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5.初めましてのキック

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 静寂。

「噛んだな」
「噛みました……ね」
「……うーん……」

 俺は大きく深呼吸をした。
 そして彼の手を離してから一言お願いをすることに。

「ごめん。もう一回やらせてくれない?」
「は? あ、おう」
「ありがとう。じゃあもう一回」

 俺は再び彼の手を掴む。
 そして決め顔をつくり、咳ばらいをして喉を整えてから……。

「女の子に手を上げるなんて、みっともないぜ」
「……」

 決まった。
 今度は完璧に決まったぞ。
 うん、満足した。

「な……何だこの時間……」

 男は呆れていた。
 先ほど前の強気な姿勢はどこへやら。
 ポカーンとまぬけな顔をしている。
 女の子のほうも怯えが薄まり、珍しい物でも発見したように目を丸くしていた。
 
 せっかく格好よく助けに入ったのに何だこの空気は。
 もっと緊迫した感じになるんじゃないの?
 男は怒りをあらわにして、女の子は希望を胸に宿すとかさぁ。
 そうじゃないと助けに入った意味がないぞ。

 まぁ……俺のせいだけどね。

「ちっ、ふざけた茶番に付き合わせやがって! なんなんだてめぇは!」

 ここで男の怒りが再燃した。
 いい感じに怒っている。
 男が急に怒鳴る声をあげるものだけら、女の子もビクッと身体を振るわせた。

 いいぞいいぞ、雰囲気が出てきた。

「てめぇ何笑ってやがる。その手を離せ」
「それはこっちのセリフだ。女の子の腕を乱暴に掴むんじゃない。跡が残ったら大変だろ?」
「んだとてめぇ……てめぇには関係ないだろうが」
「いいや、ある」

 どうやら放す気はなさそうだったので、強引に引きはがすことにした。
 俺は彼の腕を握る手に力を込める。
 手首を強く締め付けられると、人は手を握る力を弱める。
 彼の場合は痛みで。

「ぐっ」
「女の子を傷つける奴を、俺は見過ごせない」

 今のは格好よかっただろう?
 チラッと女の子のほうを見てみると、少しだけ表情が明るくなったように見える。
 俺は心の中でガッツポーズをした。

「放しやがれ!」
「っと」

 男は無理やり俺の手をふり払った。
 手首にはくっきりと跡が残っているのがわかる。
 潰さないように加減はしたから大丈夫だろうけど。

「痛そうだな」
「てめぇ……誰にたてついたわかってるのか?」
「もちろん。盛ってる見にくい男に」
「……どうやらわかってないようだな? 俺は貴族だぞ! ただの貴族じゃない! この王都でも名のあるヴィンダール家の人間だ!」

 男は高らかに語り出す。
 服についているのは家の紋章だろうか。
 それをわかるように見せびらかして、得意げな顔で。

「てめぇはどこの家だ?」
「俺は貴族じゃないぞ。生まれはずっと西にある村だ」
「はっ! 貴族ですらない平民が俺に指図したのか! どうやら本物の馬鹿らしいなぁ」
「……貴族って、そんなに偉いのか?」

 俺は素朴な疑問を口にした。
 前世の頃にも貴族の位はあったから制度は知っている。
 だけど戦いばかりのあの時代に身分なんて意味をなさなかった。
 いくら権力をもっていようと、本物の力には対抗できない。
 
「ぷっ、はははははっは! 本当に馬鹿だなぁ平民は! 偉いに決まってるだろ? 俺とお前じゃ生まれ持ったものが違うんだよ! 金も、地位も、権力も! お前がどれだけ頑張っても手に入らないものを全部俺が持ってる!」
「なるほどね……」

 彼は知らないだろうけど、俺は金と地位は持っていたよ。
 当時は国王より俺たちのほうが国民への影響力を持っていたくらいだ。
 そういう意味で権力も持っていたと言える。
 だけど、わからないな。
 彼の言っていることはまったく理解できない。

「あのさ。金も地位も権力も……いざという時に自分の命も守れない力に、何の意味があるんだ?」
「――!?」

 命は平等だ。
 どんな人間も殺せば死ぬ。
 圧倒的な力に対抗できるのは、同じ圧倒的な力だけだ。
 いざという時に頼れるのは己の肉体のみ。
 力をつけろ。
 そうでければ生き残れない。
 何も守れない。
 俺は……俺たちはそれを嫌というほど見てきた。
 人の間に優劣があるとすれば一つだけ。
 強いか、弱いかだ。
 その点で言えば、俺はこの男よりもはるかに――

「っと、いけないいけない。こういう考えだからすぐ決闘とか申し込まれるんだよ」
「な、なにをブツブツいってやがるんだ」
「うーん、そうだね」

 この男を倒すなんて造作もない。
 たぶん一秒もかからない。
 だけどそれはやめておこう。
 俺は微かな記憶を思い返す。
 
 そう、確かあれは盗賊に襲われていた人たちを助けた時だ。
 魔神がいなくなって平和にになると、ビビッて隠れていた悪党が顔を出す。
 俺はそういう愚かな奴らを蹴散らした。
 盗賊相手に容赦はいらない。
 問答無用でボコボコにして、迷うことなく命を絶った。
 そんな俺を見て、助けられた人たちはというと……。

 ドン引きしていた。
 一目でわかるくらい引いていたよ。

 その経験からわかる。
 強すぎることは逆効果なのだと。
 だからここでも力で解決はしたくない。
 穏便に済ませられるならそれでいい。
 俺はニコリと笑みを浮かべる。

「この辺りでやめにしないか?」
「なんだと……」
「彼女にこれ以上何もしないなら、俺も手は出さない。それに、ここで騒ぎを起こせば試験に影響するかもしれないぞ?」
「……ちっ」

 咄嗟に出た言い訳にしては上出来だっただろう。
 男は舌打ちをしてその場を去ろうとする。
 ホッとしたところで立ち止まり、男は俺に尋ねる。

「てめぇ、名前は?」
「レインだ」
「……覚えておけよ、平民が」

 そう言い残し、今度こそ去っていく。

「名前聞いたなら普通に呼べばいいのに」

 変な奴だな。
 今どきの貴族って全部あんな感じなのか?

「あーそうだ。大丈夫?」
「あ、はい」

 助けた女の子と向かい合う。
 改めて見ても可愛い子だ。
 前世でも中々お目にかかれない可愛さがある。
 肌も白くて綺麗だし。

「腕、赤くなってるね」
「え、あ、そうですね」

 男に握られていた部分が赤くなっている。
 よほど強く握られたからか、元から白いことも理由だろう。
 白い肌で赤くなっている部分は目立つ。
 何より痛々しい。

「えっと……ありがとうございます。助けてくれて」
「どういたしまして。当然のことをしたまでだよ。腕、見せてもらえる?」
「は、はい」

 彼女は赤くなっているほうの腕を俺に近づける。
 この程度なら一瞬で治癒できる。
 しかし今日はなんていい日なんだろう。
 やはり学園は出会いの場だ。
 俺の考えに間違いはなかったぞ!
 
 これをきっかけに恋が生まれたりとか……。

 彼女の腕に触れようとした。
 そこに駆け寄る足音に、俺は気づかない。

「お姉ちゃんに触るな! この変態!」
「ぐほえ!」

 気づけば俺の身体は、真横に吹っ飛んでいた。
 
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