためだ。彼女は孤児院から引き取られた養子なので、法的に完全にオルレアン家と離縁させる手続きが取れる。ただ、そのためにはオルレアン伯爵の署名が必要だった。ちなみにステラの署名も必要なのだが、それは昨日、婚約破棄のための書類に紛れ込ませて既に書いてもらっていたため何の問題もない。
ステラとルークは我が屋敷に残してきた。ルークはともかくステラは二度とこのオルレアン家の屋敷に来させる気はなかった。そのため僕一人でオルレアン家の屋敷を訪れていた。
いつものように快く僕を向かい入れてくれた伯爵に対し、僕は笑みを浮かべて彼の首に剣を突き付ける。
「……えっ?」
「おっと、動かないでください、首が斬れてしまいますから。僕は貴方を殺すつもりはありませんので安心してくださいね、オルレアン伯爵」
僕は彼に剣を突き付けたままゆっくりと場所を移動する。彼のすぐ傍まで寄って、剣を彼の首にそっと沿わせた。いつでも殺せるように。
そして離縁届を彼の座る机の上にぱさりと乗せる。
伯爵は汗をだらだらと流しながら蒼白になっていた。その様子が滑稽で、僕はにこりと彼に微笑みかけながら書類を軽く指で叩く。
「さて、伯爵。ここに署名をお願いします」
「こ、侯爵っ、こ、これは一体、何の真似ですか……?」
首に当てられた剣が理解できないのか、伯爵は震える声でそんなことを尋ねてくる。僕はまた書類を指で叩いた。
「ここに、署名を、お願い、しますね?」
「ひっ」
何故こんなに優しく説明しているというのに理解できないのだろう。未だに固まっている伯爵の手に無理矢理ペンを握らせてやれば、ようやく彼はがたがたと手を震わせながら、醜い文字で署名してくれた。
「ありがとうございます。これでもう貴方とステラは親子でも何でもありません。あぁ、良かった」
「まっ、一体、どういうことだ……っ」
彼の署名を貰った時点で用はないからさっさと立ち去ろうとしたのだが、僕から解放された伯爵はそんなことを喚いてくる。無視してもいいのだが、とても気分が良かったから会話に付き合うことにした。
「どういう、と言われましても。ただ貴方とステラの親子の縁を切っただけです」
「なっ……! 何を言っているのだ、貴様!」
「オルレアン家もどうせ明日には潰されますからね。その前にステラをこの家から解放しなければならなかったのです」
「潰されるだと⁉ 貴様、何を言っている!」
「ここへ来る前、貴方の犯してきた罪を書類にまとめて陛下に提出してきましたから。勿論、この二年間で集めた証拠と共に」
「つっ、罪だと⁉ 私はそのようなことは一切していない! おかしなことを言うな!」
僕が告げると彼は酷く狼狽し始める。僕はその様子に気分が悪くなった。
何の罪も犯していない、だって? お前は僕の可愛い妹に何をした?
「殺戮侯爵の言うことなど、陛下が真に受けるものか! むしろ私が貴様を告発してやる!」
巨体を揺らしながら伯爵は真っ赤になった。先程までは真っ青だったのに、驚くべき変化だ。しかしながら僕はきちんと証拠を提出したから、いくら僕の告発といえども陛下は取り合わざるを得ないだろう。
そんなことも分からないだなんて、彼はなんて残念な人間なのだろう。
「はっはははっ、それに脅して書かせた書類など無効に決まっている! ステラは私のものだ! そうだ、そうに決まっている!」
「――――――はぁ」
「何せ、この私が育てたのだからな! ははっ、そうだ、貴様なんぞに渡すものか! あれは私の物だ! 殺戮侯爵のくせに、この私を馬鹿にするでないぞ!」
真っ赤になって唾を飛ばしながら、彼は何かを喚き散らしている。『物』とは、何だろう。『あれ』とは、何だろう。彼女は人間だし、ステラという名前があるのだ。
「あれはな、あれはなぁ、初めは嫌がって逃げようとしたがなあ、殴れば従順になって」
僕は手に握ったままの剣をきつく握りしめた。男はそれに気が付かずに、理性を失った獣のように興奮したままだ。
「そう、私好みになあ、私はあれを」
正気を失ったのだろうか。伯爵は狂ったように歪な笑みを浮かべている。
「しつけ――――」
気がついたときには、僕は剣を伯爵の腹に突き刺していた。
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