愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!

風見ゆうみ

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21  元夫の執念 ③

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「どうかされましたか?」
「た、頼むから忘れてくれ……」
「忘れる? 何をです?」

 ルイーダ様は心配するふりをしてレンジロード様に近づきながら、話を続ける。

「リコット様はとても絵がお上手なんです。リアリティがあって驚きましたわ。それはもう、涙目になっているブロフコス侯爵のお顔がはっきりと描かれて」
「やめてくれと言っているだろう!」

 レンジロード様は耳をふさいで叫んだ。

「あら、気分を害してしまいましたか? それは申し訳ございません。ですが、今のお顔は、リコット様の絵と同じような顔をされていますわよ」
「う……、う……うわあああぁぁっ!」

 レンジロード様はルイーダ様の声が聞こえないように自分で大声を出すと、耳をふさぎながらパーティー会場の外に出て行った。
 周りにいた人たちは何事だと言わんばかりに、逃げていくレンジロード様を目で追いかけていた。

 ルイーダ様は大したことは言っていないのに、あそこまで動揺するなんて、ルイーダ様の威力は絶大ね。

 わたしたちに近づいてきたルイーダ様が困った顔をして尋ねる。

「やり過ぎてしまったかしら」
「いいえ。ルイーダ様は悪くありません」
「そうだよぉ。ルイーダは悪くない」
「ルイーダはブロスコフ侯爵が描かれた絵を見たとしか言ってないよ」

 わたしたちが口々に言うと、ルイーダ様は安堵の表情を浮かべた。

「ブロスコフ侯爵のことを良くは思っておりませんけど、あそこまで嫌がっているのを見ると、罪悪感を感じてしまいますわ」
「罪悪感は感じなくても良いと思いますが、あそこまで情けない姿を見せるとは思っていませんでした」

 先程のレンジロード様の姿を思い出すと、笑ってはいけないとわかっているのに、笑みが零れそうになる。

「彼はどこに行ったんだろうな。帰ってしまったんだろうか」

 シリュウ兄さまの呟きに、ジリン様が答える。

「帰ったなら帰ったで、僕はかまわないけどね」

 それはそれでせっかく意気込んで来たのに拍子抜けのような気もするけど、関わらなくて良いのなら、それが一番だと思った。
 でも、レンジロード様は帰ってはおらず、パーティーが始まると髪形を変えて、こっそり会場に戻って来ていたのだった。


*****


 ジリン様がくれたスプレーはトウガラシを使って作られたもので、目に入っても失明することはないらしい。それを聞いたわたしは、躊躇わずにお見舞いしようと決めた。

 ……って、性格が悪すぎるかしら。普通の令嬢ならどうするのか聞いてみたいわ。その前に護衛がいるから、そんなものは必要ないのかしら。

 わたしにも一応、護衛はいるけれど、パーティー会場の中までは入ってきていない。だから、自分の身は自分で守らなければならない。

 立食形式の食事をしていても、誰かと話をしている時もレンジロード様からの視線を強く感じていた。そしてそれは、シリュウ兄さまも同じだった。

「ブロスコフ侯爵は友人の誕生日パーティーだというのに不機嫌そうな顔でこちらばかり見てるね」
「はい。本当に失礼な話ですよね」
「どうする? さすがに鬱陶しいから俺が話しかけてこようか?」
「いえ、それならわたしが」

 そんな会話が聞こえたのかはわからないけれど、レンジロード様が近づいてくると、わたしに話しかけてきた。

「久しぶりだな、リコット」
「お久しぶりです」

 わたしはドレスの腰に巻いてある太いリボンの隙間に入れていたスプレーの小瓶に手をかける。シルバートレイは会場の外にいるメイドに預けているから、必要になりそうなら場所を移すつもりだ。

「そろそろ、私が恋しくなってきたんじゃないか?」

 笑顔のレンジロード様に、わたしも笑顔を作って答える。

「先程、レンジロード様が叫びながら逃げていく姿を拝見しました。それで十分です」
「なっ!」

 レンジロード様は顔を真っ赤にしてわたしを睨みつけた。

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