上 下
7 / 8

7

しおりを挟む
 隣国との国境で起きた戦いから二日後。
 突如として出現したドラゴンを討伐したことは、一瞬にして王国中に広まった。
 
 やっぱり人間じゃない。
 怪物だからドラゴンにも勝てたんだろう。

 そういう心ない声が私の耳にも入る。
 だけど今は、そんな言葉に苛立つ余裕もなかった。

「……はぁ」

 休日の朝から誰もいない屋敷でため息をこぼす。
 あの日以来、まともに睡眠もとれていない。
 理由は明白だ。

「一目惚れ……一目惚れ?」

 隣国最強の騎士からの告白。
 ドラゴンを倒した私を見て、魔法を使う姿が綺麗だと彼は言った。
 怖がるのでもなく、ドン引きするわけでもなく。
 初めて好意的に見てくれた。
 そのことは素直に嬉しい。
 嬉しいのだけど……。

「ま、まさか告白されるなんて……」

 予想外過ぎて整理が追いつかない。
 頭の中であの時のセリフが何度も再生されて、夜もまともに眠れない。
 ずっと彼のことばかり考えている。

「アレン……グラートン」

 そういえば、彼は去り際言っていた。
 
 近いうちに必ず会いに行く。
 また会おう。
 
 あれは本気で言っていたのだろうか?
 だとしても、会いには来ない気がする。
 あの場では気分が高揚していた彼も、冷静になれば気付くはずだ。
 私の異常さに怯えるはずだ。
 わざわざ国境を越えて会いに来るなんて――

 カンカンカン。

「え?」

 今の音は、来客を知らせる扉の音。
 私の元に来客が来ることなんてほとんどない。
 唯一だったシーベルトもいなくなった。
 私の脳裏には一人の男性が過る。
 すぐにでも確認したくて、私は急いで玄関に駆けた。
 少しだけ期待してしまう。
 
「こんにちは。エレメス嬢」
「アレン・グラートン……」

 期待に応えるように、扉を開けた先で彼は微笑む。
 本当に来てくれた。
 嘘じゃなくて、わざわざ国境を越えて。

「すまないね。本当はあの後すぐに会いたかったんだが、色々と処理することが多くて」
「……ああ、その関係でこちらに来ていたのですね」
「ん? いいや違うよ? 会いに行くと言ったじゃないか。今日は君に会うために来たんだよ」

 未だに信じられずにいる。
 彼は私に会うために、国境を越えてきたという。
 隣国とはいえ、移動には丸一日かけても足りない。
 手続きだって面倒だ。
 その行程を、私に会うためだけにしてきたというの?

「どうしてそこまでするんですか?」
「忘れたのか? あの時、俺は君に一目ぼれしたんだ。好きな人に会いに行くんだから、国境くらい超えて当然じゃないか」

 彼は恥ずかしいセリフを躊躇なく、笑顔で私に向けて言う。
 淀みない瞳と声からは、彼の真っすぐさが感じられて。
 彼を見ていると心臓の鼓動が速くなる。
 
 告白されたから?
 私も……ドキドキしてる。

「しかし探すのに時間がかかったよ。本宅で暮らしているわけではないんだね」
「え、ああ……ええ」
「先に本宅に行ったらここだと言われたよ。教えてくださったのは君のお父様だと思うのだけど、少し様子が変だったな」
「それは……当然でしょう。あの人は私のことが嫌いですから」

 無意識だった。
 彼のことで頭がいっぱいだったせいもある。
 言うつもりはなかったのに、つい本音が漏れてしまった。
 あとから気付いて口を閉じたけど、もう遅い。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

浮気の認識の違いが結婚式当日に判明しました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,346pt お気に入り:1,219

真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,087pt お気に入り:245

仲良しな天然双子は、王族に転生しても仲良しで最強です♪

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,625pt お気に入り:312

堅物監察官は、転生聖女に振り回される。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,649pt お気に入り:151

おかしくなったのは、彼女が我が家にやってきてからでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,055pt お気に入り:3,852

冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,363pt お気に入り:178

処理中です...