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本編
第八話 殺戮
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「ぐおおおおおおああああああっ!」
まるで獣のような声だ。でも先程からずっと獣のような態度だったから、彼にはとてもお似合いだろう。僕が剣を腹から引き抜けば、ずろりという音と共に血がびしゃっと吹き上がる。その返り血を思い切り浴びて、僕は血塗れになった。
殺戮侯爵。成程、僕にぴったりだ。
「ぐおおっ、ぐあああっ、貴様っ、貴様ああああああああっ!」
口から血を垂らしながら倒れ込む伯爵に、僕はもう一度剣を振り上げる。
「あぁ――――」
僕は足元で芋虫のように悶え苦しむ男をぼんやりと見下ろしながら、ぽつりと呟いた。
「………………どうせ殺すのなら、もっと早く殺せばよかった」
シェーファー家の人間達を皆殺しにしたとき、僕は何を学んだというのだろう。だがまぁ、どうしようもないことだ。さっさとこの男を殺してしまおう。
そう思って剣を振り下ろそうとした、その時だった。
「オスカー兄上!」
誰かの手が振り上げられた僕の腕を強く握り絞めた。
「…………あに、うえ?」
「オスカー様は、俺達の兄上だ! そうでしょう⁉」
信じられない言葉を聞いて、僕は伯爵のことを忘れて横を向いた。そこには、我がシェーファー家の屋敷に置いてきたはずのルークがいた。彼は真っ青になりながら、必死に剣が握られた僕の手を掴んでいる。剣からつたっていく伯爵の血液がルークの手を汚すのが見えて、僕は慌てて剣から手を離した。
そして、その剣を拾い上げたのはステラだった。
「お兄様、オスカーお兄様!」
彼女は剣を握り絞めながら、泣きそうな顔で僕を覗き込んできた。
僕と伯爵の二人しかいなかった部屋に、何故か我が屋敷に置いてきた弟と妹がいる。何故、どうして。伯爵の苦悶の声も耳に届かずに、僕は唖然と立ち竦んだ。
あぁ、どうして僕の弟と妹がこんなところにいるのだ。それに、どうして、僕のことを。
「どうして、兄だと、知って」
――――僕は、自分が兄だと伝えていないのに。
僕がそう問えば、ルークが口を開いた。
「昨日、部屋に戻ったとき、貴方の呟きが聞こえてきてしまったのです。部屋の扉が、少しだけ開いていて」
「呟き……僕、の?」
「一言一句覚えています。『大丈夫、必ず僕が守ってみせる。僕はルークとステラの兄なのだから』。貴方は間違いなくそう仰っていました」
「それに、使用人のお兄さんがいつもそう言っていたのを思い出したんです!」
今度はステラが泣きそうな顔で言う。
「毎日来てくれた使用人のお兄さんが、いつも必ず守るから、と言っていたことを! いつも、いつもそう言って……ねぇ、オスカーお兄様はあの使用人のお兄さんなのですよね⁉」
そんなことまでステラに言われて、僕は今度こそ言葉を失ってしまった。
「オスカー兄上……」
固まって動かなくなった僕の手を握って、ルークは泣きそうな顔で僕を覗き込んだ。
「兄上、なんですよね……? 貴方が昨日自分でそう言っていたんですよ。だからそれを確かめようと、俺達はオスカー様の後を付けて来て……兄上、なんですよね? オスカー様は、本当は俺達の兄上なんですよね……?」
「ぼく、は」
僕の声は無様にも震えていた。脳が状況に追いつかない。
「兄上、貴方は僕達が監禁されていた時にずっと助けてくれていたあの『使用人さん』だった。そして、貴方は僕の兄上だった……そう、ですよね?」
同じく震える声でルークに言われて。
「僕は、君達の兄だなんて、名乗れない」
僕の瞳から、涙が一つ零れ落ちた。
「――――――兄上!」
「お兄様!」
「だって、僕は」
ルークに握られたままだった手を振りほどいて、僕は手のひらを広げる。そこは先程刺した伯爵の血でべったりと赤く染まっていた。
「僕は、『殺戮侯爵』だから」
殺してしまったのだ。本当に大勢の人間を。理性を失って、僕は沢山の人間を殺した。
僕はただの人殺しだ。優しい弟と妹と違って、僕は残忍な殺人鬼なんだ。だから僕は、二人の兄になる資格なんてないのだ。
「そんなの関係ないです、お兄様!」
「それに、僕は、君達をずっと、守れなかった。救えなかった」
「貴方は何を言っているのですか、兄上!」
遠くで、誰かが叫んでいる気がする。けれど僕には何も届かない。
「僕は、何も守れなかった」
何一つとして。
――――適切な治療も出来なかった。碌な食事も用意できなかった。折檻を恐れて母上を止めることすら出来なかった。僕は何もできなかったのだ。屋根裏部屋に閉じ込められていた二人に、人間らしい生活をさせてやることはできなかった。
二人を逃がした先の孤児院も、碌な場所ではなかった。ステラを伯爵に売り飛ばし、ルークは治療を受けさせてももらえなかった。幸運にもルークは僕が引き取ることが出来たけれど、ステラは伯爵の元でまた『物』として扱われ人間らしい生活を送ることは叶わなかった。僕は間違えてばかりだ。僕はちっとも二人を守れていない。
こんな僕は二人の兄を名乗る資格はない。
だからずっと黙っていたのに、また失敗した。
「俺達はずっと貴方に守られていた!」
「そうですお兄様! お兄様がいてくださったから私もここまで頑張ることができたのです!」
そんなことを言ってくれる二人に、僕は涙を零しながら微笑みかける。
「でも僕はまた、一人殺そうとしている」
僕はただの人殺しだ。
まるで獣のような声だ。でも先程からずっと獣のような態度だったから、彼にはとてもお似合いだろう。僕が剣を腹から引き抜けば、ずろりという音と共に血がびしゃっと吹き上がる。その返り血を思い切り浴びて、僕は血塗れになった。
殺戮侯爵。成程、僕にぴったりだ。
「ぐおおっ、ぐあああっ、貴様っ、貴様ああああああああっ!」
口から血を垂らしながら倒れ込む伯爵に、僕はもう一度剣を振り上げる。
「あぁ――――」
僕は足元で芋虫のように悶え苦しむ男をぼんやりと見下ろしながら、ぽつりと呟いた。
「………………どうせ殺すのなら、もっと早く殺せばよかった」
シェーファー家の人間達を皆殺しにしたとき、僕は何を学んだというのだろう。だがまぁ、どうしようもないことだ。さっさとこの男を殺してしまおう。
そう思って剣を振り下ろそうとした、その時だった。
「オスカー兄上!」
誰かの手が振り上げられた僕の腕を強く握り絞めた。
「…………あに、うえ?」
「オスカー様は、俺達の兄上だ! そうでしょう⁉」
信じられない言葉を聞いて、僕は伯爵のことを忘れて横を向いた。そこには、我がシェーファー家の屋敷に置いてきたはずのルークがいた。彼は真っ青になりながら、必死に剣が握られた僕の手を掴んでいる。剣からつたっていく伯爵の血液がルークの手を汚すのが見えて、僕は慌てて剣から手を離した。
そして、その剣を拾い上げたのはステラだった。
「お兄様、オスカーお兄様!」
彼女は剣を握り絞めながら、泣きそうな顔で僕を覗き込んできた。
僕と伯爵の二人しかいなかった部屋に、何故か我が屋敷に置いてきた弟と妹がいる。何故、どうして。伯爵の苦悶の声も耳に届かずに、僕は唖然と立ち竦んだ。
あぁ、どうして僕の弟と妹がこんなところにいるのだ。それに、どうして、僕のことを。
「どうして、兄だと、知って」
――――僕は、自分が兄だと伝えていないのに。
僕がそう問えば、ルークが口を開いた。
「昨日、部屋に戻ったとき、貴方の呟きが聞こえてきてしまったのです。部屋の扉が、少しだけ開いていて」
「呟き……僕、の?」
「一言一句覚えています。『大丈夫、必ず僕が守ってみせる。僕はルークとステラの兄なのだから』。貴方は間違いなくそう仰っていました」
「それに、使用人のお兄さんがいつもそう言っていたのを思い出したんです!」
今度はステラが泣きそうな顔で言う。
「毎日来てくれた使用人のお兄さんが、いつも必ず守るから、と言っていたことを! いつも、いつもそう言って……ねぇ、オスカーお兄様はあの使用人のお兄さんなのですよね⁉」
そんなことまでステラに言われて、僕は今度こそ言葉を失ってしまった。
「オスカー兄上……」
固まって動かなくなった僕の手を握って、ルークは泣きそうな顔で僕を覗き込んだ。
「兄上、なんですよね……? 貴方が昨日自分でそう言っていたんですよ。だからそれを確かめようと、俺達はオスカー様の後を付けて来て……兄上、なんですよね? オスカー様は、本当は俺達の兄上なんですよね……?」
「ぼく、は」
僕の声は無様にも震えていた。脳が状況に追いつかない。
「兄上、貴方は僕達が監禁されていた時にずっと助けてくれていたあの『使用人さん』だった。そして、貴方は僕の兄上だった……そう、ですよね?」
同じく震える声でルークに言われて。
「僕は、君達の兄だなんて、名乗れない」
僕の瞳から、涙が一つ零れ落ちた。
「――――――兄上!」
「お兄様!」
「だって、僕は」
ルークに握られたままだった手を振りほどいて、僕は手のひらを広げる。そこは先程刺した伯爵の血でべったりと赤く染まっていた。
「僕は、『殺戮侯爵』だから」
殺してしまったのだ。本当に大勢の人間を。理性を失って、僕は沢山の人間を殺した。
僕はただの人殺しだ。優しい弟と妹と違って、僕は残忍な殺人鬼なんだ。だから僕は、二人の兄になる資格なんてないのだ。
「そんなの関係ないです、お兄様!」
「それに、僕は、君達をずっと、守れなかった。救えなかった」
「貴方は何を言っているのですか、兄上!」
遠くで、誰かが叫んでいる気がする。けれど僕には何も届かない。
「僕は、何も守れなかった」
何一つとして。
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こんな僕は二人の兄を名乗る資格はない。
だからずっと黙っていたのに、また失敗した。
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