15 / 20
15.仲よくしよう
しおりを挟む
木々の間を風が吹き抜ける。
枝が揺れる音が支配する空間で、男女二人が見つめ合う。
そのまま見ればロマンティックか光景か。
否、ただ無言で警戒し合っているだけに過ぎない。
静寂を破り、彼女が口を開こうとする。
「――どち」
「どちらさま、なんて聞かないでくれよ。出会ってまだ一日も経っていないんだ。あれだけ激しい出会いを忘れるはずないだろう?」
彼女は再び口を紡ぐ。
視線を左右に逸らし、逃げる隙でも伺っているのだろうか。
だが俺はそんな隙を与えない。
彼女の指に昨日の指輪がはまっていないことも確認済みだ。
「どうして気付いたのかって顔をする。簡単だ。顔は見えなくても、君の魔力は覚えた」
魔力にも個人差はある。
血管を流れる血のように、人それぞれ性質が異なる。
優れた魔術師であれば、一度感じた魔力を忘れることはない。
ましてや戦った相手、自身を殺そうとした者の見間違えることはありえない。
「そして一度覚えてしまえば探すのも容易い。どれだけ姿を隠しても、魔力を隠さなければ意味はない。どうやら最近の術師は、魔力の扱いが稚拙だな」
魔力を抑える、隠す、偽る。
それらを感じ取る技術も、術師ならできて当然の技術だった。
昨日戦ったあの貴族に限らず、現代の魔術師は他人の魔力を見分けたり感じる技量が欠けている。
平和になって対人戦闘の機会が極端に減ったからだろうな。
いや、対人に限らず戦闘の機会が減ったか。
「人間の目は誤魔化せても、魔術師の感覚は誤魔化せない。君が昨日、俺を襲った重力使いだってことはわかってる。講義中もじっくり観察させてもらった。これで間違いなら魔術師なんてやめてやる」
それだけの確信をもってここに来た。
知らないと嘯いたり、下手な問答をする時間がもったいない。
てっとりばやく彼女の警戒を解こう。
「安心しろ。別に君をどうこうするつもりはない」
「――じゃあなぜ後をつけた?」
「ようやく口を開いたな」
昨日聞いた高い声。
未だ警戒はしているが、だんまりの時間は終わったらしい。
これでやっと会話ができる。
それにしても、予想より若かったな。
背丈もリールよりは少し高いくらいか。
昨日戦った時はもう少し高かったような……。
上げ底の靴でも履いていたか。
「単なる挨拶だよ。昨日はどうもって言っただろ? 知り合いを見つけたから声をかけた。出会いには積極性が大事だからな」
「……」
「なんだ? 会話は苦手か? だったら質問するから答えてくれ。君の名前は?」
「……」
彼女は再び黙り込む。
「名前くらいいいだろ? 俺はレインだ。ほら、これでおあいこ」
「……ネア」
小さな声で彼女は答えた。
不思議な雰囲気の女の子だ。
ショートヘアと中性的な顔つきも相まって、遠目から見ると美少年にも見える。
髪と目は黒いのに、肌は赤子のように白くて綺麗で……。
「ああ、そうか。君はひょっとしての相守の一族か?」
「――!?」
今までで一番の動揺を見せる。
魔力に限らず呼吸も一瞬で乱れた。
「正解か。やっぱりな」
「……どうして、ネアの一族を知ってる?」
一人称は自分の名前なのか。
子供っぽくて可愛いな。
「その名は有名だからだよ。昔世話になったこともある」
と言っても現代じゃないが。
相守は、主君を選び全てを捧げる使える臣下の一族。
己が主君を定めたら、その者のために命すら使う。
盲目的なまでに、他人のために尽くす者たち。
「まだ生き残っていたのか。驚いた」
「……あなたは何者?」
「ん? なんだ? 知った上で襲い掛かってきたんじゃないのか? いや、ただ命令されたから実行しただけで、真意は知らないっていうところか」
「……」
返事はないがおそらく当たっている。
彼女が相守の一族なら間違いない。
どのような命令でも、それが主君から命じられたことなら疑問を抱くことなく実行する。
そういう一族だからな。
「俺を襲わなくていいのか?」
「……今は命令を受けていない」
「なるほど。今はただの学園に一生徒であって、どこかの誰かの臣下じゃないってことか」
「……」
彼女自身は俺に対して敵意があるわけじゃない。
こうして対面していても、俺に殺意を向けてこないのが証拠だ。
「じゃあ仲良くできろうだな」
「……ぇ?」
彼女は小さな声を漏らす。
初めて見せたキョトンとした顔に、俺は得をした気分になる。
そういう顔もできるんだな。
「だってそうだろ? 君は誰かの命令で動いているだけで、君自身が俺をどうこうしたいわけじゃない。特に今、命令を受けていない君と敵対する理由はない。だったら仲良くしても構わないだろ」
「……意味がわからない。ネアはあなたを殺そうした」
「知ってる。だけどそれは命令があったからで、今はない。それに、君じゃ俺を殺せない」
「――!」
彼女の力は昨日の戦いで把握した。
奥の手を何か隠していたとしても、それを踏まえた上で断言できる。
どんな状況だろうと、彼女に俺は殺せない。
彼女が傍にいようとも、決して脅威にはならない。
「反論しないんだな。昨日痛感したから?」
「……」
「いい判断だ」
相手との力量差を素直に受け止める。
それは時に戦いに置いてもっとも大切な才能でもある。
自分の実力を客観的に把握し、自らが不利になる状況や理由を受け入れる。
誰でもできることじゃない。
自身の感情を隠し、命令に忠実に従う。
相守の一族らしさか。
「そういうわけだから仲良くしよう。女の子なら大歓迎だ」
「……その気はない」
「せっかくの学園生活だぞ? 友達の一人もいないと寂しいじゃないか。まだいないなら、俺が友達の一人目になってやるよ」
「……友……だち?」
相守の一族は感情を殺す。
完全な道具になるための訓練として、己を消すために。
俺はその考えがあまり好きじゃない。
だから彼女が、時折見せる人間らしい表情が、とても嬉しい。
「ああ、友達だ」
それになんだか他人だと思えないんだ。
彼女が少し、昔の俺に似ているから……。
枝が揺れる音が支配する空間で、男女二人が見つめ合う。
そのまま見ればロマンティックか光景か。
否、ただ無言で警戒し合っているだけに過ぎない。
静寂を破り、彼女が口を開こうとする。
「――どち」
「どちらさま、なんて聞かないでくれよ。出会ってまだ一日も経っていないんだ。あれだけ激しい出会いを忘れるはずないだろう?」
彼女は再び口を紡ぐ。
視線を左右に逸らし、逃げる隙でも伺っているのだろうか。
だが俺はそんな隙を与えない。
彼女の指に昨日の指輪がはまっていないことも確認済みだ。
「どうして気付いたのかって顔をする。簡単だ。顔は見えなくても、君の魔力は覚えた」
魔力にも個人差はある。
血管を流れる血のように、人それぞれ性質が異なる。
優れた魔術師であれば、一度感じた魔力を忘れることはない。
ましてや戦った相手、自身を殺そうとした者の見間違えることはありえない。
「そして一度覚えてしまえば探すのも容易い。どれだけ姿を隠しても、魔力を隠さなければ意味はない。どうやら最近の術師は、魔力の扱いが稚拙だな」
魔力を抑える、隠す、偽る。
それらを感じ取る技術も、術師ならできて当然の技術だった。
昨日戦ったあの貴族に限らず、現代の魔術師は他人の魔力を見分けたり感じる技量が欠けている。
平和になって対人戦闘の機会が極端に減ったからだろうな。
いや、対人に限らず戦闘の機会が減ったか。
「人間の目は誤魔化せても、魔術師の感覚は誤魔化せない。君が昨日、俺を襲った重力使いだってことはわかってる。講義中もじっくり観察させてもらった。これで間違いなら魔術師なんてやめてやる」
それだけの確信をもってここに来た。
知らないと嘯いたり、下手な問答をする時間がもったいない。
てっとりばやく彼女の警戒を解こう。
「安心しろ。別に君をどうこうするつもりはない」
「――じゃあなぜ後をつけた?」
「ようやく口を開いたな」
昨日聞いた高い声。
未だ警戒はしているが、だんまりの時間は終わったらしい。
これでやっと会話ができる。
それにしても、予想より若かったな。
背丈もリールよりは少し高いくらいか。
昨日戦った時はもう少し高かったような……。
上げ底の靴でも履いていたか。
「単なる挨拶だよ。昨日はどうもって言っただろ? 知り合いを見つけたから声をかけた。出会いには積極性が大事だからな」
「……」
「なんだ? 会話は苦手か? だったら質問するから答えてくれ。君の名前は?」
「……」
彼女は再び黙り込む。
「名前くらいいいだろ? 俺はレインだ。ほら、これでおあいこ」
「……ネア」
小さな声で彼女は答えた。
不思議な雰囲気の女の子だ。
ショートヘアと中性的な顔つきも相まって、遠目から見ると美少年にも見える。
髪と目は黒いのに、肌は赤子のように白くて綺麗で……。
「ああ、そうか。君はひょっとしての相守の一族か?」
「――!?」
今までで一番の動揺を見せる。
魔力に限らず呼吸も一瞬で乱れた。
「正解か。やっぱりな」
「……どうして、ネアの一族を知ってる?」
一人称は自分の名前なのか。
子供っぽくて可愛いな。
「その名は有名だからだよ。昔世話になったこともある」
と言っても現代じゃないが。
相守は、主君を選び全てを捧げる使える臣下の一族。
己が主君を定めたら、その者のために命すら使う。
盲目的なまでに、他人のために尽くす者たち。
「まだ生き残っていたのか。驚いた」
「……あなたは何者?」
「ん? なんだ? 知った上で襲い掛かってきたんじゃないのか? いや、ただ命令されたから実行しただけで、真意は知らないっていうところか」
「……」
返事はないがおそらく当たっている。
彼女が相守の一族なら間違いない。
どのような命令でも、それが主君から命じられたことなら疑問を抱くことなく実行する。
そういう一族だからな。
「俺を襲わなくていいのか?」
「……今は命令を受けていない」
「なるほど。今はただの学園に一生徒であって、どこかの誰かの臣下じゃないってことか」
「……」
彼女自身は俺に対して敵意があるわけじゃない。
こうして対面していても、俺に殺意を向けてこないのが証拠だ。
「じゃあ仲良くできろうだな」
「……ぇ?」
彼女は小さな声を漏らす。
初めて見せたキョトンとした顔に、俺は得をした気分になる。
そういう顔もできるんだな。
「だってそうだろ? 君は誰かの命令で動いているだけで、君自身が俺をどうこうしたいわけじゃない。特に今、命令を受けていない君と敵対する理由はない。だったら仲良くしても構わないだろ」
「……意味がわからない。ネアはあなたを殺そうした」
「知ってる。だけどそれは命令があったからで、今はない。それに、君じゃ俺を殺せない」
「――!」
彼女の力は昨日の戦いで把握した。
奥の手を何か隠していたとしても、それを踏まえた上で断言できる。
どんな状況だろうと、彼女に俺は殺せない。
彼女が傍にいようとも、決して脅威にはならない。
「反論しないんだな。昨日痛感したから?」
「……」
「いい判断だ」
相手との力量差を素直に受け止める。
それは時に戦いに置いてもっとも大切な才能でもある。
自分の実力を客観的に把握し、自らが不利になる状況や理由を受け入れる。
誰でもできることじゃない。
自身の感情を隠し、命令に忠実に従う。
相守の一族らしさか。
「そういうわけだから仲良くしよう。女の子なら大歓迎だ」
「……その気はない」
「せっかくの学園生活だぞ? 友達の一人もいないと寂しいじゃないか。まだいないなら、俺が友達の一人目になってやるよ」
「……友……だち?」
相守の一族は感情を殺す。
完全な道具になるための訓練として、己を消すために。
俺はその考えがあまり好きじゃない。
だから彼女が、時折見せる人間らしい表情が、とても嬉しい。
「ああ、友達だ」
それになんだか他人だと思えないんだ。
彼女が少し、昔の俺に似ているから……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
108
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる