隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話

紫ゆかり

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第3章

千晴の場合 その4 面会日

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 大樹はリビングに入ると、鞄を置いた。そしてネクタイを外しながら
「今度の面会、遊園地に行くことにしてたんだけど、一緒に野球を見に行くことになったんだ。行けなくなった同僚がチケットを2枚譲ってくれたんだよ。デーゲームなので、帰りは遅くならないと思うけど」
「そうなの……」

 龍司が小学生の間は、面会の日程調整については大樹と麻美がメールでやりとりして決めるという、取り決めだった。すでに麻美とは、メールでやりとりして了解済みなんだろう。結婚する前から、メールのやりとりのことは聞いていたので、そのことに千晴は今まで不平を言ったことはない。養育費を二十歳まで支払うことも結婚前、大樹から聞かされているし、もちろん驚かない。むしろ父親としてそうすべきと思う。しかし今の千晴は、息子の龍司よりも別れた妻の麻美を意識するようになっていた。

「龍司は初めての野球観戦なんだ。そんな年頃になったんだな」
 大樹は少し笑ったが、千晴の表情を見ると会話を切り上げた。千晴は自分がつまらなそうな表情をしていたのかと思い
「楽しみね。いいじゃない」と笑って言った。大樹は軽くうなずいただけで、それ以上は何も言わなかった。

 翌朝、千晴は出社し、昨日の出張の報告書を上司に出そうとした。すると先にチーム内で書類に目を通していた後輩の森川が
「この報告書の二枚目の資料、間違ってませんか?」と言いに来た。
 千晴が目を通すと、資料は別のクライアントのものになっていた。
「本当だわ。ありがとう。すぐ差し替えるわ」
「どうしたのかな、らしくないですよ」と森川は笑った。すぐに千晴はパソコンに向かったが、何をぼんやりしていたんだろうと、千晴は自分に舌打ちしたい思いだった。

 土曜の朝、千晴が朝食の準備をしていると、大樹は朝刊を広げながら
「明日の面会、取り止めになりそうだ」とポツリと言った。
「どうして?」
「体調が悪いから見送るって。熱が出たらしい。風邪でも引いたのかな」
 だしぬけに明日の面会の話題が出て、千晴はとまどった。しかし浮かない顔の大樹を見ていると、龍司のことを心配していると思い、元気づけようとして
「子供って急に体調が変わることあるから……。小学校の時、昨日は一緒に遊んでた友達が急に翌日、熱を出して休む、なんてこと結構、あったわ」と言った。
「龍司はそんなに大したことないんだ。熱をだしてるのはアイツの方なんだ。万一移って、俺の仕事に迷惑がかかったら大変、だってさ」
 千晴は素早く、大樹にとって龍司と会えなくなる残念さと麻美の体調を気遣う気持ちとどちらが強いのだろう? と考えた。しかしやはり月に一度の龍司との面会を楽しみにしているだろうと思い
「龍司君も野球観戦を楽しみにしてるんでしょ? 麻美さんは実家暮らしじゃないの?  お祖母ちゃんがいれば、龍司君も野球観戦できそうに思うけど」と聞いてみた。
「前は実家にいたんだが、今は龍司と二人暮らしなんだ」
「……」
 千晴は自分は他人だし、これ以上立ち入るのもよくないだろうと思い、口をつぐんだ。しかし、麻美が息子と二人暮らしというのは初耳だった。千晴は落ち着かない気持ちになった。

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