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色欲の章
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「今夜は一緒に眠れなくて残念だね?」
「……」
「大丈夫だよ? 明日からはちゃんと一緒に寝てあげるから」
「……」
「そんなに不貞腐れないの。あとにも先にも、ボクと一緒のベッドで眠れる男なんて、君一人だけなんだから」
「いいからさっさと出て行け!」
いつまでも煽り続けるロール姫にイラっときて、俺は彼女を無理やり部屋の外に出そうと背中を押す。
「もう、乱暴だなぁ。寂しくないの?」
「全然! そもそもそっちが言い出したことだろ? 寂しいのはそっちじゃないのか?」
「うん、寂しいよ」
「――!」
こいつ、こういう時だけ素直な空気で即答しやがって。
「君の隣は安心するからね。できれば一日でも手放したくないけど……今夜は特別」
「……」
「しっかりやりなよ。お師匠様」
「言われなくてもそうするよ。ありがとな」
「お礼はまた今度、とびきりのを期待してるよ」
そう言って彼女は笑い、俺に部屋を明け渡した。
◆◆◆
ロール姫はこうなることを予測していた。
俺とリーナは示し合わせたわけでも、約束していたわけでもない。
俺が一人部屋になれば、きっと彼女は訪ねてくる。
不安で怖いことが起こった日の夜は、心細くなるものだから。
ちゃんと師匠として、弟子を支えてあげて。
今夜はリーナのお願いを、なんでも聞いてあげるんだよ。
と、いうのがロール姫が俺に願ったことだった。
「はぁ……」
「あ、あの、ご迷惑でしたか」
「違うよ。懐かしいなと思っただけだ」
「え?」
「お前が道場にきたばかりの頃は、俺とお前の二人だけだっただろ?」
「そうでしたね。その後にシアンとスピカが一緒になって、今はロール殿下も一緒にいますから」
彼女は俺が最初に広い、弟子とした女の子だ。
三人の評価や関係に優劣はない。
それでも、多少の特別は感じている。
「あの日……屋敷から逃げ出して、もうどうにでもなれって思っていました。でも、勇気を出してよかったって、今は思います」
「そうか。大変だったろう?」
「はい……先生、私の話……聞いてくれますか?」
「ああ、もちろん。今夜の俺は、お前の願いをなんでも聞くことになってるから」
そうでなくても、弟子の相談事は師匠として聞くのは当然だ。
彼女は俺と同じベッドに座る。
そうして語られるのは、彼女が生まれてどんな人生を歩んできたのか。
俺と出会う前の……知らない彼女の一面だ。
それはとても辛くて、苦しくて、逃げ出したくなる気持ちがよくわかる。
「辛かったね」
「……はい」
「よく耐えていたよ。もっと早く逃げ出しても、誰も責めなかっただろう」
「勇気が……なかっただけです。あの屋敷を出ても、自分には何もできないからって」
「そうか。でも今は違うだろ?」
「はい!」
アルダート公爵家の彼女は無力だった。
立場も、権威も、実力もない。
虐げられ続け、反抗する意思すら生まれないほどの弱者だった。
しかし今は違う。
俺の下で修業し、彼女は強くなった。
煩悩とはすなわち、己の心の弱さの一部でもある。
煩悩を一つ克服することで人は弱さを克服し、一歩ずつだが成長できる。
彼女はまだまだ未熟だ。
俺と同じ領域に達するには、きっと何年もかかるだろう。
「これまでの経験を全て自分の糧にするんだ。今日のことも、お前は一人で立ち向かう選択をした。それが正しいかどうかは別として、お前は成長している」
「成長……できていますか?」
「ああ、強くなっているよ。心も、身体も。魔術に限らず、やれることが増えただろう? 料理なんて、俺より何倍も美味く作れる。それも一つの成長だ」
「それは、先生やみんなが美味しいって言ってくれるからです」
彼女は嬉しそうに、少し照れくさそうに微笑む。
大賢者が残した教えは、魔術師としての成長だけではなく、人としての成長も促す。
わかっているのだろう。
魔術師も、どこにでもいる人間の中に一人だと。
魔術師とは、魔術を扱う人間のことだ。
ならば必然、人間としての成長が、魔術師としての成長にも直結する。
当たり前のことが、多くの者が忘れてしまう。
魔術は強くて、万能で、他者より優れていると勘違いしてしまうから。
「これからも精進するといい。俺たち共に歩むなら、きっとお前はもっと強くなれる」
「はい! 私もいつか、先生みたいに強くなります!」
「いい心がけだ。俺も、お前が強くなれるように支えよう。俺の前では弱さを見せてもいい。師弟だからな」
「ありがとうございます。じゃあその……一つ、お願いを聞いて頂けませんか?」
彼女はもじもじしながら尋ねてくる。
「構わない。今夜の俺は、なんでも聞こう」
「……い、一緒に寝てくれませんか?」
「……」
んん?
これは予想外の提案だ!
「やっぱりまだ不安で……この街にいると、嫌なことばかり思い出してしまって……」
「……わかった。今夜だけ、お前が寝るまで傍にいよう」
「――! ありがとうございます!」
「……ふっ」
今夜の寝不足理由はリーナか。
まったく呆れるよ。
リーナにじゃない。
こうなると予想していたロール姫に。
「……」
「大丈夫だよ? 明日からはちゃんと一緒に寝てあげるから」
「……」
「そんなに不貞腐れないの。あとにも先にも、ボクと一緒のベッドで眠れる男なんて、君一人だけなんだから」
「いいからさっさと出て行け!」
いつまでも煽り続けるロール姫にイラっときて、俺は彼女を無理やり部屋の外に出そうと背中を押す。
「もう、乱暴だなぁ。寂しくないの?」
「全然! そもそもそっちが言い出したことだろ? 寂しいのはそっちじゃないのか?」
「うん、寂しいよ」
「――!」
こいつ、こういう時だけ素直な空気で即答しやがって。
「君の隣は安心するからね。できれば一日でも手放したくないけど……今夜は特別」
「……」
「しっかりやりなよ。お師匠様」
「言われなくてもそうするよ。ありがとな」
「お礼はまた今度、とびきりのを期待してるよ」
そう言って彼女は笑い、俺に部屋を明け渡した。
◆◆◆
ロール姫はこうなることを予測していた。
俺とリーナは示し合わせたわけでも、約束していたわけでもない。
俺が一人部屋になれば、きっと彼女は訪ねてくる。
不安で怖いことが起こった日の夜は、心細くなるものだから。
ちゃんと師匠として、弟子を支えてあげて。
今夜はリーナのお願いを、なんでも聞いてあげるんだよ。
と、いうのがロール姫が俺に願ったことだった。
「はぁ……」
「あ、あの、ご迷惑でしたか」
「違うよ。懐かしいなと思っただけだ」
「え?」
「お前が道場にきたばかりの頃は、俺とお前の二人だけだっただろ?」
「そうでしたね。その後にシアンとスピカが一緒になって、今はロール殿下も一緒にいますから」
彼女は俺が最初に広い、弟子とした女の子だ。
三人の評価や関係に優劣はない。
それでも、多少の特別は感じている。
「あの日……屋敷から逃げ出して、もうどうにでもなれって思っていました。でも、勇気を出してよかったって、今は思います」
「そうか。大変だったろう?」
「はい……先生、私の話……聞いてくれますか?」
「ああ、もちろん。今夜の俺は、お前の願いをなんでも聞くことになってるから」
そうでなくても、弟子の相談事は師匠として聞くのは当然だ。
彼女は俺と同じベッドに座る。
そうして語られるのは、彼女が生まれてどんな人生を歩んできたのか。
俺と出会う前の……知らない彼女の一面だ。
それはとても辛くて、苦しくて、逃げ出したくなる気持ちがよくわかる。
「辛かったね」
「……はい」
「よく耐えていたよ。もっと早く逃げ出しても、誰も責めなかっただろう」
「勇気が……なかっただけです。あの屋敷を出ても、自分には何もできないからって」
「そうか。でも今は違うだろ?」
「はい!」
アルダート公爵家の彼女は無力だった。
立場も、権威も、実力もない。
虐げられ続け、反抗する意思すら生まれないほどの弱者だった。
しかし今は違う。
俺の下で修業し、彼女は強くなった。
煩悩とはすなわち、己の心の弱さの一部でもある。
煩悩を一つ克服することで人は弱さを克服し、一歩ずつだが成長できる。
彼女はまだまだ未熟だ。
俺と同じ領域に達するには、きっと何年もかかるだろう。
「これまでの経験を全て自分の糧にするんだ。今日のことも、お前は一人で立ち向かう選択をした。それが正しいかどうかは別として、お前は成長している」
「成長……できていますか?」
「ああ、強くなっているよ。心も、身体も。魔術に限らず、やれることが増えただろう? 料理なんて、俺より何倍も美味く作れる。それも一つの成長だ」
「それは、先生やみんなが美味しいって言ってくれるからです」
彼女は嬉しそうに、少し照れくさそうに微笑む。
大賢者が残した教えは、魔術師としての成長だけではなく、人としての成長も促す。
わかっているのだろう。
魔術師も、どこにでもいる人間の中に一人だと。
魔術師とは、魔術を扱う人間のことだ。
ならば必然、人間としての成長が、魔術師としての成長にも直結する。
当たり前のことが、多くの者が忘れてしまう。
魔術は強くて、万能で、他者より優れていると勘違いしてしまうから。
「これからも精進するといい。俺たち共に歩むなら、きっとお前はもっと強くなれる」
「はい! 私もいつか、先生みたいに強くなります!」
「いい心がけだ。俺も、お前が強くなれるように支えよう。俺の前では弱さを見せてもいい。師弟だからな」
「ありがとうございます。じゃあその……一つ、お願いを聞いて頂けませんか?」
彼女はもじもじしながら尋ねてくる。
「構わない。今夜の俺は、なんでも聞こう」
「……い、一緒に寝てくれませんか?」
「……」
んん?
これは予想外の提案だ!
「やっぱりまだ不安で……この街にいると、嫌なことばかり思い出してしまって……」
「……わかった。今夜だけ、お前が寝るまで傍にいよう」
「――! ありがとうございます!」
「……ふっ」
今夜の寝不足理由はリーナか。
まったく呆れるよ。
リーナにじゃない。
こうなると予想していたロール姫に。
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