【完結】お姉様ごめんなさい。幸せになったのは私でした

風見ゆうみ

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9   愚兄との戦い ①

 アシュと話をした二日後、夕食を終えて部屋に戻ったファリアーナは、ソファに倒れ込むようにして座り、クッションを抱きしめて大きく息を吐いた。

 今日は社交界のマナーの勉強の日で、ファリアーナは講師であるサシャ・イクフェ侯爵令嬢とお茶会のシミュレーションも兼ねて雑談をしていた。
 その際に、アシュとの噂についての抗議を、ファリアーナの実家とロヴァンスに入れ、謝罪と慰謝料を要求したと聞かされた。

 ロヴァンスはすぐさま対応したようだが、ファリアーナの実家が渋っていたため、5日待っても連絡がなければ、サシャの婚約者が実家に行くという話だった。

(お父様たちは、サシャ様とアシュ様が結婚するだなんて、嘘の噂を社交界に流してどうするつもりだったのかしら。そんなに、私とアシュ様の結婚がありえなかったの?)

 そう考えた時、ファリアーナの胃がキリリと痛んだ。家族のことを思い出すと、彼女は胃の痛みと倦怠感に悩まされる。

 今までは家にいても心安らぐ時間はほとんどなかった。シルフィーナは機嫌が悪くなれば、たとえ夜中であろうが、ファリアーナの所へやって来て苛立ちをぶつけてきたからだ。

(そういえば、お兄様はお姉様のやることは何でも許していた。血が繋がっているならば、シスコンで通ったかもしれないけれど、二人の血は繋がっていない。安全圏にいる今となっては怪しく感じてしまうわ)

 シルフィーナの容姿は整っている。兄も年ごろの男性なのだ。彼女に恋に落ちていてもおかしくない。そう考えるファリアーナの予想は当たっていた。そして、兄の愛情がシルフィーナを増長させていたのだ。

 眠気が襲ってきたので、ベッドの上に横になり、昨日から置かれている猫と犬のぬいぐるみを手に取る。
 オーダーメイドなのか、猫の目はファリアーナ、犬の目はアシュの瞳の色だった。

 猫はちょうど胸に抱えられるくらいで、犬は抱き枕に近い大きさだ。
 なぜ置かれているのか理由は聞いていないが、自分が寂しがらないように置いてくれているのだろうと、ファリアーナは勝手に判断していた。
 犬のぬいぐるみを抱きしめ、部屋の明かりを消そうとした時、誰かの怒鳴り声が彼女の耳に届いた。

 レイン公爵邸の周りに民家などはない。静けさに包まれているとはいえ、人の話し声くらいであれば、屋敷内まで聞こえることはない。

 窓に近寄って外を見てみると、門の付近でランタンのものらしい明かりが揺れていた。窓を開けると、声がはっきりと聞こえてくる。

「ファリアーナを出せと言っているんだ! このクソ野郎! 俺を誰だと思っているんだ! ソーダ伯爵家の嫡男だぞ!」
「……そんな」

 兄の声だとわかった瞬間、ファリアーナは恐怖で身がすくんだ。その場にしゃがみこもうとした時、彼女はアシュの言葉を思い出した。

『君自身が自分を好きだと言えるような人になってくれたらいいと僕は思う』

(そうよ。私は自分自身を好きになると決めたの。お兄様に負けたりしない!)

 ファリアーナは自分の両頬を手で打つと、ショールを羽織って部屋の外に出た。ちょうど同じタイミングでアシュも部屋から出てきたため、二人は同時に動きを止める。

 先に口を開いたのはアシュだった。

「ファリアーナ、君は行かなくてもいい」
「お願いです。行かせてください」
「……無理しなくても」
「今までの私は一人ぼっちでした。でも、今の私は一人じゃありません。それだけで強くなれます」

 どんと胸を叩いてみせると、アシュは口元に笑みを浮かべる。

「そうか。じゃあ、一緒に行かせてほしい」
「……」

『一緒に行く』ではなく『行かせてほしい』という言葉が、なぜかファリアーナの心に響いた。

「はい! よろしくお願いします!」

 この日、生まれて初めてファリアーナは、兄と戦うことを決めたのだった。

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