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2 可愛い!
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約2日かけてルシエフ公爵邸に辿り着いた時には、慣れていない長時間の馬車移動のせいで体力はほとんど限界にきていた。
本来ならば昼の間に着く予定だった。
でも、長距離移動に慣れていない私の体調が悪くなったりして、休憩を予定よりも多くとることになってしまった。
だから、予定よりもかなり遅れてしまい、ルシエフ公爵邸に着いた時には日が暮れるどころか、夜中になってしまっていた。
それなのに、使用人だけでなくロード様も起きて待ってくれていて、疲れ切っていた私たちを温かく迎えてくれた。
屋敷の周りは外灯のおかげで明るいけれど、屋敷の中はほとんど明かりがついていないため、馬車の窓から見ただけでは屋敷の全体像がわかりにくかった。
それでも、玄関の二枚扉の大きさから見て、かなり大きな洋館であることはわかった。
馬車から降りてポーチに立つと、扉が開かれ、明るいエントランスホールに招き入れられた。
待っていてくれた大勢の中から、艶のある黒い短めの髪に鳶色の瞳を持つ長身痩躯の男性が出てきて、私に話しかけてくる。
「僕がロード・ルシエフだ。これからよろしく頼む。長旅で疲れているだろうから、今、ここでの挨拶は簡単なものにしておいて、朝に改めて話をしよう。風呂の用意もさせているから、入りたいなら言ってくれ。腹が減っているのであれば胃に優しい食事にはなるが用意してあるから食べてくれ。とにかく眠りたいというのであれば、すぐに部屋に案内させよう」
ロード様はまだ少年のようなあどけなさの残る整った顔立ちの青年だった。
女性の平均身長の高さの私が5センチのヒールを履いているのに、それでもロード様のほうが高いのだから、太平は長身痩躯だ。
ロード様は昔から社交界にあまり顔を出さなかったこともあり、お名前は知っているけれど、顔を合わせるのは今日が初めてだった。
とても温和そうで物腰も柔らかだし、ジーギス殿下と兄弟とは思えないわ。
といっても、ジーギス殿下は側妃の子供でロード様とは腹違いの兄弟になる。
だから、双方がお母様似であれば、全く似ていなくてもおかしくはない。
――こんなことを考えている場合じゃなかったわ。
「はじめまして。ミレニア・エンブルと申します。予定時刻よりもかなり遅れてしまい申し訳ございませんでした。全て私の責任です。連れてきてくださった方には何の落ち度もありません」
予定よりも遅くなったことで、私をここまで連れてきてくれた人が怒られたら大変だと思って伝えると、ロード様は苦笑する。
「遅くなったことを責めてなんかいない。全員が無事にここまで辿り着けたのならそれで良い。ちゃんと、君を迎えに行ってくれた使用人たちには追加で報酬を払うから気にしなくて良い」
「ありがとうございます」
ロード様にお礼を言ったあと、後ろに控えていた御者や付き添ってくれたメイド、騎士たちにも軽く頭を下げた。
2日の間に何度も「ありがとう」と「ごめんなさい」を言い続けていた。
そのせいで、皆には恐縮させてしまったし、最終的には口に出さなくても伝わっているとまで言われてしまっていたから、口にはしなかった。
「さあ、これからどうしたい?」
「どうしたいかですか」
ロード様に尋ねられ、使用人たちの視線が私に集まったことがわかり、少し焦ってしまう。
どう答えることが皆の負担にならないかしら。
夜も遅いし、皆ももう眠りたいわよね。
出来ればお風呂に入りたいけれど言い出しにくい。
悩むくらいなら、このまま部屋まで連れて行ってもらって眠ろうかと考えていると、向こう脛のあたりに軽く何かが当たったような衝撃が走った。
「あ、こら、ハヤテ!」
ロード様の焦る声と同時に、私は自分の足下に目を向ける。
すると、もふもふの小型犬が後ろ足で立ち、ワンピースドレスを着た私の膝に前足をかけていた。
「バウっ!」
小型犬という可愛らしい見た目なのに、鳴き声はとても低かった。
垂れ耳で毛は長くて天然パーマみたいにくるくるしている。
毛の色はゴールドとブラウン、そしてホワイトの3色が混ざっている。
尻尾をお尻ごと振っているみたいに勢いよく左右に動かしていて、とても可愛い
「わ、わ、わ、かわ、可愛い!」
少しだけ前のめりになって右手に拳を作り、犬の鼻先に持っていく。
すると、クンクンクンと匂いをかいだあと、私を見上げて、またパタパタと尻尾をちぎれんばかりに振ってくれた。
大きく口を開けている姿は笑ってくれているみたいで、本当に可愛い。
「すまない。ハヤテはお客様が大好きなんだ。ほら、ハヤテ。ミレニア嬢の服が汚れるから離れるんだ」
「きゅううぅ」
ロード様に抗議するかのように、小型犬は彼のほうに振り返って鳴いた。
「この服は汚れても大丈夫ですから気になさらないでください。ハヤテくんって言うのね。はじめまして、ミレニアよ」
撫でるためにしゃがもうとすると、お尻に何か柔らかいものが触れたので、慌てて後ろを振り返る。
すると、知らない間に白と黒の長い毛を持つ大型犬が真後ろでお座りして、私を見上げていた。
黒と白の長い毛を持ち、耳がピンと立っていて、ハヤテくんの様に激しいアピールはしてこないけれど、優しい目で私を見つめている。
「お尻をぶつけてしまってごめんなさいね」
ハヤテくんを撫でながら大型犬に向かって言うと、言葉の意味はわかっていないだろうけれど、気持ちは伝わったようで尻尾を振ってくれた。
「その子はメルという名前で女の子だ。とても穏やかで賢い。ちゃんと躾けているから、俺や自分たちに危害を加えるような人間以外には噛みつかないから安心してくれ」
「そうなんですね」
小さい頃、お姉様は躾をされていない大型犬に追われたことがあって、その時からお姉様は犬が嫌いだった。
嫌いになる気持ちはわかるから、そのことについては気の毒だとは思うけれど、もし、お姉様が私に会いたいだなんて言い出したら、メルちゃんの話すをすれば諦めてくれるかもしれない。
私はメルちゃんは噛みつかないと知っているけど、お姉様にそれを伝える必要もないし、伝えたとしても怖いものは怖いでしょうしね。
「小型犬ならまだしも、大型犬は無理だという人もいるから、君がどちらも大丈夫で良かったよ」
「大型犬は特に猫と違って、とても大きいですからね」
ロード様と話をしていると、ハヤテくんが自分にもっとかまえと言わんばかりに、ごろんと床に寝転がって、お腹を見せてくれた。
可愛い!
長旅の疲れが一気に吹き飛ぶくらいに癒やされる。
「お客様が来たから目を覚ましたんだろうが、夜遅いから今日はここまでだ」
ロード様がそう言うと、使用人がメルちゃんとハヤテくんを連れて行ってしまった。
名残惜しいと思って、ハヤテくんたちを見つめていると、ロード様が苦笑する。
「これからここに住むんだ。明日から好きなだけ触ればいい。あと、これからの話をしたいんだ。明日、落ち着いたらで良いので声を掛けてくれないか? 明日一日まるまる休みたいというのであれば、明後日でもかまわない」
「大丈夫です! 出来るだけ早くに起きるように致しますので」
「早起きする必要はない。今の時間でも夜中なんだから、ゆっくり眠ればいい。そうだ。犬に触れたし、元気があるなら入浴して寝たほうが良いかもしれないな」
「そうさせていただきます」
ロード様のお言葉に甘えて入浴させてもらうことになり、ロード様とはその場で別れ、入浴前にこれから住むことになる部屋に案内してもらった。
調度品はあまり多くはなかったけれど、ベッドやドレッサー、タンスや本棚など必要なものは揃えてあって、部屋もとても広かった。
突然決まった話だから冷遇されてもおかしくないと思っていたけれど、ロード様も含めて皆が優しいから夢を見ているのではないかと不安になる。
そんなことを思っていたくせに、入浴後はベッドに横になると、気付かない内に眠ってしまっていた。
本来ならば昼の間に着く予定だった。
でも、長距離移動に慣れていない私の体調が悪くなったりして、休憩を予定よりも多くとることになってしまった。
だから、予定よりもかなり遅れてしまい、ルシエフ公爵邸に着いた時には日が暮れるどころか、夜中になってしまっていた。
それなのに、使用人だけでなくロード様も起きて待ってくれていて、疲れ切っていた私たちを温かく迎えてくれた。
屋敷の周りは外灯のおかげで明るいけれど、屋敷の中はほとんど明かりがついていないため、馬車の窓から見ただけでは屋敷の全体像がわかりにくかった。
それでも、玄関の二枚扉の大きさから見て、かなり大きな洋館であることはわかった。
馬車から降りてポーチに立つと、扉が開かれ、明るいエントランスホールに招き入れられた。
待っていてくれた大勢の中から、艶のある黒い短めの髪に鳶色の瞳を持つ長身痩躯の男性が出てきて、私に話しかけてくる。
「僕がロード・ルシエフだ。これからよろしく頼む。長旅で疲れているだろうから、今、ここでの挨拶は簡単なものにしておいて、朝に改めて話をしよう。風呂の用意もさせているから、入りたいなら言ってくれ。腹が減っているのであれば胃に優しい食事にはなるが用意してあるから食べてくれ。とにかく眠りたいというのであれば、すぐに部屋に案内させよう」
ロード様はまだ少年のようなあどけなさの残る整った顔立ちの青年だった。
女性の平均身長の高さの私が5センチのヒールを履いているのに、それでもロード様のほうが高いのだから、太平は長身痩躯だ。
ロード様は昔から社交界にあまり顔を出さなかったこともあり、お名前は知っているけれど、顔を合わせるのは今日が初めてだった。
とても温和そうで物腰も柔らかだし、ジーギス殿下と兄弟とは思えないわ。
といっても、ジーギス殿下は側妃の子供でロード様とは腹違いの兄弟になる。
だから、双方がお母様似であれば、全く似ていなくてもおかしくはない。
――こんなことを考えている場合じゃなかったわ。
「はじめまして。ミレニア・エンブルと申します。予定時刻よりもかなり遅れてしまい申し訳ございませんでした。全て私の責任です。連れてきてくださった方には何の落ち度もありません」
予定よりも遅くなったことで、私をここまで連れてきてくれた人が怒られたら大変だと思って伝えると、ロード様は苦笑する。
「遅くなったことを責めてなんかいない。全員が無事にここまで辿り着けたのならそれで良い。ちゃんと、君を迎えに行ってくれた使用人たちには追加で報酬を払うから気にしなくて良い」
「ありがとうございます」
ロード様にお礼を言ったあと、後ろに控えていた御者や付き添ってくれたメイド、騎士たちにも軽く頭を下げた。
2日の間に何度も「ありがとう」と「ごめんなさい」を言い続けていた。
そのせいで、皆には恐縮させてしまったし、最終的には口に出さなくても伝わっているとまで言われてしまっていたから、口にはしなかった。
「さあ、これからどうしたい?」
「どうしたいかですか」
ロード様に尋ねられ、使用人たちの視線が私に集まったことがわかり、少し焦ってしまう。
どう答えることが皆の負担にならないかしら。
夜も遅いし、皆ももう眠りたいわよね。
出来ればお風呂に入りたいけれど言い出しにくい。
悩むくらいなら、このまま部屋まで連れて行ってもらって眠ろうかと考えていると、向こう脛のあたりに軽く何かが当たったような衝撃が走った。
「あ、こら、ハヤテ!」
ロード様の焦る声と同時に、私は自分の足下に目を向ける。
すると、もふもふの小型犬が後ろ足で立ち、ワンピースドレスを着た私の膝に前足をかけていた。
「バウっ!」
小型犬という可愛らしい見た目なのに、鳴き声はとても低かった。
垂れ耳で毛は長くて天然パーマみたいにくるくるしている。
毛の色はゴールドとブラウン、そしてホワイトの3色が混ざっている。
尻尾をお尻ごと振っているみたいに勢いよく左右に動かしていて、とても可愛い
「わ、わ、わ、かわ、可愛い!」
少しだけ前のめりになって右手に拳を作り、犬の鼻先に持っていく。
すると、クンクンクンと匂いをかいだあと、私を見上げて、またパタパタと尻尾をちぎれんばかりに振ってくれた。
大きく口を開けている姿は笑ってくれているみたいで、本当に可愛い。
「すまない。ハヤテはお客様が大好きなんだ。ほら、ハヤテ。ミレニア嬢の服が汚れるから離れるんだ」
「きゅううぅ」
ロード様に抗議するかのように、小型犬は彼のほうに振り返って鳴いた。
「この服は汚れても大丈夫ですから気になさらないでください。ハヤテくんって言うのね。はじめまして、ミレニアよ」
撫でるためにしゃがもうとすると、お尻に何か柔らかいものが触れたので、慌てて後ろを振り返る。
すると、知らない間に白と黒の長い毛を持つ大型犬が真後ろでお座りして、私を見上げていた。
黒と白の長い毛を持ち、耳がピンと立っていて、ハヤテくんの様に激しいアピールはしてこないけれど、優しい目で私を見つめている。
「お尻をぶつけてしまってごめんなさいね」
ハヤテくんを撫でながら大型犬に向かって言うと、言葉の意味はわかっていないだろうけれど、気持ちは伝わったようで尻尾を振ってくれた。
「その子はメルという名前で女の子だ。とても穏やかで賢い。ちゃんと躾けているから、俺や自分たちに危害を加えるような人間以外には噛みつかないから安心してくれ」
「そうなんですね」
小さい頃、お姉様は躾をされていない大型犬に追われたことがあって、その時からお姉様は犬が嫌いだった。
嫌いになる気持ちはわかるから、そのことについては気の毒だとは思うけれど、もし、お姉様が私に会いたいだなんて言い出したら、メルちゃんの話すをすれば諦めてくれるかもしれない。
私はメルちゃんは噛みつかないと知っているけど、お姉様にそれを伝える必要もないし、伝えたとしても怖いものは怖いでしょうしね。
「小型犬ならまだしも、大型犬は無理だという人もいるから、君がどちらも大丈夫で良かったよ」
「大型犬は特に猫と違って、とても大きいですからね」
ロード様と話をしていると、ハヤテくんが自分にもっとかまえと言わんばかりに、ごろんと床に寝転がって、お腹を見せてくれた。
可愛い!
長旅の疲れが一気に吹き飛ぶくらいに癒やされる。
「お客様が来たから目を覚ましたんだろうが、夜遅いから今日はここまでだ」
ロード様がそう言うと、使用人がメルちゃんとハヤテくんを連れて行ってしまった。
名残惜しいと思って、ハヤテくんたちを見つめていると、ロード様が苦笑する。
「これからここに住むんだ。明日から好きなだけ触ればいい。あと、これからの話をしたいんだ。明日、落ち着いたらで良いので声を掛けてくれないか? 明日一日まるまる休みたいというのであれば、明後日でもかまわない」
「大丈夫です! 出来るだけ早くに起きるように致しますので」
「早起きする必要はない。今の時間でも夜中なんだから、ゆっくり眠ればいい。そうだ。犬に触れたし、元気があるなら入浴して寝たほうが良いかもしれないな」
「そうさせていただきます」
ロード様のお言葉に甘えて入浴させてもらうことになり、ロード様とはその場で別れ、入浴前にこれから住むことになる部屋に案内してもらった。
調度品はあまり多くはなかったけれど、ベッドやドレッサー、タンスや本棚など必要なものは揃えてあって、部屋もとても広かった。
突然決まった話だから冷遇されてもおかしくないと思っていたけれど、ロード様も含めて皆が優しいから夢を見ているのではないかと不安になる。
そんなことを思っていたくせに、入浴後はベッドに横になると、気付かない内に眠ってしまっていた。
応援ありがとうございます!
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