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第二部第三章 勇者の証

ドラゴンと不死の鳥

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 ヒスパニア山脈。
 この辺りでもっとも大きな山々が並ぶ山脈であり、とある特徴を持つ。
 それは、山脈と同じ規模の大渓谷が隣接していることだ。
 山脈の高さと競い合うように、渓谷の深さも底が知れない。
 二度にわたり調査隊が結成されたものの、どちらも帰還することはなかった。
 それ以降、本格的な調査は行われておらず、人類が未到達の魔境の一つとなった。

「ドラゴン、ドラゴン! 楽しみだなー」
「子供みたいね」
「だな」

 楽しそうに歩くアリアを見ながら、俺とルリアは笑みをこぼす。
 その横でセシリーがため息をこぼし、緊張感がなくてごめんなさいと謝罪した。

「別にいいよ。これくらいのほうが緊張しなくていい。こいつみたいにガチガチじゃ戦えないし」
「うっ、別に緊張してねーよ!」

 俺の斜め後ろにピタリとくっつき、口数が少なかったバーチェの頭を鷲掴む。
 バーチェは俺の手を払いのけてプンプン怒っている。
 
「ドラゴンとフェニックスの縄張り争いとか頭おかしいだろ……あいつら個体によってはオレたち悪魔より強いんだぞ」
「そうなのか? じゃあ期待できそうだな」
「……お前って時々悪魔みたいだよな」
「誰が悪魔だ。あんまり言うと風呂に沈めるぞ」
「やっぱ悪魔じゃねーか!」

 少し笑いが起こる。
 いつも通りに笑えているなら大丈夫だろう。
 心配しなくても、彼女たちに危害は出させない。
 元より、彼女たちは見学だ。
 セシリーが目を細めて尋ねてくる。

「本当によかったんですか? 危険な依頼ですよ?」
「いいんだよ。こういう機会はめったにないから、経験を積んでほしんだ。いざとなったら俺が守る」
「……過保護ですね」
「そっちもだろ?」
「フェニックス~」
「……はぁ、お互いに大変そうですね」

 形は違えど、俺とセシリーには通じるものがあった。
 ルリアたちは素直でよさそうですね、なんて言われたり。
 アリアは元気があり過ぎて言うことを聞いてくれないから、いろいろ大変だと愚痴を聞いたりした。
 もし機会があれば、一日だけ立場を交換するのもありだなとか。
 そんな話をしていると、隣でルリアがムスッとしていたから、そういう機会は永遠に来なさそうだなと思った。

 そうして俺たちは、山脈の麓にたどり着く。
 ここから先はドラゴンとフェニックスのテリトリーだ。
 空気がひりつく。
 まだ姿は確認できていないけど、力強い気配を感じて、俺たちは無意識に警戒を強める。

 そして――
 
 山脈の麓と中腹の間付近に差し掛かる。
 山を斬り裂くように現れた巨大渓谷の上空を、二匹の伝説が舞っている。
 ドラゴンは咆哮で威嚇し、フェニックスは熱風を放つ。

「あれが……ドラゴンとフェニックス」

 ごくりと、隣でルリアが息を呑む。
 その圧倒的な気迫と存在感を前に、皆が萎縮していた。
 反対に一人、気分の高揚が溢れている人がいる。

「おっきいー! 今まで見た中で一番おっきいー! 黒くて大きい―!」
「はしゃぎすぎよ」
「……ははっ」

 確かに緊張感はない。
 けれど彼女と一緒にいると、なぜだか自分が無敵になったような気分になる。
 少し変わった頼もしさだ。
 なんて思っていると、今にも上空で二匹が戦闘を開始しそうな雰囲気になる。

「お、まずいな。このまま戦われると周囲の魔物が怯えて逃げ出すぞ」
「じゃあさっそく止めちゃおうよ! セシリー! お願い」
「もう、無茶はダメよ」
「まかせてよ!」

 わかっていなさそうに元気に返事をするアリアに、セシリーは呆れながら補助魔法を付与する。
 飛行、身体機能強化、痛覚鈍化、衝撃吸収……。
 これだけ複数の効果を同時に付与できる魔法使いは珍しい。
 さすがSランクの一人だ。

「俺も行く。みんなはここで待機だ」
「気を付けて」
「頑張るっすよ!」
「み、見てますね」
「あんな奴らやっちまえー!」

 四人からエールを貰い、俺も気合を入れる。
 魔法なんてなくても、仲間たちの言葉が一番の原動力になる。
 とか、恥ずかしいことを考えて笑みがこぼれる。
 家族っていいな。
 一緒にいるだけで力が湧く。

「アスク君!」
「ああ」

 俺とアリアは視線でタイミングを合わせ、一気に飛翔する。
 アリアは光り輝く聖剣を抜き、ドラゴンの頭に斬りかかる。
 と同時に、俺も新調した剣を抜き、刃に風を纏わせてフェニックスを斬る。
 どちらもギリギリで気づかれ、上手く攻撃を往なされた。
 睨み合っていた二匹が、今度は俺たちを睨む。

「こんなところで暴れちゃダメだよ!」
「悪いな。お前たちの素材が必要なんだよ」

 初撃を躱された瞬間に理解する。
 この二匹は確かに、俺が戦った悪魔よりも強いかもしれないと。
 そう思った途端に笑みがこぼれる。

「楽しそうだね、アスク君!」
「そっちこそ」

 彼女も笑っていた。
 強者を前に笑うことは、俺と彼女の共通点。
 その理由もきっと同じ。

「楽しいよ! だって思いっきり戦えそうだもん!」
「ああ」

 周りは空、人はルリアたちだけ。
 彼女たちのことは、セシリーが守ってくれる。
 邪魔する者は誰もいない。
 こんな絶好のシチュエーション、期待せずにはいられない。
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