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15.霊王の従僕

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 アドリスから北へ約三キロ。
 そこにルンベルという小さな村がある。
 人口は七百人くらいで、住人の半数が子供と老人ということもあって、とても穏やかでのんびりとした村だった。

 その村が今――火に包まれている。

「ほらほら~ 逃げないと食われるぞ~」
「た、助けてくれぇ!」
「命乞いなんていらないから逃げ回れよ。じゃねーとオレが殺すぞ」
「ぅう……」

 建物は焼け焦げ、村人たちは一か所へ集められている。
 モンスターの群れに囲まれ、数名が見世物としてモンスターに追い回されていた。
 すでに殺されてしまった人の死体が、いくつか転がっている。
 次は自分かもしれないという恐怖と、親しい者を失った悲しみで、涙の湖が出来上がりそうだった。

「はぁーあ、もう飽きたな」

 見物していたガーベルトが大きな欠伸をして、重い腰を持ち上げる。

「腹も減ったしな~ 半分くらい食ってもいいか。どうせ後で全部食うんだし」

 集められた村人は、彼にとって餌だ。
 極上の魂をおびき寄せるため、そして終わった食らう。
 どちらにせよ腹に入れるなら、後でも今でも変わらないだろう。
 そう考えたガーベルトが、村人に剣を向ける。

「「ガーベルト!」」

 そこへ木霊する二人の声に、ガーベルトは笑みを浮かべる。

「ようやく来たか死神ども! 待ちくたびれたぜぇ!」

 歓喜の声をあげるガーベルト。
 彼より村人を救出する方が先だと判断して、僕らは村人を囲むモンスターへ走る。
 が、そこへガーベルトが立ちはだかる。

「おいおい! 待ちくたびれたって言ったろぉ~? お前らの相手はオレだぜ」
「イル!」
「任せて!」

 合図の後、僕は霊炎を足元に放つ。
 舞い上がる土煙を祓うように、ガーベルトが剣を振るった。
 土煙が晴れた先に、僕しか残っていないことに気付く。

「ちっ、女は向こうへ行ったか。まぁ良い、先にお前から殺してやるよ」

 ニヤリと笑みを浮かべるガーベルト。
 その笑顔は、初めて会った時と同じだ。
 見ただけで寒気がするほど不気味で、気色が悪い。

「お前の魂も美味そうな色してるな~ この間の女も美味かったが、お前のはもっと美味そうだ」
「……本当に見えているんだね。他人の魂が」
「は? 当たり前だろ、オレは捕食者なんだぜ?」

 自分で自分を捕食者と呼ぶ。
 元は人間だったはずの彼が、どうしてその名前を知っているのか疑問を感じる。

「しっかし死神の魂ってのは格別だな。初めて食べたがもっと食いたくてたまんねーよ。聞いてた以上、病的な美味さだぜあれは」

 聞いていた以上……

「死神のことを誰から聞いたのかな?」
「そいつは内緒だぜ。名前は出すなって言われてるからな~」
「そう」

 協力者、あるいは黒幕が他にいる。
 それがわかっただけでも、十分な成果だ。

「一つ聞くけど、今までに何人の魂を食べたんだ?」
「あ? そんなもん覚えてるわけねーだろ。強いて言えば数えきれないほどだよ」
「……わかった。それを聞いて安心したよ」

 確認するまでもなかった。
 この男は紛れもなく、疑いようのない悪だ。
 僕がこれまでに会ってきた中で、もっとも汚れた魂が、その証拠だった。

「いいね~ オレも腹が減ってきた所だ」
「食べさせる気はないよ」

 僕は大剣を構える。
 ガーベルトの背後から、モンスターの群れが現れる。

「モンスターを操れるのか」
「何だ知らなかったのかよ。オレとモンスターの魂は似てるからな~ 力さえ示せば、こいつらも簡単に従ってくれたぜ?」
「……それも、名前は教えられない誰かに聞いたの?」
「まぁな」

 モンスターを従えるガーベルトを見て、僕は大きくため息をもらす。

「どうした? まさかもう戦意喪失したわけじゃねーよなー」
「違うよ。ただ、腹立たしく思っただけだ」
「あ? オレが村人を人質にしたことか?」
「違う。いや、違わないけど、今はそっちじゃない」

 ガーベルトは意味がわからず首を傾げる。
 
「大丈夫、意味はすぐわかるよ」

 僕は構えていた大剣を地面に突き刺し、空っぽになった両手を左右に広げる。

「モンスターを操れる。そう、あなたは得意げに言うけど……」

 生成される無数の炎。
 霊炎ではない。
 罪人の魂に似た赤い炎は、これまでに刈り取ったモンスターの魂だ。

「何だ……何でお前がモンスターの魂を持ってる?」
「だから言ったでしょ? 腹立たしいことに、僕とあなたの能力は似ている」

 モンスターの魂に、霊炎の青い炎を纏わせる。
 形は変化し、胸に赤い魂がともす……青い炎の狼へと。

「モンスターを操るのは、僕にとっても十八番だよ」

 霊王の従僕、発動。
 僕は青き獣を付き従える。

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