隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話

紫ゆかり

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第2章

雅美の場合 その12 眠れぬ夜 

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 雅美は手紙を置くと、和也の部屋に行った。クローゼットにはセレモニー用のスーツ、冬用のコートとジャケット、セーターそしてネクタイが数本残っていただけだった。机の上にあったパソコンはなく、代わりに通帳とキャッシュカードが置かれていた。リビングに戻るなり、雅美は泣き出した。
「和也のしたことは許せないわ。だけどこんなのって……」
「手紙、読んでもいい?」
 雅美はうなずいた。
 里美は机の上の手紙を取り、ゆっくりと開いた。そして手紙を読み終えると、静かに言った。
「和也さんは死んだりしないわ。離婚のことマンションのこと、色々と手続きが残ってるし、仕事だって簡単に放り出したりできないわ。第一、和也さんの子と決まったわけでもないのよ、死ぬもんですか」
「でも和也はもうここには帰ってこないのよ。私は一人よ」
「雅美まで出て行ったらどうなるの? あの女の思う壺よ。辛い時はうちで泊まりなさい。だけどマンションを出るのはだめ。確かに和也さんのしたことは最低よ、でも手紙を読めば、和也さんが雅美を精一杯守ろうとしていることぐらいはわかるでしょ。和也さんはあの女なんか、愛しちゃいないわ」
「でも和也を許せないの。許せないけど、頭が混乱して何も考えられない」
 里美は雅美に、泣かせるだけ泣かせておいた。何を言っても、今の雅美には通じないだろう、口では和也を許せないと言っても本当は愛する夫の子を、自分でなく憎い女が身ごもったことに一番傷ついているのだと里美は気づいていた。

 泣くだけ泣くと雅美は涙を拭いた。
「ごめんね。和也の言い分が勝手過ぎるから腹が立っただけなの。私、悲しくて泣いたんじゃないの」
 里美は妹のいたましい微笑みに胸を衝かれ「今夜も泊まらない? ご飯だけでもどう?」と誘った。
 雅美は首を振って、無理に笑った。
「大丈夫。お姉ちゃんこそ、お義兄さんをほっといちゃだめでしょ」
 妹の赤く腫れた瞼が哀れで、里美は慰めてやりたかったが、不用意な言葉は危険だと思い、黙って肩を抱くしかできなかった。夕方近くまでいて里美は家に帰った。

 夜、ベッドの中で雅美はもう一度手紙を読んだ。手紙の和也は、雅美の知っている和也そのままだった。誠実でやさしく、いつも大切にしてくれて。なのになぜあんなことをしたの、と和也の胸を思い切り叩きたかった。しかし和也はもうここに帰らない。雅美は声を上げて泣いた。
 そして美枝。昔から他人の持ち物を欲しがる、そんな女だった美枝。でもまさか同級生の夫、そして子供まで欲しがるなんて……。嫉妬と悔しさ、惨めさで新たな涙があふれた。
 雅美は和也よりも自分がこの世から消えたかった。一人の辛さがこたえて、雅美は眠れなかった。
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