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第一章

10.もう遅いです!

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 最悪な気分だわ。
 せっかくユートと一緒に下校できて楽しい気持ちでいっぱいだったのに……
 どうして今一番見たくない人の顔が、目の前にあるのかしら?

「お久しぶりですね。ブロア様」
「そんな他人行儀な態度をとらないでくれ。君と僕との仲だろう?」
「……」

 はい?
 この人は一体……何を言っているのだろう。 
 というか、どの口が言っているのだろう。
 私と貴方の仲はもう終わっている。
 終わらせたのはあなたの方でしょ? 
 そう言いたい気持ちをぐっと堪え、私は平常心で尋ねる。

「お話というのは?」
「おっと、そうだった! 僕としたことが大切なことを忘れるところだったよ」

 わざとらしい演技を止めてほしい。
 おかしいわね。
 前々から演技口調だったけど、こんなに鬱陶しかったかな?

 そして、私は思いもよらなかった。
 そんな疑問を吹き飛ばすような発言が、ブロア様から飛び出すなんて――

「エミリア、僕ともう一度婚約してほしい」
「……はい?」

 さすがの私も、これには思わず声が漏れてしまった。
 
「あの……どういうことでしょう?」
「目が覚めたんだよ。やはり僕の婚約者は君しかいない」

 本当に何を言っているのでしょうか。
 私は驚きすぎて、というか呆れて言葉も出ない。
 彼は続けて言う。

「辛い思いをさせてすまなかったね」

 辛い思い?
 本気でそう思っているの?

「君と離れたこの数日で思い知らされたよ。僕には君が必要なんだ」

 込み上げてくる思い出が、全て腹立たしく思えるのは気のせいだろうか。
 彼の言葉の軽さがスパイスのように合わさって、余計に苛立つ。

「またこれから、僕らで本物の恋をしよう」

 そう言って、彼は私の手を握った。
 この瞬間私の胸の奥から、火山が噴火するくらい大きなエネルギーが湧き上がって――

「ふ……」
「ふ?」
「ふざけないでくださいっ!」

 言葉となって爆発した。

「なっ……」

 握った手を振りほどき、怒りに満ちた瞳で彼を見つめる。
 ブロア様は困惑しているようだが、感情が高ぶっている今の私には関係ない。

「え、エミリア?」
「何が本物の恋ですか! あなたが言ったんですよ! 私との恋は偽物で、本物の恋を見つけたからもういらないって!」
「そ、それは間違――」
「でもお陰で私も気づけました! 確かに貴方との恋は偽物でした。だって私、今あなたに尽くしていた昔の自分が馬鹿だと思ってますから」
「なっ……何を言って……」

 困惑するブロア様。
 それを追い打ちをかけるように私は続ける。

「いつも態度がでかくて口を開けば自慢ばかり! 話していてもちっとも楽しくない。何を作っても美味しいとさえ言わないのも腹が立つし、作ってきて当たり前みたいな態度はもっと嫌でした!」
「ぅ……」
「そもそもあなたが勝手に他の女性に手を出したのでしょう? それを今さらやり直そうなんて虫が良いにも程があります! というか彼女はどうしたんですか? 今日は一緒ではないようですね」
「そ、それは……」

 ブロア様は言葉を詰まらせる。
 何か事情がある様子だが、そんなことどうでも良かった。

「まぁいいですけどね、私には関係ありません。さっき自分には私が必要とかおっしゃってましたけど、私にはもうあなたは必要ありません」
「……」
「そういうわけなのでどうぞお引き取りください。婚約者ごっこがしたいのでしたら、他を当たったほうが賢明です」
「貴様……」
 
 ここで私は冷静になる。
 私が今、怒らせてしまった相手が誰で、どれだけ恐ろしい人なのか。

「よく言ったなぁ……エミリア」
「これはその……」
「謝っても遅いぞ? もうお前は許さない」

 ジリジリと滲みよってくる。
 表情は鬼のように強張り、全身から魔力が流れ出ている。
 この学園に入るための条件は筆記以外にもう一つ、魔術師としての素質が必要になる。
 貴族の家系は代々優秀な魔術師を輩出しており、彼のロストロール家はその中でも別格だった。
 父親も、祖父も国家魔術師であり、彼自身も貴族として最たる才能を持って生まれた天才。
 その実力は、教員でも太刀打ちできない程と言われている。

「公衆の面前で僕をコケにしたんだ。ただで済むと思わでくれよ」

 どうしよう、どうしようどうしよう。
 焦っても手遅れだ。
 すでに彼は、足元に術式の方陣を展開している。
 あれは風属性の魔術……それも相手を吹き飛ばす強力なもの。
 吹き荒れる風が彼を包み暴れる。

「ぅ……」
「吹き飛ばしてや――」
「散れ」

 次の瞬間、彼が展開していた術式がはじけ飛ぶ。
 集まっていた風は四方へ流れ、荒ぶる竜巻が静まっていく。

「なっ……」
「今の声」

 聞こえたのは後ろからだった。
 優しくて、愛おしくて、私が一番聞きたい声。
 私は振り返り、彼の名前を口にする。

「ユート」
「まったく世話がやける」
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