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14 鬱陶しいです

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「どちら様でしたっけ?」

 これは覚えていないふりをしましょう。
 なぜなら、彼とは出来るだけ、関わりたくないからです。

「メーゴン侯爵家のハーデンだよ! ほら、わかるだろ!? 君と付き合っている、ハーデンだよ!」
「付き合っている?」

 隣に立っていた旦那様が眉を寄せて聞き返した後、私の方を無言で見てきます。

 付き合っているだなんて、なんて、恐ろしい事を言うのでしょうか!
 全く、存在自体を迷惑に感じてしまいそうになる人です。

 腹が立ちますが、何とか冷静になって、旦那様にお話します。

「3年ほど前の事になりますでしょうか。この方から、告白されましたが、お断りいたしました。ですが、登校している日は毎日、泣きながら、教室にやって来て、土下座してくるものですから、あまりにも鬱陶しくなり、お友達になる事を許しましたら、いつの間にか、私は彼女という扱いになっておりました。何を言っても無駄でしたので、付き合っていたという事にして、一ヶ月後に別れを告げました。ですから、関係は終わっているはずなのですが、彼は認めてくれていない様ですね」
「認めてくれていないというのはおかしいだろう。君と俺は結婚しているんだぞ? しかも、3年も経っているのに」
「頭では理解しているけれど、認めたくないのではないでしょうか」
「どうしてそんなに他人事なんだ」
「考えても無駄だからですよ。旦那様も一緒に彼の事は無視して下さい」

 旦那様の腕を引いて、階段に向かって歩いていくと、ハーデンが追いかけてきます。

「エレノア! あんな一方的なお別れでは諦められないよ! 何より、別れるだなんて、僕は認めていないんだ!」
「私の家からも正式に、あなたのご両親に苦情を入れており、謝罪も受け入れておりますが?」
「それは両親が勝手にした事で…!」
「君、いいかげんにしろ。彼女は私の妻だぞ。君は納得していない様だが、彼女は別れたと認識していたし、何より、彼女が他の男性と結婚した時点で、諦めようと思わなかったのか?」

 旦那様が間に割って入ってくださいました。
 
 後ほど、旦那様には、ちゃんと説明をしてから、お礼を言わなければなりませんね。

 ハーデンがそんな簡単に納得してくれる様な男性なら、私も苦労はしませんでした。
 その事を思い出させる様に、ハーデンは旦那様に尋ねます。
 
「クロフォード公爵は本当に、エレノアの事を愛して結婚されたのですか? あなたには、彼女の良さを引き立たせる事が出来ないのにですか?」
「俺の勝手な想像かもしれないが、君の場合はエレノアの良さを引き出すどころか、悪いところを酷くさせそうな気がするんだが」
「悪いところも愛する事の出来る男性が、エレノアにはふさわしいと思います」
「いや、そんな事をしてしまったら、彼女の場合は暴走するだけだろう」

 旦那様が呆れた顔で言いました。

 酷いです。
 失礼です!
 私は暴走なんてした事はありませんのに!

 思った事をすぐしてしまうという、そんなところはあったりしますが…。

 ですが、やはり、先程の発言は問題があります!

「旦那様、美味しいものを食べながら、今の発言につきまして、ゆっくりお話したいのですが…」
「顔が怖いんだが…」
「誰がそうさせたのかについても、お話させてもらいますね!」

 笑顔で答えると、旦那様は表情引きつらせます。

「原因は俺なのか。何も間違った事は言っていない様な気がするんだが」
「旦那様、私の怒りをこれ以上買いたくなければ、下手に発言されない方がよろしいですよ?」
「……わかった。上でゆっくり話そう。では、メーゴン侯爵令息、今日は失礼する。次に会うなら社交場かな」

 旦那様が微笑して言うと、ハーデンが言います。

「お願いします。クロフォード公爵、エレノアと話をさせてもらえませんか」
「自分の妻の名を呼び捨てにされているのは、あまり面白くないものだな。彼女の事はエレノアではなく、クロフォード公爵夫人と呼ぶようにしてくれ」
「大勢の前ではそう呼ぶように致します。ですが、プライベートな空間では、エレノアと呼ばせて下さい」
「お断りします。メーゴン侯爵令息、あなたの気持ちは、最初は有り難いものでしたが、今となっては私に負担です。二度と目の前に現れないで下さい。あなたには、私なんかより、もっと素敵な方がいらっしゃいますよ」

 旦那様の代わりに私が答えると、ハーデンは大きく首を横に振ります。

「どうして君は、僕をそんな風に嫌おうとするんだい? 僕の何が嫌なんだ? こんなにも君を愛しているのに? 僕をほど君を愛せる人間なんていないんだよ?」
「気持ちを押し付けてくるのは止めて下さい。愛されていれば良いという問題ではないんですよ。私が一緒にいたくないと思ってしまえばそれまでです」
「君はどれだけ僕の愛情が欲しいんだ!? 欲張りなんだね!?」
「いらないと言っているじゃないですか。鬱陶しいです。私はあなたの様な思い込みの激しいタイプは好きではありません! 好きでもない方から、必要以上に受ける愛情は、私にとっては迷惑なものでしかありません! 記憶喪失になってほしいです」

 好きな人以外に好かれなくても良いとまでは思いませんが、こんな重い愛情は望みません!

 はっきりと言ったつもりでしたが、ハーデンには伝わりません。

「そんな風に言えと言わされているんだな…。可哀想に…。クロフォード公爵、こんな事をするなんて、心を持った人間がやる事とは思えませんよ…」

 旦那様は犬にもなれますけどね…。

 ハーデンは目を潤ませて、悲しげな顔で私を見つめた後、旦那様に視線を移して言います。

「こんな事くらいでは、真実の愛は引き裂けません」
「君はその割に呑気にしていた様だな」
「……はい?」
「君がエレノアと別れてからの期間もそうだが、俺とエレノアの結婚が決まってから、実際に結婚するまでに時間があったはずだが、なぜ、結婚を止めようとしなかったんだ?」
「それは、公爵家の決定に逆らえる訳もなく…」
「俺は公爵だぞ? 公爵家の決定と言うなら、今だって昔と状況は変わっていない。なのに、なぜ、エレノアと復縁しようとする?」

 旦那様に睨まれ、なぜか、ハーデンは助けを求める様に私を見てきましたが、助ける義理もないですし、無言で彼を睨むと、ハーデンは諦めたのか、旦那様に笑顔を作って言います。

「今日は、その、彼女に久しぶりに会えて、感極まってしまいました。それから、僕と彼女の深い関係を、クロフォード公爵にも知っておいてもらいたくて…」
「知ってどうなるんだ?」
「彼女が本当に愛しているのは僕だと…」
「例えそうだったとしても、彼女は納得して俺と結婚しているのだから、君がどうこう言ってこなくてもいいだろう」

 旦那様の言葉に反論できないようで、ハーデンは黙って俯きました。

「旦那様、行きましょう」

 律儀に相手をする必要もありませんし、旦那様の袖を引っ張りますと、旦那様は無言で頷いて、踵を返されました。

 それにしても、旦那様が仰った様に、どうして、今まで大人しかったハーデンが、目の前に現れ、私への愛という迷惑でしかこの上ないものを持ち出してきたのでしょうか…。
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