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第一部

39.奥義に至った者

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 激闘が続く。
 色とりどりの雷が走り、光となって戦場をかける。
 片や時を操り、変幻自在の魔術で攻め立てる。

 くそっ、やっぱり攻撃が当たらない。
 不意打ちも通じないし、赤雷と緑雷もパターンを見切られてきている。
 魔術の手数ではあちらが上。
 普段なら接近戦に持ち込みたいところだが、不用意に近づけば時の加速で追い打ちをかけられる。
 思うように攻めきれない。
 だけど、それは向こうも同じはずだ。

「よく避ける」

 兄さんは呆れたようにぼそりと呟く。
 絶え間なく降り注ぐ雷の嵐を躱しながらでは、初手のように大きく攻められない。
 つかず離れず、長期戦に持ち込めば、勝算は俺にあるだろう。
 兄さんは潜在魔力が少ないから、持久戦には弱い。
 長年の修行で魔力量も上がっているようだが、確実に俺のほうが多い。
 このまま戦えば勝つのは俺だ。

 しかし、兄さんが黙っているわけもない。

「ここまで追いすがるとは……良いだろう」

 兄さんは立ち止まり、結界障壁を展開する。
 この場面で守りに入る?
 いや、違う!

「リンテンス、お前の強さに敬意を表し、俺も見せるとしよう」

 見慣れぬ術式が展開される。
 だが、俺にはそれが何の術式であるかすぐにわかった。

 あれが来る。
 かつての兄さんが至れなかった時間魔術の極致。
 最強にして全能の奥義が――

「時間魔術奥義――時計の針は動かないクロノスタシス

 【時計の針は動かない】。
 時間魔術の奥義であり、世界そのものに干渉出来る魔術。
 その効果は、自分以外の時間を完全停止させる。
 人も、自然も、何もかもが静止した世界。
 ただ一人動くことを許されたのは、術者のみである。

「使うつもりはなかったのだがな」

 アクトにとって、クロノスタシスは最終手段と言える。
 彼は十数年にわたる修行の末、幼少期の三倍近い魔力を得ている。
 だが、元々が少なかった分、それでも足りない。
 奥義に至った今ですら、一日一度きりが限度だった。

「俺が止めていられる時間は、最大で十秒だけだ。ここまで伸ばすのに、十年以上かかったぞ」

 アクトは動かない相手へと近づく。
 十秒という限られた時間とは言え、この間の絶対的支配者は彼だ。
 何者も、時の止まった世界では、彼に抗うことは出来ない。
 認識すら出来ぬまま、彼はその身体に触れる。

「悪いな、リンテンス」

 そして、時は動き出す――

「っ――!?」

 兄さんが触れた身体から、蒼い稲妻が走る。
 電撃は触れた手から伝わり、兄さんへダメージを与えた。

「くっ……」

 兄さんは咄嗟に後方へ跳び避ける。
 顔を上げ、見据える先の俺は、息を切らしながら笑っていた。

「はぁ……ギリギリだったな」
「何をした?」
「カウンターだよ。兄さんが触れたのは俺の身体じゃない。その表面を覆っていた蒼雷だ」

 兄さんが奥義を使うと悟った瞬間、俺は全神経を蒼雷に注いだ。
 時を止められては何も出来ない。
 ただし、時が止まった世界では、兄さんも止まっている相手を攻撃することは出来ない。
 それを知っていたから、攻撃の際は術式を解くとわかっていた。
 だから図った。
 兄さんが俺の身体に触れ、回避不可能な距離で攻撃を仕掛けてくると。

「蒼雷は強化術式だけど、これも立派な雷だ。触れられた瞬間、最大出力で全方位に放出すれば、確実に当たるしダメージも入るだろ?」

 これこそ色源雷術蒼雷――はん
 兄さんのクロノスタシスに対抗するために考案した技だ。
 そして……

「時を止める術式は膨大な魔力を消費する。もう兄さんは、時を止めることは出来ないよね?」
「っ……それがどうした? 完全に魔力が尽きたわけではない。もう戦えないと思っているなら、お前の目は節穴だ」
「戦えないなんて思ってないよ。でも、今の兄さんに、この技は防げない」

 空を見上げれば曇天。
 開始時点では晴れていた空に、ゴロゴロと雷雲が満ちている。

「これは……天雷か? いくから雷魔術の奥義とはいえ、俺に躱せないとでも思ったか?」
「ああ、確かに普通の天雷なら、躱せるかもしれないね」
「何?」

 今から発動するのは、通常の天雷ではない。
 色源雷術と天雷の応用だ。
 通常、術式を発動させる際には様々な工程がある。
 例えば赤雷の場合、雷を発生させる第一段階から、そこに術式効果の付与、発動までの最低三工程が必要だ。
 仮にこれを二工程に縮めることが出来れば、残された工程に集中することができ、術式の精度は向上するだろう。

 天雷は、自然の雷雲を利用し、雷を落とす。
 雷を生成するという工程がない時点で、まず一工程は省かれる。
 さらにこの技は、色源雷術の雷を受けている対象に引き寄せられる。
 故に狙うという必要がなく、発動後はただ落とせばいい。
 どれだけ速くとも、確実に当たる。
 残る工程は一つ、術式効果の付与に全神経を注ぎ込み、この技は完成する。

「いくぞ兄さん、色源雷術――奥義!」
「くっ!」

 兄さんは咄嗟に結界障壁を展開した。
 躱せないと本能が悟ったのか、防御に集中するつもりだ。
 それも一や二重ではない。
 十の結界障壁を折り重ね、強度を増している。
 天雷とはいえ、あの障壁を貫くことは難しい。
 
 が、この技は魔術にとって防御は出来ない。
 天然の雷に付与された術式……その効果は魔力のみを霧散させること。
 人や物は破壊できない。
 代わりに魔力だけを貫き穿つ。

 その雷の名は――

白雷はくらい

 純白の雷が多重結界を貫き、兄さんへ降り注ぐ。
 
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