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第10話

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「好きな人…? お姉様に…? ……私の事はいらない…?」

 シェールが震える声で聞き返してきた。

「そうよ。私はライアン様の事を好きになったの。あなたが近くにいる間は恋愛も出来なかった。だけど、あなたから逃れて、ライアン様と一緒に住む様になって、初めて恋をする事が出来たの」

 正直、今の私のライアン様への気持ちは恋とまではいっていないと思う。
 けれど、いつかは結婚するのだし、ライアン様に対して他の男性に感じた事のない気持ちが芽生えているのは確かだから、嘘を言っているわけじゃないし、自信を持って言うと、シェールの目に一瞬にして涙がたまり、すぐに大粒の涙になって頬に流れ落ちた。

「そんな…、嘘よ。お姉様に好きな人だなんて…!」
「本当よ。昔はあなたの事を可愛い妹だと思っていた時期もあったけれど、あなたの私への執着は過剰すぎるわ。何より、ラングへの態度も酷い。一番嫌だったのは、注意しても、あなたが私の言う事を聞いてくれなかった事」
「私はお姉様のためだけ思って生きてきたのに、お姉様が私の事をわかってくれないから!」
「シェール、私はそんな事を望んでなかった。姉妹として仲良くする事は悪い事ではないけれど、あなたの場合は普通の姉妹としての愛情なんかじゃない! 私を束縛しているだけよ!」
「嘘よ! 信じられない! ミグスター公爵令息! 全部、あなたの仕業ね!」

 シェールがライアン様を指差して続ける。

「あなたは人間として最低な事をするのね! お姉様は私と一緒にいる事で本当の幸せを得られるのに、あなたが邪魔をするせいで、お姉様はおかしな考えを持ってしまった!」
「そうか。俺はそのおかしな考えを持つ彼女が好きだが、君は違うと言うんだな?」
「当たり前でしょう! 私の事を一番に考えてくれる優しいお姉様が私は好きなのよ!」
「結局、君は自分の事しか考えていないじゃないか」

 ライアン様が呆れたような顔をして言った後に、私が言う。

「じゃあ、シェール。改めて言うわ。私の事は忘れてちょうだい。あなたが好きだった私はもういないし、もう昔の私に戻る事はないわ!」
「……そんな…、お姉様」

 シェールは顔を覆って泣き始めたと思ったら、すぐに両手を顔から離して、近くのテーブルの上を見た。
 そして、先程、ロブス様に中身をぶちまけたグラスを手に取ると、ライアン様に向かって投げつけた。

「…あんたなんか死んでしまえばいいのに!」

 ライアン様は避けるかと思ったけれど、避けずに体で受けた。
 けれど、受け止めなかった為、グラスは床に落ちて割れてしまった。

 割れたグラスを見て眉間にシワを寄せてから、ライアン様はシェールに尋ねる。

「先程の発言は本心か?」
「当たり前でしょう! 死なないって言うんなら、今すぐにあなたを殺してやりたい! そうすれば、きっとお姉様の目も覚めるはずだから!」
「お、おい、やめておけ」

 さすがのロブス様もシェールを止めに入るけれど、激昂している彼女は止められない。

「この人間のクズ! 今殺せなくても絶対にいつかは殺してやるんだから! ロブス様! あなたも協力してよね!」
「馬鹿言うな! そんな事が出来るわけがないだろう!」
「何を言っているのよ! そのかわり、私はあなたと結婚してあげるわ!」
「そういう問題じゃない!」

 ロブス様が必死の形相で叫んだ時、ライアン様が口を開く。

「シェール嬢、先程の発言は俺への殺害予告だと受け止めさせてもらっていいな?」
「……そ、それはそうだけど、何なのよ。今すぐ殺せって事?」

 シェールの言葉を聞いたラングは頭を抱えてしまった。

 それはそうよね。
 自分の姉が大変な事を言っている事に気が付いていない上に、まだ何か馬鹿な事を言い続けようとしているんだから。

 このままではシェールだけの問題ではなく、ラングまで巻き込んでしまうわ。

「ライアン様」

 どうにか、ラングだけは助けたい。
 そう思って彼に声を掛けると、ライアン様はわかっていると言わんばかりに優しい笑みを私に向けてから、シェール達の方に視線を戻す。

「君の発言については、君のご両親と先に話をさせてもらってから、警察に連絡する事にする」
「は!? 警察!?」

 シェールは目を見開いて聞き返した。

「当たり前だろう! 君は公爵令息を殺すと言い出したんだぞ!」

 ロブス様が涙目になりながら叫んだ後、ライアン様に向かって頭を下げる。

「本当に申し訳ございませんでした!」
「謝って許されるものじゃないだろう。婚約者を止められなかった君にも責任はあるんだ。無傷で済むと思うなよ?」
「……うちの方からも今回の迷惑料を請求させてもらうとするかな」

 ライアン様の言葉の後、どこからか現れたリグロトル公爵がロブス様に向かって続ける。

「君の婚約者が投げたグラスだが、わりと高いものでな。弁償してもらわないといけないな。後で請求書を渡そう」
「そ、そんな…! 僕が割ったわけでは!」
「彼女は君の婚約者で一緒に住んでいるんだろう? それくらい出してやれ。なんだから」

 普通の侯爵家なら、グラスの請求代くらいで文句を言わないという嫌味だと思われた。

「そ、そんな…、僕の家は…」

 ロブス様は青ざめ、体が震えているのがわかった。
 
 そんなお金を払える余裕はないと言いたそう。
 だけど、リグロトル公爵はロブス様の様子など気にせずに、私とライアン様に笑顔を向けた。

「少し話したいのだが、良いかな?」
「承知しました」

 私とライアン様は表情を硬くして頷いた。

 やり過ぎだと怒られてしまうのかしら…?
 それと、どうしてライアン様は今すぐにシェールを警察につき出そうとしないのかしら?

 色々な感情が胸に渦巻いていたけれど、ライアン様と一緒にリグロトル公爵の後を付いて歩いたのだった。
 
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