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第一章 異世界の剣士

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 鳥肌が止まらない。
 ドラゴンの赤い瞳が、俺の赤い瞳を捉える。
 その時、初めてだ。
 前世でも感じたことがないほど圧倒的な恐怖が全身を襲う。
 俺は死を悟った。

 全身の細胞が死を予感する。
 こいつには勝てないと、半ば敗北を認めている。

「ふざけるなよ」

 勝手に負けを認めるな。
 なんのために生まれ変わったか思い出せ。
 こういう理不尽な相手にも、剣一本で勝てるくらい強くなれるように修行してきたんだ。
 
「やってやる!」

 俺は刀を抜いて構える。
 睨むは頭上。
 俺の上にいる巨大なドラゴン。
 果たしてどうやって刃を届かせればいいのか。
 まずは近づく方法を考えよう。

「降りてきてくれたら楽なんだけどな」

 とか、のんきなことを言っていた俺に、鮮烈な挨拶が繰り出される。
 それは突風だった。
 否、何が起こったのかわからない。
 ただ激しく全身が揺さぶられ、気づけば地面に倒れていた。

「ぐっ……」

 何が起こった?
 何をされた?
 ドラゴンは変わらず頭上で羽ばたいている。
 よく見ると周囲の岩や地面がえぐれていた。
 パラパラと瓦礫が、ドラゴンの尻尾から落ちる。

「……まさ……か……」

 尻尾を振ったのか?
 ただそれだけで、俺は吹き飛ばされた?
 見ることすらできずに?
 なんという速度、加えて破壊力。
 兄さんの魔術がチンケに見えてしまうほど、圧倒的な強さ。
 これが……生物界の頂点か。

「く……そ……」

 身体が動かない。
 手足はくっついているし、骨も逝っていない。
 脳が揺れたせいだ。
 激しすぎる衝撃に身体が対応できず、ふらついて力が入らなくなっている。
 このままじゃまた……。

 死ぬ。

 何もできずに?
 せっかく生まれ変わったのに、結局また死ぬのか?
 ふざけるなよ。
 こんなところで終わってたまるか。
 俺を見下ろすあのドラゴンを、両断できるような強さがほしい。
 特別じゃない。
 剣士として圧倒的な――

「――ったく、うるせぇな! バサバサと」 
「……っ」

 なんだ?
 誰かが立っている。
 いつの間にか俺のすぐ横に。
 二メートルくらいはある大男。
 どこは人間離れした雰囲気、気配を漂わせる。
 注目すべきは、腰に剣を携えていること。
 
「トカゲ野郎、ワシの眠りを妨げた罰をくれてやる」

 男は剣を握る。
 そして、美しい軌跡を描き、ドラゴンの首を切断した。
 あまるに早く、そして綺麗だった。
 俺は見惚れてしまった。
 強大な敵を倒したことにではなく、その男の剣術に。
 自分を凌駕する剣士の御業に。

「ふぅ、災難だったな坊主。生きてるか?」
「あ、あ……」
「お、頑丈だな? もうこんな危険な場所に来るんじゃねーぞ?」
「あ……」

 男は立ち去ろうとする。
 まだ頭がぐわんぐわんとしているし、ふらつく。
 だけど関係ない。
 俺は唇をかみしめて、無理矢理に頭を覚醒させる。
 そのまま刀を握り、男の背後に斬りかかる。

「うおっと! 何だお前? 急に元気になりやがって!」
「っ……行かせない」
「は? 助けたやったのになんだこいつ! 命は大事にしやがれ」
「そんなこと……今はどうでもいい!」

 俺はありったけの力で押し込む。
 
「くっ……」
(この小僧……魔力も使わないでなんつー力だ)
「だが青いな」

 俺の力をうまくいなし、身体をくるりと翻して背を押される。
 そのまま俺は地面に転がる。
 しかしすぐ立ち上がり、平晴眼の構えをとる。
 
「お前……」

 身体の覚醒は不完全。
 こんな状態でまともに戦えない。
 だからこそ、今出せるありったけを。
 あの時よりも速く、鋭く、強く!

 天然理心流奥義。

「無明剣」

 元の世界では繰り出せなかった三段突き。
 未完成だけど、この世界で鍛えた身体なら使える。
 ほぼ同時、三回の突き。
 兄さんはこれまで一度も反応できなかった。
 でも、この人なら……。

「おいおい、驚いたな小僧。その年で、そこまで剣技を磨いたのか」

 やっぱり躱された。
 いともたやすく。

「見つけた」
「あん?」

 俺は刀を下ろす。
 
「なんだよお前、斬りかかってきたと思ったらシュンとしやがって。というより何だ? 最初から敵意がまったく感じなかったぞ」
「……見たかったんだ。あんたの強さを」

 確かめて、ハッキリした。
 この男は強い。
 理不尽なほどに、今の俺よりもずっと。

「あんたに……頼みがあるんだ」
「ん?」
「俺を……弟子にしてほしい!」
「――は?」

 男は驚いて目を丸くする。
 予想していなかったのだろう。
 けれど俺は本気だ。
 確信に近い予感がある。
 この男の下で学べば、俺はもっと強くなれる。
 本物の武士に、最強の剣士に近づけると。

「おいおい、急にどうした? 今あったばかりの怪しいおっさんに出し入り? 正気か?」
「俺は本気だ! あんたの剣技に見惚れたんだ。どこの流派でもない。きっとこの世界が育んだ戦い方をあんたは熟知している! 今の俺に足りないものを、あんたなら教えてくれると思ったんだ!」
「何を勝手にペラペラと……嫌だぞ。どこの誰とも知れないガキの面倒なんて見れるか。第一お前も、ワシみたいなよくわからん男に頼み事なんかしてるんじゃない。ワシと関わると後悔するぞ?」
「それは、あんたが人間じゃないからか?」

 俺の質問に、男はびくりと反応して見せる。

「お前……なんでわかる? 見た目は普通だろ? 気配だって完璧に偽装してる」
「完璧じゃない。少なくとも俺には……あんたの気配は異質に見える。人間とは明らかに違う空気を感じた」
(こいつ……わかるのか? 魔術でもスキルでもなく、ただの経験から来る観察眼で、ワシが人間ではないことを見破る?)
「その若さで、その境地に至っているというのか?」

 男は笑う。
 無邪気に、新しいおもちゃでも見つけたように。

「小僧、名前は?」
「リイン・ウェルト」
「家名があるってことは人間の貴族か? つくづく面白い小僧だな。後悔するかもしれないぞ?」
「しない! 俺が後悔するとしたら、最高の剣士になれなかった時だ」

 何のために世界を超えて剣術を磨いたのか。
 その意味を改めて胸に呼び起こす。

「いいぞ小僧、気に入った! お前を弟子にしてやる」
「本当か?」
「おう、ただしワシは厳しいぞ。修行中に死んでも文句を言うなよ?」
「ああ、それでいい! 普通のやり方じゃ強くなれない」
「ふっ……」 
 
 男は大きな右手を差し出す。

「ワシはアガレスだ。よろしくな、リイン」
「よろしくお願いします! 先生」

 こうして俺は、どこの誰ともわからない、人間ですらない男の弟子となった。
 この選択が、俺の人生を大きく左右することを……この時の俺は気づきもしない。
 頭にあるのは剣のことだけだった。
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