上 下
4 / 8

4

しおりを挟む
 五日間なんてあっという間に過ぎる。
 春の訪れを待って、私は王都でもっとも大きく偉大な学園に入学する。
 王都の貴族であれば誰もがここに入る。
 例外はない。
 優秀な人材を育成するための教育機関だ。
 貴族でなくても、優秀であると認められたら入学することができる。
 たとえ運命書に記されていなくとも、貴族であれば当然通る道だった。
 運命に抗うと決めた私も、この道だけは通らざるを得ない。
 ここを外せば、私は貴族ですらなくなってしまう。
 それはさすがに面倒だ。

「さぁ、ここから大変よ」

 自分で自分に言い聞かせる。
 経験上、入学式の前後がもっとも重要になる。
 なぜなら――

「こんにちは、君がリリスさんで合っているかな?」
「……あなたは」
「突然失礼するよ。僕はアンデル、君の運命の相手……かもしれない男さ」

 アンデル・クロイルェル。
 名乗らなくてもよく知っているわ。
 金色の派手な髪に青い瞳。
 さわやかな笑顔も、貴族らしい立ち振る舞いも。
 全て忘れるはずもない。
 だってあなたは、私が最初に婚約した相手で、二度に渡って裏切った人だから。

「一、二番目ね」
「ん? なんだって?」
「なんでもないわ。挨拶が済んだならもう行くわよ」
「え、ちょっ、話を聞いていたのかい? 君は僕の――」

 伸ばそうとした彼の手を叩く。

「気安く触らないで。私はもう、運命なんて信じない。誰の運命にも従わない。先に言っておくけど、あなたと婚約するつもりなんてないわ」
「なっ……」

 アンデルは酷く驚いて、ぽかーんと口を開けている。
 言ってやったわ。
 なんだかスッキリするわね。
 一度でも婚約破棄された相手だし、このくらいしても罰は当たらないでしょう。

「さぁ、次よ」
 
 今まで通りなら、入学式の会場前でもう一人待っている。
 四番目の相手が、無言で道を塞ぐ。

「……通れないわよ」
「わざとだ。お前と話がしたくて――っておい! どこへ行く!」
「私は話すことなんてないわ。キングリー」
「――! 俺の名前を知ってるってことは、やはりお前が俺の運命の相手か!」
「違うわ」

 ある意味一番印象に残っているだけよ。
 キングリー・アイセル。
 傍若無人の俺様な性格で、女を自分の所有物だと思っているどうしようもない男。
 一度でもこの男に気を許した過去の自分を殴りたいわね。

「おい無視するな」

 背を向けた私に手を伸ばそうとする。
 今度は叩く必要もない。
 だってこの後――

「やめないか」
「てめぇ……誰だ?」
「ガリル・ルッケンス」
「ルッケンス……騎士団長の息子か」

 五番目の相手。
 ガリル・ルッケンスは現騎士団長の息子であり、将来有望な騎士候補の一人。
 厳格で正義感が強く、私が関わってきた婚約者の中では一番誠実だった。
 でも、そんな彼でも運命の歪みに恐怖して、私から離れていった。
 だから今度は私から離れてあげる。
 にらみ合う二人を無視して私はそそくさと進んでいく。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

突然の契約結婚は……楽、でした。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:83,133pt お気に入り:2,339

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:31,781pt お気に入り:35,205

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,446pt お気に入り:109

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:68,810pt お気に入り:23,356

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:21,571pt お気に入り:1,624

桜の季節

恋愛 / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:7

処理中です...