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15.仲よくしよう

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 木々の間を風が吹き抜ける。
 枝が揺れる音が支配する空間で、男女二人が見つめ合う。
 そのまま見ればロマンティックか光景か。
 否、ただ無言で警戒し合っているだけに過ぎない。
 
 静寂を破り、彼女が口を開こうとする。

「――どち」
「どちらさま、なんて聞かないでくれよ。出会ってまだ一日も経っていないんだ。あれだけ激しい出会いを忘れるはずないだろう?」

 彼女は再び口を紡ぐ。
 視線を左右に逸らし、逃げる隙でも伺っているのだろうか。
 だが俺はそんな隙を与えない。
 彼女の指に昨日の指輪がはまっていないことも確認済みだ。
 
「どうして気付いたのかって顔をする。簡単だ。顔は見えなくても、君の魔力は覚えた」

 魔力にも個人差はある。
 血管を流れる血のように、人それぞれ性質が異なる。
 優れた魔術師であれば、一度感じた魔力を忘れることはない。
 ましてや戦った相手、自身を殺そうとした者の見間違えることはありえない。
 
「そして一度覚えてしまえば探すのも容易い。どれだけ姿を隠しても、魔力を隠さなければ意味はない。どうやら最近の術師は、魔力の扱いが稚拙だな」

 魔力を抑える、隠す、偽る。
 それらを感じ取る技術も、術師ならできて当然の技術だった。
 昨日戦ったあの貴族に限らず、現代の魔術師は他人の魔力を見分けたり感じる技量が欠けている。
 平和になって対人戦闘の機会が極端に減ったからだろうな。
 いや、対人に限らず戦闘の機会が減ったか。

「人間の目は誤魔化せても、魔術師の感覚は誤魔化せない。君が昨日、俺を襲った重力使いだってことはわかってる。講義中もじっくり観察させてもらった。これで間違いなら魔術師なんてやめてやる」

 それだけの確信をもってここに来た。
 知らないと嘯いたり、下手な問答をする時間がもったいない。
 てっとりばやく彼女の警戒を解こう。

「安心しろ。別に君をどうこうするつもりはない」
「――じゃあなぜ後をつけた?」
「ようやく口を開いたな」

 昨日聞いた高い声。
 未だ警戒はしているが、だんまりの時間は終わったらしい。
 これでやっと会話ができる。
 それにしても、予想より若かったな。
 背丈もリールよりは少し高いくらいか。
 昨日戦った時はもう少し高かったような……。
 上げ底の靴でも履いていたか。

「単なる挨拶だよ。昨日はどうもって言っただろ? 知り合いを見つけたから声をかけた。出会いには積極性が大事だからな」
「……」
「なんだ? 会話は苦手か? だったら質問するから答えてくれ。君の名前は?」
「……」

 彼女は再び黙り込む。

「名前くらいいいだろ? 俺はレインだ。ほら、これでおあいこ」
「……ネア」

 小さな声で彼女は答えた。
 不思議な雰囲気の女の子だ。
 ショートヘアと中性的な顔つきも相まって、遠目から見ると美少年にも見える。
 髪と目は黒いのに、肌は赤子のように白くて綺麗で……。

「ああ、そうか。君はひょっとしての相守あいもりの一族か?」
「――!?」

 今までで一番の動揺を見せる。
 魔力に限らず呼吸も一瞬で乱れた。

「正解か。やっぱりな」
「……どうして、ネアの一族を知ってる?」

 一人称は自分の名前なのか。
 子供っぽくて可愛いな。

「その名は有名だからだよ。昔世話になったこともある」

 と言っても現代じゃないが。
 相守は、主君を選び全てを捧げる使える臣下の一族。
 己が主君を定めたら、その者のために命すら使う。
 盲目的なまでに、他人のために尽くす者たち。

「まだ生き残っていたのか。驚いた」
「……あなたは何者?」
「ん? なんだ? 知った上で襲い掛かってきたんじゃないのか? いや、ただ命令されたから実行しただけで、真意は知らないっていうところか」
「……」

 返事はないがおそらく当たっている。
 彼女が相守の一族なら間違いない。
 どのような命令でも、それが主君から命じられたことなら疑問を抱くことなく実行する。
 そういう一族だからな。

「俺を襲わなくていいのか?」
「……今は命令を受けていない」
「なるほど。今はただの学園に一生徒であって、どこかの誰かの臣下じゃないってことか」
「……」

 彼女自身は俺に対して敵意があるわけじゃない。
 こうして対面していても、俺に殺意を向けてこないのが証拠だ。

「じゃあ仲良くできろうだな」
「……ぇ?」

 彼女は小さな声を漏らす。
 初めて見せたキョトンとした顔に、俺は得をした気分になる。
 
 そういう顔もできるんだな。

「だってそうだろ? 君は誰かの命令で動いているだけで、君自身が俺をどうこうしたいわけじゃない。特に今、命令を受けていない君と敵対する理由はない。だったら仲良くしても構わないだろ」
「……意味がわからない。ネアはあなたを殺そうした」
「知ってる。だけどそれは命令があったからで、今はない。それに、君じゃ俺を殺せない」
「――!」

 彼女の力は昨日の戦いで把握した。
 奥の手を何か隠していたとしても、それを踏まえた上で断言できる。
 どんな状況だろうと、彼女に俺は殺せない。
 彼女が傍にいようとも、決して脅威にはならない。

「反論しないんだな。昨日痛感したから?」
「……」
「いい判断だ」

 相手との力量差を素直に受け止める。
 それは時に戦いに置いてもっとも大切な才能でもある。
 自分の実力を客観的に把握し、自らが不利になる状況や理由を受け入れる。
 誰でもできることじゃない。
 自身の感情を隠し、命令に忠実に従う。
 相守の一族らしさか。

「そういうわけだから仲良くしよう。女の子なら大歓迎だ」
「……その気はない」
「せっかくの学園生活だぞ? 友達の一人もいないと寂しいじゃないか。まだいないなら、俺が友達の一人目になってやるよ」
「……友……だち?」
 
 相守の一族は感情を殺す。
 完全な道具になるための訓練として、己を消すために。
 俺はその考えがあまり好きじゃない。
 だから彼女が、時折見せる人間らしい表情が、とても嬉しい。

「ああ、友達だ」

 それになんだか他人だと思えないんだ。
 彼女が少し、昔の俺に似ているから……。
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