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翌朝。
私の荷物は馬車に積み込まれる。
座席に座るとプルとベルが膝に乗る。
猫という動物は慣れた家を好むそうだけど、二匹とも躊躇しなかった。
「あなたたちも嫌だったのね」
「みゃー?」
「マーオー」
「ふふっ、行きましょう。ちょっとしたお出かけよ」
どうせすぐに嫌われて戻ってくることになる。
短い旅なら満喫したほうがお得だ。
そうして馬車は走りだし、生まれ育った屋敷を出発する。
王都の街並みを進む。
貴族街を走っていると、通り道に見覚えのある建物がちらほらある。
「あそこは二人目……こっちは四人目」
私と婚約して逃げ出した男たちの屋敷だ。
未練はない。
ただ覚えているだけ。
「六人目はどんな人かしらね」
どんな人であっても結果は変わらない。
興味もない。
あるとすれば一点だけ。
人間嫌いのくせに、私との婚約の話を受け入れた理由だ。
それもどうせ、権力にまみれた汚い理由だろうけど。
◇◇◇
王都を出発した馬車は街を三つほど越えて僻地へと向かう。
六人目の婚約者は物好きで、貴族のくせに賑やかな王都は嫌いらしい。
彼が本宅を構えているのはシュメールという街だった。
土地だけは広く立派な建物は多いけど、王都からも離れていて静かな街だ。
「雰囲気は悪くないわね」
落ち着いている場所は私も好きだ。
特に自然豊かなところも好印象。
ここなら新しい友人もたくさんできるかもしれない。
もちろん人間じゃなくて動物たちの。
少しだけ楽しみになる。
そして馬車は停まる。
私の新しい婚約者の本宅、ジークウェル家。
見た目は普通の屋敷だ。
街の中心から離れていて、庭も大きい。
本館とは別に左手には別館が建っていた。
「お待ちしておりました。フリルヴェール様、どうぞこちらへ」
「ええ、この子たちも一緒にいいかしら?」
「みゃー」
「……猫、ですか? 悪さをしないのであればおそらくは」
「なら大丈夫ね。このままいきましょう」
プルとベルも一緒に屋敷へと入る。
てくてくと歩きながら、私のうしろにくっついてくる。
断られるかと思ったけど、案外動物に対しても寛容な人なのかしら?
だったらいいけど。
「旦那様! フリルヴェール様をお連れしました」
「──入れ」
低い男性の声が返ってくる。
扉が開き、ついにご対面だ。
この人が……。
「初めてお目にかかる。私がこの家の当主、アイセ・ジークウェルだ」
銀色の髪と灰色の瞳。
どこか冷たい雰囲気を醸し出す。
当主としてはまだ若く、私ともそこまで年齢は離れていない。
メガネをかけていて、レンズには色がついている?
「フリルヴェール・ジルムットです」
「最初に言っておこう。私は君と婚約したが馴れ合うつもりはない」
いきなりね……。
「この婚約はあくまで形だけのものだ。婚約者など正直誰でもいい」
「……では、どうして私を選んだのですか?」
「選んだわけではない。そちらの当主殿が直接話をしにきた。ぜひうちの娘を貰ってほしいと」
「そうだったのですね」
今回の婚約はお父様からお願いしたのか。
珍しいこともある。
普段からお願いしても、たいていはその場で断られるのに。
本当に誰でもよかったのね。
「私のことに干渉はするな。私も君に干渉しない。ここでは好きに生活すればいい。基本的は何をしていても文句は言わない」
「何をしていても?」
「そうだ。身の回りのことも含めて、君の好きにするといい。使用人たちには私から言っておく」
そこまで私と一緒にはいたくないということね。
さすが噂通りの人間嫌い。
氷の公爵とはよく名付けたものだわ。
私も、最初から嫌われているのは経験がない。
けど、案外こっちのほうが楽でいいわね。
「わかりました。では好きにさせていただきます」
「ああ、それから……足元のはなんだ?」
「この子たちですか?」
プルとベルが顔を出す。
彼も存在には気づいていたらしい。
少しだけそわそわしているように見えるけど、気のせいかしら。
「私のお友達です。この子たちも一緒に暮らします。構いませんよね?」
「……」
「動物はお嫌いですか?」
「そんなことはない。悪さをしないのであれば……好きにすればいい」
何か言いたげなそぶりを見せる。
本当は動物が嫌いなの?
よくわからないけど、追い出すことはしないみたいでホッとする。
さて、それじゃさっそく。
「ジークウェル卿、いきなりですが一つお願いをしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「別館と庭を使わせていただくことはできますか?」
「構わないが、あそこは私も普段使わない」
「ありがとうございます。それなら安心ですね」
彼はキョトンと首を傾げる。
意味は伝わらなくていい。
彼も理由は聞いてこない。
私はただ、自由に生活するだけだ。
私の荷物は馬車に積み込まれる。
座席に座るとプルとベルが膝に乗る。
猫という動物は慣れた家を好むそうだけど、二匹とも躊躇しなかった。
「あなたたちも嫌だったのね」
「みゃー?」
「マーオー」
「ふふっ、行きましょう。ちょっとしたお出かけよ」
どうせすぐに嫌われて戻ってくることになる。
短い旅なら満喫したほうがお得だ。
そうして馬車は走りだし、生まれ育った屋敷を出発する。
王都の街並みを進む。
貴族街を走っていると、通り道に見覚えのある建物がちらほらある。
「あそこは二人目……こっちは四人目」
私と婚約して逃げ出した男たちの屋敷だ。
未練はない。
ただ覚えているだけ。
「六人目はどんな人かしらね」
どんな人であっても結果は変わらない。
興味もない。
あるとすれば一点だけ。
人間嫌いのくせに、私との婚約の話を受け入れた理由だ。
それもどうせ、権力にまみれた汚い理由だろうけど。
◇◇◇
王都を出発した馬車は街を三つほど越えて僻地へと向かう。
六人目の婚約者は物好きで、貴族のくせに賑やかな王都は嫌いらしい。
彼が本宅を構えているのはシュメールという街だった。
土地だけは広く立派な建物は多いけど、王都からも離れていて静かな街だ。
「雰囲気は悪くないわね」
落ち着いている場所は私も好きだ。
特に自然豊かなところも好印象。
ここなら新しい友人もたくさんできるかもしれない。
もちろん人間じゃなくて動物たちの。
少しだけ楽しみになる。
そして馬車は停まる。
私の新しい婚約者の本宅、ジークウェル家。
見た目は普通の屋敷だ。
街の中心から離れていて、庭も大きい。
本館とは別に左手には別館が建っていた。
「お待ちしておりました。フリルヴェール様、どうぞこちらへ」
「ええ、この子たちも一緒にいいかしら?」
「みゃー」
「……猫、ですか? 悪さをしないのであればおそらくは」
「なら大丈夫ね。このままいきましょう」
プルとベルも一緒に屋敷へと入る。
てくてくと歩きながら、私のうしろにくっついてくる。
断られるかと思ったけど、案外動物に対しても寛容な人なのかしら?
だったらいいけど。
「旦那様! フリルヴェール様をお連れしました」
「──入れ」
低い男性の声が返ってくる。
扉が開き、ついにご対面だ。
この人が……。
「初めてお目にかかる。私がこの家の当主、アイセ・ジークウェルだ」
銀色の髪と灰色の瞳。
どこか冷たい雰囲気を醸し出す。
当主としてはまだ若く、私ともそこまで年齢は離れていない。
メガネをかけていて、レンズには色がついている?
「フリルヴェール・ジルムットです」
「最初に言っておこう。私は君と婚約したが馴れ合うつもりはない」
いきなりね……。
「この婚約はあくまで形だけのものだ。婚約者など正直誰でもいい」
「……では、どうして私を選んだのですか?」
「選んだわけではない。そちらの当主殿が直接話をしにきた。ぜひうちの娘を貰ってほしいと」
「そうだったのですね」
今回の婚約はお父様からお願いしたのか。
珍しいこともある。
普段からお願いしても、たいていはその場で断られるのに。
本当に誰でもよかったのね。
「私のことに干渉はするな。私も君に干渉しない。ここでは好きに生活すればいい。基本的は何をしていても文句は言わない」
「何をしていても?」
「そうだ。身の回りのことも含めて、君の好きにするといい。使用人たちには私から言っておく」
そこまで私と一緒にはいたくないということね。
さすが噂通りの人間嫌い。
氷の公爵とはよく名付けたものだわ。
私も、最初から嫌われているのは経験がない。
けど、案外こっちのほうが楽でいいわね。
「わかりました。では好きにさせていただきます」
「ああ、それから……足元のはなんだ?」
「この子たちですか?」
プルとベルが顔を出す。
彼も存在には気づいていたらしい。
少しだけそわそわしているように見えるけど、気のせいかしら。
「私のお友達です。この子たちも一緒に暮らします。構いませんよね?」
「……」
「動物はお嫌いですか?」
「そんなことはない。悪さをしないのであれば……好きにすればいい」
何か言いたげなそぶりを見せる。
本当は動物が嫌いなの?
よくわからないけど、追い出すことはしないみたいでホッとする。
さて、それじゃさっそく。
「ジークウェル卿、いきなりですが一つお願いをしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「別館と庭を使わせていただくことはできますか?」
「構わないが、あそこは私も普段使わない」
「ありがとうございます。それなら安心ですね」
彼はキョトンと首を傾げる。
意味は伝わらなくていい。
彼も理由は聞いてこない。
私はただ、自由に生活するだけだ。
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