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第2章
雅美の場合 その11 手紙
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置かれた封筒の白さに、雅美はひやりとした。
「和也の字だわ。遺書……じゃないわよね」
「まさか。きっと置き手紙よ。まず雅美が一人で読みなさい。私はこっちにいるから」
里美がソファーに座ると、雅美は封筒から便箋を取り出した。
雅美へ
許してもらえるとは思っていないが、ごめん。本当にごめん。
なぜ一度きりとはいえ、雅美を裏切ることをしたのか自分でもわからない。それも愛してもいない女と。あれ以来、雅美の顔を見るのも怖かった。後悔と自己嫌悪の毎日で、何度もあのことは忘れてしまいたいと思った。あの女からも連絡もなかったし、実際、少しは忘れていたんだ。人間とは厚かましいものだ。
しかし、罪もない雅美を裏切った罰は下った。あの女から妊娠の話を聞かされた時の絶望は、死んだ方がいいと思えるほどだった。俺は辛い治療を続けている雅美にだけは知られたくない、堕ろしてくれ、金ならいくらでも出すと言った。しかしあの女は産むと言う。あの女が俺を愛しているとはとても思えないが、なぜそんなことを言うのだろう。不思議だ。俺はあの女に、この先雅美と別れても、子供が生まれても、養育費は出すが、君と絶対に結婚はしないと言った。話し合いは物別れに終わった。
自分がしでかしたこととは言え、こんな汚いもめ事に雅美を巻き込みたくなかったので、辛くても離婚を切り出すしかなかった。勝手な言い分だが、罪のない雅美にこれ以上の苦しみを与えたくなかったからだ。そしてその結果が今の雅美の気持ちだ。俺を憎み、軽蔑しているだろう。雅美が出て行く時、俺に浴びせた言葉は全てその通りだ。俺は最低だ。
俺の顔も見たくないだろうし、死ねばいいと思われても当然だが、今は死ぬわけにはいかないんだ。子供が生まれるからだ。今、俺が死んだら俺たちの資産の半分は、愛してもないあの女の子供のものになる。今はDNAで調べられる。あの女のことだから俺の髪の一本や二本は手元に残しているはずだ。あの女が誰もいない家に俺を連れて行ったのも、それが目的だったと思う。
だから子供が生まれないうちに、雅美と離婚し、あるだけの物を慰謝料、財産分与として雅美に全部渡しておく。マンションの名義は俺の持ち分を雅美に譲る(ローンは俺が責任を持つ)、俺の名義の預貯金も全て渡す。生命保険の受け取り人も雅美のままにしておく。今はこれぐらいしか思いつかないが……
それと俺は少し前から家を出ていく準備をしていたんだ。マンションにはもう帰らないから、このまま雅美がマンションに住み続けてくれ。住み続けるのが嫌なら、名義が雅美の名前に変更でき次第、人に貸すのもいいし、時期が来れば売ってもいい。こんなことで償いができるとも思わないが、せめてもの気持ちだ。
最後に俺が生き続けていたとしたらの話だが、今後、俺は誰とも結婚しない。いつか言っただろう、結婚式は一度でいいって。俺には雅美しかいないからだ。愛する女一人も幸せにできなかった男が言う言葉ではないけれど。あの女が流産でもしないかと考えたこともあった。しかし、それでも俺たちは元通りにはならないだろう。
離婚したら俺たちは何の関わりも持たない他人だ。俺のことは忘れて、いつまでも元気でいてくれ。さようなら。 和也
「和也の字だわ。遺書……じゃないわよね」
「まさか。きっと置き手紙よ。まず雅美が一人で読みなさい。私はこっちにいるから」
里美がソファーに座ると、雅美は封筒から便箋を取り出した。
雅美へ
許してもらえるとは思っていないが、ごめん。本当にごめん。
なぜ一度きりとはいえ、雅美を裏切ることをしたのか自分でもわからない。それも愛してもいない女と。あれ以来、雅美の顔を見るのも怖かった。後悔と自己嫌悪の毎日で、何度もあのことは忘れてしまいたいと思った。あの女からも連絡もなかったし、実際、少しは忘れていたんだ。人間とは厚かましいものだ。
しかし、罪もない雅美を裏切った罰は下った。あの女から妊娠の話を聞かされた時の絶望は、死んだ方がいいと思えるほどだった。俺は辛い治療を続けている雅美にだけは知られたくない、堕ろしてくれ、金ならいくらでも出すと言った。しかしあの女は産むと言う。あの女が俺を愛しているとはとても思えないが、なぜそんなことを言うのだろう。不思議だ。俺はあの女に、この先雅美と別れても、子供が生まれても、養育費は出すが、君と絶対に結婚はしないと言った。話し合いは物別れに終わった。
自分がしでかしたこととは言え、こんな汚いもめ事に雅美を巻き込みたくなかったので、辛くても離婚を切り出すしかなかった。勝手な言い分だが、罪のない雅美にこれ以上の苦しみを与えたくなかったからだ。そしてその結果が今の雅美の気持ちだ。俺を憎み、軽蔑しているだろう。雅美が出て行く時、俺に浴びせた言葉は全てその通りだ。俺は最低だ。
俺の顔も見たくないだろうし、死ねばいいと思われても当然だが、今は死ぬわけにはいかないんだ。子供が生まれるからだ。今、俺が死んだら俺たちの資産の半分は、愛してもないあの女の子供のものになる。今はDNAで調べられる。あの女のことだから俺の髪の一本や二本は手元に残しているはずだ。あの女が誰もいない家に俺を連れて行ったのも、それが目的だったと思う。
だから子供が生まれないうちに、雅美と離婚し、あるだけの物を慰謝料、財産分与として雅美に全部渡しておく。マンションの名義は俺の持ち分を雅美に譲る(ローンは俺が責任を持つ)、俺の名義の預貯金も全て渡す。生命保険の受け取り人も雅美のままにしておく。今はこれぐらいしか思いつかないが……
それと俺は少し前から家を出ていく準備をしていたんだ。マンションにはもう帰らないから、このまま雅美がマンションに住み続けてくれ。住み続けるのが嫌なら、名義が雅美の名前に変更でき次第、人に貸すのもいいし、時期が来れば売ってもいい。こんなことで償いができるとも思わないが、せめてもの気持ちだ。
最後に俺が生き続けていたとしたらの話だが、今後、俺は誰とも結婚しない。いつか言っただろう、結婚式は一度でいいって。俺には雅美しかいないからだ。愛する女一人も幸せにできなかった男が言う言葉ではないけれど。あの女が流産でもしないかと考えたこともあった。しかし、それでも俺たちは元通りにはならないだろう。
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