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 毒見役の女性は自分の身が一番可愛いのか、正直に話せば、命は助けてあげるという、ワイアットの言葉に、泣きながら真相を話した。

 ある日、彼女が城下で買い物をしている時に声を掛けてきた男がいたらしい。
 目深にフードをかぶった怪しそうな男だったけれど、逃げたら殺すと言われた為、大人しくすると、毒の入った小瓶を渡され、陛下の食事に毒を入れるように指示されたらしい。

 最初は断ろうとしたけれど、その場で断ると殺されてしまうかもしれないと思い、承諾して、小瓶を家に持ち帰ったそうだった。
 けれど、やはり、最初は、毒見役の人間が毒を入れるなんてありえないと、彼女も考えたらしい。
 なので、小瓶を城には持って行きはしたけれど、暫くの間は、実際に使う事はなかったらしい。

 そんなある日、城内で彼女に接触してきた人物がいた。

 それがゼント殿下だった。

 彼は彼女がいる控室にやって来て、こう言ったらしい。

『お前が毒を持っているのは知っている。今、どこにあるのかはわからないが、もし、これからも持っているだけなら、陛下を殺そうとした犯人としてお前を捕まえてやる』

 そう言われて、彼女は焦った。

 受け取ってしまったとはいえ、脅されて渡された毒のせいで捕まりたくないと。

 だから、事情を殿下に説明したらしいけれど、殿下はそんな事はどうでも良さげに、こう答えたらしい。

『持っているだけなら捕まえると言ったんだ。正しく使用するのであれば、何も言わないし、お前に褒美も与えてやろう』

 毒を正しく使用しろと言われても、パニックになっていた毒見役は何が何だかわからなかったらしく、どうしたら良いのか尋ねると、フードを被った男に指示された様にすれば良いと言われたのだそうだった。

 腹が立つ事にゼント殿下は、肝心な事は口にはしていない。
 
 陛下の食事に毒を入れるようにと言ったのはフードを被った男で、殿下は毒見役に対して、フードを被った男に指示された様にやれ、としか言っていない。

 この言葉では、フードの男がそんな事を言っているだなんて知らなかった、という風に、とぼけられる可能性がある。

 どうして、日頃はそんなに頭が良くない言動をしているのに、こういう時だけ頭が回るのかわからない。
 ただ、純粋に賢い人間でなくて良かったと思った。

 賢い人間なら、こんな馬鹿な事はしないと、普通は思うかもしれないけれど、ケイティの考え方を知った今、賢い人間が自分の信じた道に進もうとした場合、それが、陛下を毒殺する事であったなら、こんな手段を取らなかっただろうから。
 自分が関与している事をわからない様にして、陛下を確実に殺す手段をとっているでしょう。

 毒見役の女性は、殺されないとは約束したけれど、かなり重い罰になると思われる。
 それでも、ホッとしていた様な顔をしていたのは、彼女の中でも精神的に限界がきていたのだと思われる。
 だから、他の同僚を巻き込もうとしたのかもしれない。

 そんな都合の良い事を思いながらも、次にやらないといけない事を考えた。

 毒殺を考えていたのは王太子殿下だった。
 けれど、ケイティもその事を知っていた。
 となると、フードを被った男はケイティが手配した可能性が出てくる。
 なぜなら王太子殿下には味方がケイティくらいしかいないから。

 ケイティは口を滑らせる事はあっても、聞いても素直に教えてはくれないはず。

 だから、まずおさえるのはフードを被った男。
 その男がどんな人物かはわからないけれど、ケイティの知り合いである可能性が高い。
 そして、私の妹だった時期に知り合った人物であるはず。
 陛下の食事に毒を入れ始めたのは、私が婚約破棄される前からだもの。

 フードの男は誰かに雇われた可能性が高いけれど、少しずつ手繰っていけば、最後にはケイティに繋がるはず。

 そう思い、ケイティの公爵家時代の交友関係を調べてもらうために、手紙だとまた検閲で何か言われても困るので、今度は使用人に伝言を頼む事にした。
 今までもそうすれば良かったのかもしれないけれど、王家が関わる事だったために、少し頼みづらかった。
 けれど、今回は、ケイティの昔の交友関係が知りたい、という伝言だけだったから、使用人を危険に巻き込む事はないだろうと判断した。
 もちろん、上書の存在も大きい。

 あれがある事により、ゼント殿下は私に手が出せなくなった。
 それと同時に、無関係な命についても、と言っておいた事で、私の家の使用人など、私の周りの誰かに何かがあってもいけない事は、さすがの殿下もわかっているはず。

 毒見役が捕まった事を、殿下もすぐに知る事になるでしょう。
 そうなった時に、彼はどう動くのかしら。
 まずは自分が関わっていた痕跡を消そうと頭を悩ませるはずだから、私の使用人の動きを気にしている場合ではなさそう。

 彼の様子については、彼の側近達が味方に付いてくれる事になった為、不審な事があれば、ワイアットに連絡がいくようになっている。
 ワイアットにかなり負担をかけている気がするから心苦しいのだけれど、彼もいつかは公爵になるのだから、これくらいは出来るようにならないと言って頑張ってくれる事になった。

 そして、二日後、お兄様が家にやって来た。

「父上がお前に会いたがっていたよ。だけど、仕事に忙殺されていてな」
「お父様は当主様ですもの。しょうがないです。会いたいけれど、お身体を優先させてくださいとお伝え願えますか?」
「もちろん。それから、父上が、お前に会いに行けないけれど、お前の事をいつも思っているという事だけは伝えてくれと」
「嬉しい。私もですと、言っていたと、さっきの言葉と一緒に伝えてもらえますか?」
「わかった」

 お兄様に今の公爵家の状況をお話してもらった後、私が調べてほしいと頼んでいたケイティの交友関係について教えてもらう事になった。
 屋敷にいた頃のケイティは、家庭教師が来ない日は、いつも外に出かけており、その時に何をしているのか私は知らなかったけれど、さすがにお父様達は野放しにしていたわけではないようで、監視をつけていたらしい。

 そこでフードの男を用意したと思われる容疑者にあがったのが、2年ほど前から交流のある、とある伯爵家の次男だった。
 その男も素行が悪く、家からお荷物扱いされ、学園に通っていなかった為、ケイティと気が合ったらしい。

 これを聞くと、もう少しケイティにかまってあげていれば良かったのかと思ったけれど、私がかまったとしても結果は一緒だっただろうし、閉じ込めるくらいしないと、彼女は外に出て行くのを止めないだろうと考えた。

 その伯爵家の次男は、悪いお友達がたくさんいて、その中の一人がフードの男ではないかと判断され、何と、昨日の晩に、お兄様自らがお供を連れてではあるけれど、彼らが屯している酒場に乗り込んでくださったらしい。

 そして、自らが毒見役の女性に接触したという男を見つけたんだそうだ。

「その男はやはり、伯爵家の次男から頼まれたと言っていてな。そいつを連れて、伯爵家に乗り込んだら、よっぽど息子に手を焼いていたんだろう。伯爵がこいつは私の息子ではありません、といって、部屋から連れ出してきてくれたよ。伯爵家の次男の名はエルードというんだが、エルードが言うには、ケイティに頼まれたから何も知らないと言うんだ」
「何も知らないわけがないでしょう」
「そうなんだ。エルードが言うには、ケイティから国王陛下を暗殺したいと考えている人がいる。だけど、その人は表立っては動けない。お金などを支援するから、疑われずに陛下を殺す方法を考えてほしいとお願いされたそうだ」
「本当にケイティは、何を考えているんでしょうか…」
「さぁな。ケイティの事だから、何か言われても、自分は王太子殿下から、そう言えと言われたと言うだけだろうし、もしくは、エルードに頼んでいないと言い張るか…」
「ゼント殿下は、ケイティを守るでしょうか?」
「本当に好きなら守るだろう」

 本当に好きなら守る、という言葉に、ララベルをなぜか思い出してしまい、お兄様に言ってみる。

「お兄様、ララベルを守ってあげてもらえませんか」
「…ララベル? どうして、ララベルの話が出てくるんだ?」
「…いえ。なんでもありません」

 ララベルの話を聞いたら、本当に彼女は婚約者と結婚して幸せになれるのかと考えてしまう様になってしまった。
 だけど、今はこんな話をしている場合ではないわよね。
 全てを終わらせてから、ちゃんと向き合って話をしなければ。

「何か困った事があるのなら、ちゃんと言え。ララベルに話を聞けばいいのか?」
「いいえ。ララベルの話は改めてさせていただこうと思います」

 自分で持ち出しておきながら、強引に話を打ち切ってから、話題を元に戻す。

「今、そのエルードという男はどうしているんですか?」
「本来なら、国王陛下の暗殺を企てたという事で、捕まえて処刑されてもおかしくないんだが、今、証言者がいなくなっては困るだろう? 証言台に立つというのなら、処刑はなし、という話をすると、向こうが条件を飲んだ。捕まえてはいるがな」
「毒見役の女性と同じね。みんな、自分の命はやはり惜しいのね」

 生きたいという心があるからこそ、こういう取引が成立できるのだから、有り難い事は確かなのだけれど、死にたくないのなら、最初から悪事に手を貸そうとしなければいいのにと、特にこのエルードという男の場合は思ってしまうわ。

「どうする? この証言だけで勝てそうか?」
「エルードという人は、もう伯爵家から縁は切られてしまっているんですか?」
「いや。縁を切ろうとしていたんだが、証言が終わるまでは待ってほしいと頼んだ。縁を切られてしまうと、ただの平民の証言になってしまう。伯爵令息という肩書は残しておきたい」
「いくら素行が悪くても、伯爵家の息子というだけで受け取り方が違いますからね」

 頷いてから、お兄様に向かって、私は言葉を続ける。

「国王陛下の毒殺を企んだ事は大罪です。問題はケイティとゼント殿下が絡んでいるという証拠がないというところですが、大勢の前でケイティを挑発して、ケイティの口から話させようと思います」
「自白させるつもりか。だが、そう上手くはいかないんじゃないか?」

 心配そうにする、お兄様に笑顔で答える。

「お兄様、ご心配なさらないで。私、ケイティを怒らせる事は得意なんです」

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