22 / 31
21 元夫の執念 ③
しおりを挟む
「どうかされましたか?」
「た、頼むから忘れてくれ……」
「忘れる? 何をです?」
ルイーダ様は心配するふりをしてレンジロード様に近づきながら、話を続ける。
「リコット様はとても絵がお上手なんです。リアリティがあって驚きましたわ。それはもう、涙目になっているブロフコス侯爵のお顔がはっきりと描かれて」
「やめてくれと言っているだろう!」
レンジロード様は耳をふさいで叫んだ。
「あら、気分を害してしまいましたか? それは申し訳ございません。ですが、今のお顔は、リコット様の絵と同じような顔をされていますわよ」
「う……、う……うわあああぁぁっ!」
レンジロード様はルイーダ様の声が聞こえないように自分で大声を出すと、耳をふさぎながらパーティー会場の外に出て行った。
周りにいた人たちは何事だと言わんばかりに、逃げていくレンジロード様を目で追いかけていた。
ルイーダ様は大したことは言っていないのに、あそこまで動揺するなんて、ルイーダ様の威力は絶大ね。
わたしたちに近づいてきたルイーダ様が困った顔をして尋ねる。
「やり過ぎてしまったかしら」
「いいえ。ルイーダ様は悪くありません」
「そうだよぉ。ルイーダは悪くない」
「ルイーダはブロスコフ侯爵が描かれた絵を見たとしか言ってないよ」
わたしたちが口々に言うと、ルイーダ様は安堵の表情を浮かべた。
「ブロスコフ侯爵のことを良くは思っておりませんけど、あそこまで嫌がっているのを見ると、罪悪感を感じてしまいますわ」
「罪悪感は感じなくても良いと思いますが、あそこまで情けない姿を見せるとは思っていませんでした」
先程のレンジロード様の姿を思い出すと、笑ってはいけないとわかっているのに、笑みが零れそうになる。
「彼はどこに行ったんだろうな。帰ってしまったんだろうか」
シリュウ兄さまの呟きに、ジリン様が答える。
「帰ったなら帰ったで、僕はかまわないけどね」
それはそれでせっかく意気込んで来たのに拍子抜けのような気もするけど、関わらなくて良いのなら、それが一番だと思った。
でも、レンジロード様は帰ってはおらず、パーティーが始まると髪形を変えて、こっそり会場に戻って来ていたのだった。
*****
ジリン様がくれたスプレーはトウガラシを使って作られたもので、目に入っても失明することはないらしい。それを聞いたわたしは、躊躇わずにお見舞いしようと決めた。
……って、性格が悪すぎるかしら。普通の令嬢ならどうするのか聞いてみたいわ。その前に護衛がいるから、そんなものは必要ないのかしら。
わたしにも一応、護衛はいるけれど、パーティー会場の中までは入ってきていない。だから、自分の身は自分で守らなければならない。
立食形式の食事をしていても、誰かと話をしている時もレンジロード様からの視線を強く感じていた。そしてそれは、シリュウ兄さまも同じだった。
「ブロスコフ侯爵は友人の誕生日パーティーだというのに不機嫌そうな顔でこちらばかり見てるね」
「はい。本当に失礼な話ですよね」
「どうする? さすがに鬱陶しいから俺が話しかけてこようか?」
「いえ、それならわたしが」
そんな会話が聞こえたのかはわからないけれど、レンジロード様が近づいてくると、わたしに話しかけてきた。
「久しぶりだな、リコット」
「お久しぶりです」
わたしはドレスの腰に巻いてある太いリボンの隙間に入れていたスプレーの小瓶に手をかける。シルバートレイは会場の外にいるメイドに預けているから、必要になりそうなら場所を移すつもりだ。
「そろそろ、私が恋しくなってきたんじゃないか?」
笑顔のレンジロード様に、わたしも笑顔を作って答える。
「先程、レンジロード様が叫びながら逃げていく姿を拝見しました。それで十分です」
「なっ!」
レンジロード様は顔を真っ赤にしてわたしを睨みつけた。
「た、頼むから忘れてくれ……」
「忘れる? 何をです?」
ルイーダ様は心配するふりをしてレンジロード様に近づきながら、話を続ける。
「リコット様はとても絵がお上手なんです。リアリティがあって驚きましたわ。それはもう、涙目になっているブロフコス侯爵のお顔がはっきりと描かれて」
「やめてくれと言っているだろう!」
レンジロード様は耳をふさいで叫んだ。
「あら、気分を害してしまいましたか? それは申し訳ございません。ですが、今のお顔は、リコット様の絵と同じような顔をされていますわよ」
「う……、う……うわあああぁぁっ!」
レンジロード様はルイーダ様の声が聞こえないように自分で大声を出すと、耳をふさぎながらパーティー会場の外に出て行った。
周りにいた人たちは何事だと言わんばかりに、逃げていくレンジロード様を目で追いかけていた。
ルイーダ様は大したことは言っていないのに、あそこまで動揺するなんて、ルイーダ様の威力は絶大ね。
わたしたちに近づいてきたルイーダ様が困った顔をして尋ねる。
「やり過ぎてしまったかしら」
「いいえ。ルイーダ様は悪くありません」
「そうだよぉ。ルイーダは悪くない」
「ルイーダはブロスコフ侯爵が描かれた絵を見たとしか言ってないよ」
わたしたちが口々に言うと、ルイーダ様は安堵の表情を浮かべた。
「ブロスコフ侯爵のことを良くは思っておりませんけど、あそこまで嫌がっているのを見ると、罪悪感を感じてしまいますわ」
「罪悪感は感じなくても良いと思いますが、あそこまで情けない姿を見せるとは思っていませんでした」
先程のレンジロード様の姿を思い出すと、笑ってはいけないとわかっているのに、笑みが零れそうになる。
「彼はどこに行ったんだろうな。帰ってしまったんだろうか」
シリュウ兄さまの呟きに、ジリン様が答える。
「帰ったなら帰ったで、僕はかまわないけどね」
それはそれでせっかく意気込んで来たのに拍子抜けのような気もするけど、関わらなくて良いのなら、それが一番だと思った。
でも、レンジロード様は帰ってはおらず、パーティーが始まると髪形を変えて、こっそり会場に戻って来ていたのだった。
*****
ジリン様がくれたスプレーはトウガラシを使って作られたもので、目に入っても失明することはないらしい。それを聞いたわたしは、躊躇わずにお見舞いしようと決めた。
……って、性格が悪すぎるかしら。普通の令嬢ならどうするのか聞いてみたいわ。その前に護衛がいるから、そんなものは必要ないのかしら。
わたしにも一応、護衛はいるけれど、パーティー会場の中までは入ってきていない。だから、自分の身は自分で守らなければならない。
立食形式の食事をしていても、誰かと話をしている時もレンジロード様からの視線を強く感じていた。そしてそれは、シリュウ兄さまも同じだった。
「ブロスコフ侯爵は友人の誕生日パーティーだというのに不機嫌そうな顔でこちらばかり見てるね」
「はい。本当に失礼な話ですよね」
「どうする? さすがに鬱陶しいから俺が話しかけてこようか?」
「いえ、それならわたしが」
そんな会話が聞こえたのかはわからないけれど、レンジロード様が近づいてくると、わたしに話しかけてきた。
「久しぶりだな、リコット」
「お久しぶりです」
わたしはドレスの腰に巻いてある太いリボンの隙間に入れていたスプレーの小瓶に手をかける。シルバートレイは会場の外にいるメイドに預けているから、必要になりそうなら場所を移すつもりだ。
「そろそろ、私が恋しくなってきたんじゃないか?」
笑顔のレンジロード様に、わたしも笑顔を作って答える。
「先程、レンジロード様が叫びながら逃げていく姿を拝見しました。それで十分です」
「なっ!」
レンジロード様は顔を真っ赤にしてわたしを睨みつけた。
2,380
あなたにおすすめの小説
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
【完結】そんなに好きなら、そっちへ行けば?
雨雲レーダー
恋愛
侯爵令嬢クラリスは、王太子ユリウスから一方的に婚約破棄を告げられる。
理由は、平民の美少女リナリアに心を奪われたから。
クラリスはただ微笑み、こう返す。
「そんなに好きなら、そっちへ行けば?」
そうして物語は終わる……はずだった。
けれど、ここからすべてが狂い始める。
*完結まで予約投稿済みです。
*1日3回更新(7時・12時・18時)
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。
白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?
*6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」
*外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
わたしを捨てた騎士様の末路
夜桜
恋愛
令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。
ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。
※連載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる