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本編
第九話 絆
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伯爵の血しぶきを全身に浴びて、僕は真っ赤に染まっている。まさに『殺戮侯爵』、これ以上僕にふさわしい別名なんてないだろう。人を殺すだけ殺して、誰も救えたことがないのだ。
僕は伯爵を見下ろした。彼は床に血だまりを作りながらも、まだ息があった。あぁ、とどめを刺さないと。この男を、殺さなくては。
「ステラ、剣を貸して」
僕の剣を握り絞めたままの彼女に声を掛ければ、彼女は首を横に振った。それに僕は困ってしまう。あの剣以外、僕は武器を持っていないのだ。
「ステラ」
「オスカーお兄様」
ステラは泣きそうな顔をしながらも、凛とした声で告げた。
「お兄様は、優しい人です。私達を守ってくれました」
「……何も守れなかったよ」
「いいえ! お兄様がいなかったら、私達は死んでいました! お兄様は、いつも私達を助けてくれた……ルークお兄様の手当てだってしてくれたし、絵本も読んでくれた!」
彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
「オルレアン伯爵家に引き取られた時だって! お兄様が婚約してくれたから私は救われました! お兄様がいたから、私は頑張れたんです!」
「そうですよ、兄上」
ルークがステラの言葉を引き継ぐ。
「監禁されていた時、いつも兄上が助けてくれました。ステラの言う通り、兄上がいなかったら俺達は死んでいました。俺達が今生きていられるのは、全て兄上のおかげなんです!」
「……でも僕は、人殺しだ」
二人がどんなことを言ってくれても、僕はただの大量殺人鬼だ。今も伯爵を殺そうとしている。
「二人の兄になる資格なんてない」
こんな優しいことを言ってくれる二人の兄になんて、僕はなれないのだ。
「ルークお兄様」
ステラが何故かルークに声を掛ければ、彼は頷いた。僕はその二人の様子に首を傾げるが、ルークは何をするか分かっているかのようにステラの傍に寄った。そして、彼女の手を握りしめる。
剣を持つ彼女の手を、彼は握り絞める。
「な――――」
僕はそれに目を見開いた。二人は一体、何をしようとしているのだ。僕は二人を止めようと手を伸ばしたが、その手は届くことはなかった。
その瞬間、二人は剣を伯爵の首に突き刺した。
「――――――っ!」
僕は二人の行動が信じられなくて、言葉にならない悲鳴を上げた。しかし二人は、僕の様子を気にすることなく絶命した伯爵を淡々と見下ろす。
「あぁ、やっと殺してやりました」
「俺の妹に酷いことをした報いだ」
二人は、今自分達がしたことを理解しているのだろうか。ルークとステラは二人で握っていた剣から手を離して僕の方に向き直る。きっと蒼白になっているだろう僕に、二人はなんてことないように言った。
「これなら、殺戮侯爵の弟と妹に相応しいですか?」
――――あぁ、なんてことだ。
僕はその言葉に崩れ落ちた。瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちて止まらない。それは血だまりに落ちていく。
「……なんっ、で」
どうしようもなく声が震える。僕は泣きながら叫んだ。
「なんで、どうして!」
自分でも何を喚きたいのか分からない。
二人が人を殺したことを嘆けばいいのか、伯爵の死を嘲笑えばいいのか。分からない。
「どう、して……!」
どうしてそこまでして僕の弟と妹になりたいのだろう。
僕達は血だまりの中、抱きしめ合った。
「一人で背負わないでください、兄上」
「そうですよ、だって私達兄妹なんでしょう? 皆で背負いましょう」
「兄上、貴方が俺の兄でよかった……本当に、そう思えるんです」
「お兄様、ずっと昔から私達を助けてくださって、本当に感謝しています」
一人の死体が横たわる中、僕達は身を寄せ合った。血だまりが広がり、僕達は皆赤く染まる。
皆、血塗れだ。それでも僕達は血塗れになって初めて、家族になれた。
血塗れの僕達は、ようやく家族になれたのだ。
「お兄様、もう侯爵なんてやめて逃げてしまいましょう」
ステラが楽しそうに言った。
「平和な町があるんでしょう? 私達三人、家族水入らずで暮らしましょうよ」
「いいですね、ステラ。広い家なんでしょう? 三人で暮らしましょう。楽しみですね、兄上」
「本当に楽しみです!」
ステラは笑った。つられてルークも嬉しそうに笑う。
僕は涙で滲む視界で、二人の笑顔を見た。二人は幸せそうに笑っている。僕を抱きしめて、二人は笑っているのだ。
それを見て、思う。
僕は二人を、守れていたのだろうか。
僕は二人を、救えたのだろうか。
分からない。
ただ確かなことは、今、二人は僕の目の前で微笑んでいる。だから僕も微笑んだ。
「――――愛しているよ」
僕は二人にそう告げた。
僕は伯爵を見下ろした。彼は床に血だまりを作りながらも、まだ息があった。あぁ、とどめを刺さないと。この男を、殺さなくては。
「ステラ、剣を貸して」
僕の剣を握り絞めたままの彼女に声を掛ければ、彼女は首を横に振った。それに僕は困ってしまう。あの剣以外、僕は武器を持っていないのだ。
「ステラ」
「オスカーお兄様」
ステラは泣きそうな顔をしながらも、凛とした声で告げた。
「お兄様は、優しい人です。私達を守ってくれました」
「……何も守れなかったよ」
「いいえ! お兄様がいなかったら、私達は死んでいました! お兄様は、いつも私達を助けてくれた……ルークお兄様の手当てだってしてくれたし、絵本も読んでくれた!」
彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
「オルレアン伯爵家に引き取られた時だって! お兄様が婚約してくれたから私は救われました! お兄様がいたから、私は頑張れたんです!」
「そうですよ、兄上」
ルークがステラの言葉を引き継ぐ。
「監禁されていた時、いつも兄上が助けてくれました。ステラの言う通り、兄上がいなかったら俺達は死んでいました。俺達が今生きていられるのは、全て兄上のおかげなんです!」
「……でも僕は、人殺しだ」
二人がどんなことを言ってくれても、僕はただの大量殺人鬼だ。今も伯爵を殺そうとしている。
「二人の兄になる資格なんてない」
こんな優しいことを言ってくれる二人の兄になんて、僕はなれないのだ。
「ルークお兄様」
ステラが何故かルークに声を掛ければ、彼は頷いた。僕はその二人の様子に首を傾げるが、ルークは何をするか分かっているかのようにステラの傍に寄った。そして、彼女の手を握りしめる。
剣を持つ彼女の手を、彼は握り絞める。
「な――――」
僕はそれに目を見開いた。二人は一体、何をしようとしているのだ。僕は二人を止めようと手を伸ばしたが、その手は届くことはなかった。
その瞬間、二人は剣を伯爵の首に突き刺した。
「――――――っ!」
僕は二人の行動が信じられなくて、言葉にならない悲鳴を上げた。しかし二人は、僕の様子を気にすることなく絶命した伯爵を淡々と見下ろす。
「あぁ、やっと殺してやりました」
「俺の妹に酷いことをした報いだ」
二人は、今自分達がしたことを理解しているのだろうか。ルークとステラは二人で握っていた剣から手を離して僕の方に向き直る。きっと蒼白になっているだろう僕に、二人はなんてことないように言った。
「これなら、殺戮侯爵の弟と妹に相応しいですか?」
――――あぁ、なんてことだ。
僕はその言葉に崩れ落ちた。瞳からぼろぼろと涙が零れ落ちて止まらない。それは血だまりに落ちていく。
「……なんっ、で」
どうしようもなく声が震える。僕は泣きながら叫んだ。
「なんで、どうして!」
自分でも何を喚きたいのか分からない。
二人が人を殺したことを嘆けばいいのか、伯爵の死を嘲笑えばいいのか。分からない。
「どう、して……!」
どうしてそこまでして僕の弟と妹になりたいのだろう。
僕達は血だまりの中、抱きしめ合った。
「一人で背負わないでください、兄上」
「そうですよ、だって私達兄妹なんでしょう? 皆で背負いましょう」
「兄上、貴方が俺の兄でよかった……本当に、そう思えるんです」
「お兄様、ずっと昔から私達を助けてくださって、本当に感謝しています」
一人の死体が横たわる中、僕達は身を寄せ合った。血だまりが広がり、僕達は皆赤く染まる。
皆、血塗れだ。それでも僕達は血塗れになって初めて、家族になれた。
血塗れの僕達は、ようやく家族になれたのだ。
「お兄様、もう侯爵なんてやめて逃げてしまいましょう」
ステラが楽しそうに言った。
「平和な町があるんでしょう? 私達三人、家族水入らずで暮らしましょうよ」
「いいですね、ステラ。広い家なんでしょう? 三人で暮らしましょう。楽しみですね、兄上」
「本当に楽しみです!」
ステラは笑った。つられてルークも嬉しそうに笑う。
僕は涙で滲む視界で、二人の笑顔を見た。二人は幸せそうに笑っている。僕を抱きしめて、二人は笑っているのだ。
それを見て、思う。
僕は二人を、守れていたのだろうか。
僕は二人を、救えたのだろうか。
分からない。
ただ確かなことは、今、二人は僕の目の前で微笑んでいる。だから僕も微笑んだ。
「――――愛しているよ」
僕は二人にそう告げた。
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