私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ

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17  婚約解消

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 私が窓ガラスの修理をしてくれる業者さんのいるお店に、ワイズと一緒に行っている間、ミランが床の掃除をしてから、割れた窓ガラスの応急処置だけしてくれていた。

 私が業者さんを連れて家に帰ってくると同時に出てきてくれた、向かいのパン屋さんのご主人に何か見ていないか聞いてみたけれど、怪しい人は見当たらなかったらしく、窓ガラスが割れた音に気が付いて外に出たけれど、人影はなかったそう。
 両隣に至っては、今日は定休日で、お店を開いていなかった。

「やっぱり、女性の一人暮らしは危ないよ。良かったら、うちの家に住んだらどうかな?」
「いえいえ、私がいたら、奥様との時間を邪魔しちゃうかもしれませんから」
「邪魔とか、そんな訳ないだろう…。だって…」

 今日はやけにしつこいな、と思っていると、ワイズが屋根の上から飛んで来て、ご主人を足の爪で攻撃しながら言う。

「ヒトリグラシジャナイ、ワイズ、イル! ダカラ、ホットイテ!」
「そういう事ですので。お気持ちだけいただいておきます。あ、でも、もし、怪しい人物を見かけたら、教えてもらえますか?」

 頭を下げて、返事は待たずに、ワイズと一緒に家に戻ると、ミランが業者さんの相手をしてくれていて、窓ガラスを修理する話を進めてくれていた。

「警察にも話をしておかないとな」
「さすがに、こんな状況なら話をしてもいいわよね? 付きまとわれてるだけじゃ、動いてくれないって聞いたんだけど」
「物損も出てるからな。あと、僕の名前も出せばいい」
「ミランの名前を出したら、逆に胡散臭くなるでしょ。まさか、公爵令息の知り合いがこんな所にいるだなんて思わないでしょうし」
「そう言われてみればそうだな。僕の顔も知らないだろうし意味ないか」

 業者さんが帰ってから、そんな話になり、とりあえず、警察に報告しに行こうと、ミランとワイズと一緒に外へ出た。

 街の人達はミランの姿を見て、やはり振り返ったり、二度見したりしている。

 目の下のクマが気になるけど、やっぱりカッコ良いんだよね…。
 ついつい見ていると、視線に気が付いたミランに尋ねられる。

「どうかしたか?」
「何でもない」

 私は今はまだ婚約者がいる身なんだから、素直に口に出す事は出来なくて、首を横に振った。

 そして、警察署についてからが大変だった。
 私の事をリュシリュー男爵から聞いていたらしく、丁寧な対応をしてくれた上に、リュシリュー男爵を勝手に呼んでしまった。
 そして、慌ててやって来たリュシリュー男爵は、ミランの顔を見るなり、卒倒しそうになった。

 ミランが自分を怒りに来たのだと思ってしまったらしい。

 リュシリュー男爵は私とミランの仲は知らないけれど、ミーグス公爵夫妻から私の事を頼まれている事もあり、私がミランにとって、特別な人だと勘違いしたらしく、腰を折り曲げてミランに謝った。

「私の力不足で申し訳ございません。ですから、この事はどうか内密に…」
「それに関しては、あなたにお願いがある」
「何でございましょうか?」
「僕がここに来ていた事は、僕の両親に伝えないでほしい」

 ミランはにっこり笑ったけれど、圧がすごかった。
 リュシリュー男爵もそれに気付いたらしく、首を何度も大きく首を縦に振る。

「も、もちろんでございます! ミラン様のお姿は見ておりません!」

 ミランは次期公爵だから、先のことを考えて逆らわない方が良いと判断したみたい。
 まあ、こういう判断が出来るのは、貴族界で生きるのに必要な術なのかもしれない。

「リディア様、今回の件なのですが、ミラン様の話はしませんが、この様な事があったと、ミーグス公爵閣下に連絡した方がよろしいでしょうか?」
「警察の方がしっかり対処して下さるなら、私は連絡しなくても良いと思いますけど、リュシリュー男爵はどうされたいんです?」
「恐れながら、私の希望を申しますと、連絡を入れなくて良いのなら大変助かるのですが…」
「なら良いですよ」
 
 頷いてみせると、リュシリュー男爵はホッとした顔になった。
 すると、ミランが聞いてくる。

「伝えておいてもらった方がいいんじゃないのか?」
「下手に気を回されて、新しい場所に行けと言われる方が面倒だわ。せっかく、この生活にも慣れてきたのに」

 ミランが、その内どうにかしてくれるだろうし、それまでは今の生活を続けていた方が楽だわ。
 警察だって、動いてくれるだろうから。

「ミランが私を家に帰れる様にしてくれるのを大人しく待ってるわ」
「…わかった」

 ミランは、自分用の別邸を持っているから、そちらへ移動するかも聞いてくれたけど断った。
 引っ越しは本当に疲れるから。
 今のところ、命に危険がある訳ではなさそうだし、このまま住み続ける事にした。

 それから、警察署を後にし、リュシリュー男爵と別れた私達は、私の家に戻る事にした。
 警察署での手続きや、リュシリュー男爵との話もあり、外に出た時には、もうすっかり暗くなってしまっていた。
 
 街灯のおかげで真っ暗ではないけれど、今日の出来事もあり、少し恐怖を感じていると、ミランが私の手を握ってくれた。

「警察の人間が君の家の周りを巡回してくれると言っていたから、しばらくは大丈夫だろう。それに、今日は夜遅くまで、俺も一緒にいるよ」
「別にいいわよ。長くいられると、一人になったら寂しくなるじゃない」

 気持ちは有り難いけれど、本音を伝えると、ミランは苦笑する。

「ワイズを君に預けるよ」
「…いいの?」
「ワイズは君に懐いてるからね」 
「寂しくなくて助かるけど…、あなたの事がわからなくなるから、それはそれで心配だわ」
「どういう事?」
「無理してても、止めてくれる人がいなくなるじゃない。まあ、ワイズは鳥だから、止めてくれる鳥?」

 言い直したら、ミランが微笑んだ。

「じゃあ、たまには俺のところに帰る様に言ってくれ」
「わかった」

 ミランの手を握り返して頷く。
 婚約者がいる身分で、他の男性と手を繋ぐのは、本当は良くない事だろうってわかってる。

 だけど、手をはなしたくない。

「あ、そういえば、君は婚約解消出来るから安心して」
「え?」
「アンダーソン家に提案をしたんだ。俺が先に君を見つけられたら、アンダーソン家は婚約解消をする。その際のトゥーラル家に払う慰謝料はゼロ。そして、新たに俺がジッシーだっけ? 彼に子爵家のお相手を紹介する。アンダーソン家が先に君を見つけた場合は、俺は君を諦めて、祝い金をアンダーソン家に払う事にした。約束を破れない様に魔法のかかった契約書も作ってるし、相手に文句は言わせない」
「という事は…?」
「言ったろ? 君は婚約解消出来る」

 ミランの言葉を聞いた私は、心配が一つ片付いた気がして、ホッと胸をなでおろした。
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