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9.新天地へ

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「ごちそう様でした!」

 テーブルの上には空になったお皿が並んでいる。
 二人分のつもりで作ったけど、半分以上リルが食べてしまったな。
 小さな見た目に反して、彼女は食いしん坊のようだ。
 生活するだけで大変だったのって、食べる量が原因じゃないよね?

「とっても美味しかったよ! ありがとう、ウィズ」
「どういたしまして」

 まぁ、些細なことは気にしなくてもいいか。
 彼女の笑顔を見たら、そんな風に思える。

「ねぇイル、一つ聞きたいんだけど」
「ん、何かな?」
「明日から僕ってどうすればいいの? イルについていけばいいのかな?」
「うーん、私はこれまで通り放浪しながら魂を探すつもりだったけど、ウェズがこの街に残りたいなら、私も残るよ。別に指示がない限り、一か所に留まるのも自由だから」
「そうなんだ」
「うん! だからウェズが決めていいよ」

 私はどっちでも良いから、とイルは続けた。
 この街に残って活動を続けるか、イルに着いて各地を放浪するか。
 どちらのほうが良いのだろう。
 僕にとっては……そうだな。

「この街は出たいかな」

 約一年半、僕はこの街で過ごした。
 冒険者として、色々なパーティーを転々としながら、何とか生活を続けていた。
 お陰で今は、僕のことも良く知られている。
 もちろん悪い意味で。
 正直に言うと、この街はあまり居心地が良くなくなっていた。
 機会があれば別の拠点に移りたいとか、考えなかったわけじゃないんだ。

「じゃあ決まりだね! どこか行きたいところはある? 私、現世の地理に詳しくないから、行きたい場所があればウェズについて行くよ!」
「行きたい場所か。急に言われても……」

 僕もそこまで地理に詳しいわけじゃないからな。
 行ったことがあるのも、この街と近くにある小さな村とか。

「あっ! あるよ行きたいところ!」

 一か所だけ、思いつく所があった。
 イルが僕に尋ねる。
 
「どこ?」
「アドリスっていう大きな街だよ」
「アドリス……聞いたことあるよ! 確か冒険者の街って呼ばれてる所だよね?」
「そう」

 アドリスは、冒険者組合の総本部がある街だ。
 元々は小さな村だったけど、組合が出来たことで冒険者たちが集まり、大きな街になった。
 東西南北へ繋がる街道が近いという立地面での良さもあり、多くの冒険パーティーやギルドが拠点を構えている。

「僕も話に聞いているだけで、まだ行ったことなかったんだ。イルは?」
「私も行ったことない! 行ってみたいなぁ~」
「決まったね。目的地」
「うん」

 新天地への出発は翌日にした。
 色々なことがあって疲れた体は、すぐ眠りについたよ。
 目が覚めてから準備をして、昼前に出発した。
 名残惜しさは感じない。
 むしろ、ようやく脱出できたという解放感のほうが強いくらいだ。

 アドリスまでは歩いて一月かかる。
 お金を節約するために馬車は借りなかった。
 急ぐ用事もないので、ゆっくり寄り道しながら進むことにした。
 道中いくつか街を周り、そこで彷徨っていた魂を送ったり、悪さをしていた盗賊団を丸ごと一つ地獄へ送ったり。
 それなりに慌ただしい日々を過ごしたよ。

 そして遂に――

 僕たちはアドリスにたどり着いた。

「ここが冒険者の街」
「アドリスだね」

 大きな湖の上に街がある。
 四方にかけられた橋から続く道を通り、街の中へと入ると、冒険者らしい服装の人たちがたくさん行き交いしていた。
 前に暮らしていた街とは規模が違う。
 建物の作りも、前の街は木造ばかりだった。
 アドリスは木造、レンガ造り、鉄製と建物によって違う。
 中には五階まである背の高い建物もあった。
 何より人の多さと賑わいがすごくて、見ているだけで目が回りそうだ。

「すっごい人だね」
「うん。それに、これだけ人が多いのに、赤い魂が見当たらない」

 これまで通ってきた街では、行きかう人々の中に一つ二つ、赤い魂が紛れ込んでいた。
 人が多ければ問題も起こりやすい。
 罪を犯す機会も多くなる。

「それはね~ ここの地区長がとっても優秀だからだよ!」
「地区長がここに?」
「うん!」

 地区長は担当区域を管理する死神のこと。
 その役割から拠点を構えるのが基本。
 特に人が多い街を拠点にすることが多いそうだ。

「イルはここの地区長さんと知り合いなの?」
「うん! クローネさんっていう私の先輩なんだ! 見習い期間に私の担当をしてくれて、いろいろ教えてもらったんだ」
「へぇ~」

 死神に見習い期間とかあるんだ。
 そっちのほうが初耳で興味が湧いた。

「とっても優しくて、綺麗で、格好良い人なんだ。私みたいな落ちこぼれにも普通に接してくれたし、私もいつか、クローネさんみたいな死神になりたい」

 イルにとっての憧れの先輩。
 それがクローネさんという死神のようだ。
 そして、言葉の途中で口にした落ちこぼれという意味を、僕はまだ知らない。
 聞く機会がなくて、聞かないほうが良いような気もして。
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