隣の夫婦 ~離婚する、離婚しない、身近な夫婦の話

紫ゆかり

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第4章

志織の場合 その6 あの頃

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「ただいま」
 玄関の鍵をあける音がして、慎一が帰宅した。
「おかえりなさい。ご飯はできてるけど、先にお風呂にする?」
 志織はエプロンを外しながら、慎一に聞いた。
「そうだな、風呂、いや腹が減ってるから先に食事にするか」
 慎一はコートをハンガーに掛けながらそう言った。
 志織はビーフシチューを温め直しながら、慎一に
「ビール、飲む?」と聞いた。
「いや、今日はアルコールはやめておくよ」
 慎一の声に志織ははっとした。アルコールの要らない日というのは、慎一からの暗黙の合図なのだった。
 その夜、志織はよく眠れず、夢を見たような見ていないような不思議な感覚の中、うつらうつらしていた。久しぶりに涼平に会っただけで、眠れないなんていったいどうしたんだろう。涼平とのことは終わったことだ。慎一との結婚を決めた時、志織はそのつもりだった。それに涼平だって同じだろう。もうあの頃とは違う。志織は、過去にとらわれている自分の気持ちをはかりかねた。

 クリスマスまであと数日という日、高校時代の仲良しグループから連絡が来た。五人のうち結婚しているのは志織と茉耶の二人だったが、三人目の花嫁が誕生することになった。志織はLINEでお祝いのメッセージを送った。
「おめでとう、お相手はどんな人なの?」
 まもなく返事が来た。
「ありがとう。灯台下暗しっていうか……みんなも知ってる人よ」
 志織は一瞬、ぎくりとした。
 しかしその後、すぐ
「合コンして付き合ったけど、別れたAくんよ。ところが思わぬ再会があって、こういうことになりました」
 しばらくLINEは結婚のなれそめなど質問で盛り上がったが、久しぶりに五人で集まり、結婚式でのお祝いとは別に、リクエストを聞いて四人でプレゼントを贈ろうということになった。プレゼントを買いに行くのは、今回は志織と茉耶が担当となった。

 数日後、茉耶から電話があった。お互いの近況を話し終えた時、志織は茉耶に涼平のことを話してみた。
「涼平君、司法試験に合格したの。中々やるじゃん。会ったのは何年ぶり?」
 茉耶は志織が涼平とつきあっていたことを知っていたが、涼平を呼び捨てにはしない。
「三年ぐらいかな。学生っていうか、院生みたいであまり変わってなかったわ」
「あの頃、年下の彼って、ちょっぴりうらやましかったな。そういうの、全く縁がなかったから」
「年下って……たった二ヶ月しか違わないから同級生と同じよ。涼平は、生意気な口ばかり聞いてたわ」
「そう? 今だから言うけど涼平君、志織に追いつこうと結構無理してたんじゃないかなぁ。やっぱり学生時代って学年が違うとどうしてもね……」
 涼平が無理してた?  茉耶の言葉が志織には意外だった。
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