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36 お世話になりました

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 私が馬車に乗ったのを確認すると、馬車の御者が何か叫びました。
 それと同時にローラ様が、慌てて中に入ってこられました。

「最悪だわ! あなたがモタモタしてるから!」
「何なんです?」
「他の騎士が来たのよ!」

 私の向かい側に座ったローラ様に尋ねると、吐き捨てる様に答えました。

 それと同時に、馬の足音も聞こえてきました。
 今度こそ、ラムダ様が来られたのでしょうか?

「おい、どうするんだ! 囲まれたぞ!」
 
 リーダーなのでしょうか。
 大柄な髭面の男性が中に入ってきたかと思うと、ローラ様の横に座り、彼女に向かって叫びました。

「だって、ダーリン!」

 ダーリン?

「言い訳するなよ! 絶対に上手くいくといったのはお前だぞ!」
「今回に限っては、そんな言葉を信じたあなたが悪いですよ。もちろん、こんな事はしてはいけませんけれどもね」

 ダーリン様に私が答えを返すと、ローラ様が叫びます。

「そんな事は言われなくてもわかってますわ! 大体、お義姉さま、あなたは呑気にしすぎなんです!  自分の立場を理解してるんですか!?」
「それはこちらのセリフですよ。ピンチなのはあなた方では? それにしても、一体、あなた方は何をしようとされたんです? 無謀にも程があるでしょう」

 正気の沙汰ではありませんので聞いてみると、ダーリン様が答えてくれます。

「お前を人質にして、公爵家と交渉するつもりだったんだ! それなのに!」
「旦那様の命を狙っていたのではないのですか?」
「そう思ったが、計画が狂ったんだ!」
「キックスに飲ませていた薬が効かなくなったのは、あなたのせいなの!?」

 ローラ様がダーリン様の言葉を引き継いで、文句を言ってこられました。

「私は何も知りませんよ。でも、キックス様に薬を飲ませていたという言葉は聞き捨てなりませんね。詳しくお話を聞かせていただけますか?」
「あなた、自分の命が危ないという時に、どうして、そんな風に平気でいられるんですか!?」
「私が目的だったのでしょう? それに今の状況でも、私を人質にとらない限り、無事には帰れませんよ?」

 どうして、すんなり馬車に乗ったのかと思う人もいるかもしれないですが、抵抗して、本当に騎士の人が殺されるよりマシです。
 たとえ、私が生き残っても、騎士の人のご家族になんて言ったらいいかわかりませんから。
 本来なら、騎士の人が人質になるなんてありえないのですけれど、まあ、そんな時もあるのでしょうし、よほど、ダーリン様達が強いのかもしれません。

 何より、私をすぐには殺せない事はわかっていました。
 それに、どこかに連れて行かれるにしても、旦那様がローラ様の仲間の拠点はわかっていらっしゃるでしょうし、私の居場所はすぐにわかるでしょうから。

 何も考えなしに乗ったりはしません。
 まあ、他にやり方があるだろうと思う人もいるでしょうけれど、それはその人の考え方でしょうし、その人が私の立場になった時には私の様になさらなければいいだけです。

「最悪、ローラ、お前だけ捕まれ。俺はお前に脅された事にする」
「ダーリン様は明らかに脅されるよりも脅す様なタイプに見えてしまうのですが…」

 ダーリン様の言葉に私が返すと、ダーリン様は私につかみかかろうとしましたが、狭い馬車の中ですので、足を上げただけて、ダーリン様の股間に私の膝が入ってしまいました。

「いっ!」

 声にならない声を上げて、身を屈めるダーリン様。

「申し訳ございません! 悪気はなかったんです! あの、私には、その痛みがわかりませんので、よろしければ、落ち着かれましたら、どのように痛かったか、感想を教えていただいてもよろしいでしょうか」
「あなた、ふざけているんですか!?」
「大真面目です。理解できないかもしれませんが知っておきたいという気持ちが強いんです」
「頭がおかしいんじゃないの!?」
「それは否定できませんね」

 ローラ様とそんな会話をしていると、外から旦那様の声が聞こえます。

「エレノア! 無事か!?」
「無事です! ご迷惑をおかけして申し訳ございません!」

 馬車の窓から旦那様に顔を見せると、旦那様がホッとした表情をされました。

「君は悪くない。騎士を助けようとしたんだろう?」
「騎士の方が、お仲間を守ろうとされていたので、私もそうしようと思っただけです。私のために誰かが犠牲になってほしくありませんから」
「だが、その為の騎士だろう」
「いいえ。皆が無事でいる為の騎士でいてほしいです。自分を犠牲にしてでも誰かを守るのではなく、犠牲にならずに誰かを守れる騎士が良いんです!」
「エレノア…」
「それから、ここに乗ったのは自己責任ですから、私の事は気にせずに、ローラ様達を捕まえて下さいね!」

 そう言った時でした。
 何とか復活したのか、ダーリン様が私の首に腕をまわし、ナイフを頬に突きつけてきました。
 そして、馬車の扉を開けて、私の姿が旦那様達によく見えるようにしました。

「動くなよ! 動いたら、この可愛らしい顔に傷がつくからな」
「どうしても気になりましたら、回復魔法で治してもらいますから大丈夫ですよ」
「お前はうるせぇんだよ! 黙れ!」

 黙れと言われてしまいました。
 でも、黙っていられないですよね。
 だって、迷惑をかけたくないですから。

「旦那様、ジャスミン、それから、お屋敷の皆さん、今までお世話になりました」
「何を考えてるんだ、エレノア!」
「いけません、奥様!」

 旦那様が叫び、ジャスミンが口を両手で覆って、今にも泣き出しそうな顔になりました。

 そして、予想していなかった人の声が飛んできました。

「いけません、奥様! 諦めないで下さい! 旦那様を助けなくてもいいんですか!」

 そう私に向かって叫んだのは、ラムダ様でした。
 
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