あなたに未練などありません

風見ゆうみ

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第36話 幸せを感じられる場所

「し、知らない…! 私は何もしていない! そんな嘘をついたらどうなるかわかってるのか!」
「嘘ではありませんし、証拠はあると言っていますでしょう?」

 スノウ様は動揺しているファブロー公爵を鼻で笑った後に続ける。

「ただ、残念ながら、あなたが事故に見せかけて殺した彼女の事件については証拠がつかめていないのですけれど」
「何の話を言っているのかわからん!」

 ファブロー公爵の表情は引きつり、声も上ずっているので何か後ろめたい事があるのは明らかだった。

「その事については、不審死を遂げた記者が証拠をつかんでいた様なので、遺族の了承を得てから、遺品を調べていこうと思っています」
「証拠をつかんでいただと!? そんな訳がない! あの後、ちゃんと調べたんだぞ!」

 ジェレミー殿下の言葉は本当は嘘だった。
 けれど、ミシェルの赤い瞳や、スノウ様の発言に動揺しているファブロー公爵は、そんな事にも気が付かずに、まんまと引っかかってくれた。

「……ちゃんと調べた?」

 ジェレミー殿下が聞き返すと、ファブロー公爵が叫ぶ。

「あの事件に関係している証拠なんてなかったんだ! 周りには口止めもしている! あんなのははったりだ!」
「叔父上、どうしてあなたがそんな事を知ってるんです?」
「……っ!」

 自分がまずい事を口走った事を今になって気付いたみたいで、ファブロー公爵は形成を立て直そうとするためか、踵を返して、この場から去ろうとしたけれど、ミシェルが追いかけていきファブロー公爵の前に回り込むと、うつろな目をして言った。

「わたしは、この方に殺されたんです」

 いつものミシェルの声ではなく低い声だった。
 ゆらゆらと体を横に揺らしながら、ミシェルはファブロー公爵に近付く。

「私を殺すだなんて…。こんな事をする人だからお断りしたんですよ…。どうして、それがわからなかったんです…?」
「ひっ!!」

 ファブロー公爵は悲鳴に近い声を上げてから叫ぶ。

「君が私を選んでいたら、こんな事にならなかったのに…! 君が他の男を選ぶから、他の男のものにするくらいなら、殺してやろうと思ったんだ! 全て君が悪い!!」

 そう言って、ファブロー公爵は我を忘れてしまったのか、ミシェルの首を両手でつかんで締めはじめた。

「ミシェル!」

 彼女を助けようと動いたわたしをジェレミー殿下が手で制してきたので足を止める。

「どうして、死んでまで私を苦しめるんだ! その赤い瞳は私を馬鹿にしているようにしか思えない!」
「叔父上!!」

 ジェレミー殿下が叫び、ミシェルの首を締めていたファブロー公爵の腕を無理やり引き剥がした後、ミシェルに尋ねる。

「大丈夫か…?」

 ミシェルは何度も咳き込みながらも、首を縦に振った。

「……ミシェル、無茶な事をさせてしまってごめんなさい」

 しゃがみこんでいるミシェルの隣にしゃがみ小声で謝ると、ミシェルは笑顔を作って首を横に振ってくれた。

 まさかあそこまで逆上するとは思っていなかった。
 ミシェルを危険な目にあわせてしまった…。

「叔父上、いや、ファブロー公爵を捕まえろ」

 ジェレミー殿下の声が静かになっていた会場内に響き渡った。

「ど、どうして私を捕まえるんだ…!」
「捕まる事をされたからですよ」
「そうです。今、まさに私の娘を殺そうとなさったじゃないですか。捕まらないとでも思っているんですか? 残念ながらこれだけ多くの証人がいるんです。逃げられはしませんよ」

 現れたのはミシェルのお父様であるゲリドン侯爵だった。
 ゲリドン公爵はファブロー公爵が愛した女性と結婚された男性の親友だった。
 2人の死に疑問を感じていて、独自に調べられていたみたいで、今回、わたし達の計画にものってくださった。
 ファブロー公爵家の派閥だったのは、現在のゲリドン侯爵の前の代までだったらしい…というよりかは、親友の死の事もあり、いつかは寝返る事を決めていたようだった。

「くそ、そんな…! そうだ、謝る! 謝ればいいんだろう!? 大体、ミシェル嬢が馬鹿げた真似をするから!」
「その馬鹿げた真似に反応したのは叔父上ですよ」
「そうですわ。それに、あなたの悪事、きちんと暴露させていただきますので、今の内に綺麗な空気をたくさん吸っておいた方がよろしくてよ?」

 スノウ様の言葉を聞いたファブロー公爵の表情が歪んだと同時、彼の両腕はやって来た騎士につかまれた。

「やめろ! はなせ! 私は雇い主なんだぞ!」

 王太子殿下の命令でやって来た騎士に向かって叫んでも無駄だった。

 ファブロー公爵は自分が雇っている騎士達に引きずられ、会場を後にする事になったのだった。






 あの後、パーティーは強制的にお開きとなった。
 その日の主役だったヘイスト様は、わたしに大勢の前でふられた事と、尊敬していた叔父…ではなく、現在の父親が犯罪者だった事を知って呆然となっていたこともあり、パーティーをのんびり続けられる様子でもなかったからだ。

 パーティーの出来事について簡単に説明すると、どうしてスノウ様が出てきてくれたかというと、実は前々からファブロー公爵の事を疑っていて、秘密裏に実家に頼んで調べてもらっていたらしかった。

 離縁した時点で、公表しようかとも考えたけれど、実子であるアーリー様の事を考えると出来なかったらしい。
 けれど、アーリー様が養子に出され、ファブロー公爵家と無関係になったところで、スノウ様の心配事はなくなったらしく、わたし達に協力してくださる事になったのだ。

 ファブロー公爵は警察に連れて行かれ、最初は罪について否定を繰り返していたけれど、記者殺害の実行犯が見つかり、司法取引で実行犯がファブロー公爵に指示されたと証言した為、罪が確定となっただけでなく、スノウ様が調べていてくれた赤い瞳の女性の不審死の事件にも関わっている事がわかり、当たり前だけれど公爵位は剥奪され、灼熱の地域での掘削作業を言い渡された。
 人手が足りないけれど、一般人は来たがらない場所の為、罪人が送られる場所として有名になっているそうで、体力的に、とても厳しいらしく死んだ方がマシだと罪人に思わせられるくらいに辛い環境らしかった。

 ヘイスト様は公爵位はなくなったものの、裏で動いてくれていたゲリドン侯爵家が王家からの褒美として、ヘイスト様への爵位を求め、ヘイスト様は伯爵位をもらう事になり、ミシェルは伯爵家に嫁ぐ事になった。

 ちなみにミシェルの瞳は以前に、ジェレミー殿下が赤い瞳を隠す為に使っていたレンズの赤いものバージョンらしく、あの時、聞かされていなかったわたしが本当に驚いたから、よりリアリティを出せたみたいだった。

 それから約20日経った、ある日の昼下がり。

 雲一つない晴天に恵まれているけれど、日差しも柔らかかったため、城の中庭のガゼボでジェレミー殿下と話をしていた。

「ヘイストは伯爵になってから、周りの人間に色々と怒られる様になったみたいで、今は大人しくなってきている様だね」
「今までは相手が王子だったから言えなかった事がたくさんあったでしょうから、怒られてもしょうがないですね。ミシェルが結婚の準備をすすめているようですが、駄々をこねる様子もないらしいですから、観念したといったところでしょうか」

 今までちやほやされていたヘイスト様だけれど、社交場はお茶会は別として、男性がメインの場だから荒波に飲まれて、少しは成長してほしいと思う。
 そうじゃないと、ミシェルや、彼女達の間にいつか生まれてくる子供が可哀想だもの。

「君はミシェル嬢とヘイストの結婚に夢中なようだけれど、私との結婚は考えてくれているんだよね?」

 密着する形で隣に座っているジェレミー殿下が微笑んで、わたしの顔を覗き込んできた。

「も、もちろんです!」
「じゃあ、私達もそろそろ日取りを決めようか。問題もなくなったし、君の王太子妃教育も進んでいるようだから」
 
 膝の上に置いていた手を握られて、心臓が高鳴る。
 ジェレミー殿下の赤い瞳と目があって、ふと思う。

「わたしとジェレミー殿下の子供ですと、赤い瞳が生まれるんでしょうか?」
「可能性はあるね。でも、私達の子供なら瞳の色なんて関係ないだろう?」
「……はい」

 ジェレミー殿下の顔が近付いてきたので、ゆっくりと目を閉じると、私の唇にジェレミー殿下のそれが触れた。

 このガゼボは、ヘイスト様に婚約破棄された悲しみを思い出す場所だった。

 けれど、今は違う。
 何度も来たくなる場所に変わった。
 約束通り、ジェレミー殿下が幸せを感じられる場所に変えてくれたから――






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お読みいただき、本当にありがとうございました!

胃カメラと大腸カメラを受けるので、ストックの為の執筆を優先しようと思い感想は閉じておりますが、今まで感想いただいた方、お気に入り、しおり、そしてエールを送って下さった方、本当にありがとうございました。

そして、新作「あなたの妃になるのは私ではありません」を投稿開始しました。
ご興味ありましたら、読んでいただけると嬉しいです。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
少しでも楽しんで読んでいただけていたら幸せです。

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