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18 義母の暴挙
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私の実家に行くというフェリックス様を見送った日の2日後、義母がエイト公爵邸に使用人と共に訪ねてきた。
膝の痛みはマシにはなったものの、歩けば痛むのでエントランスホールまで出迎えには行かず、応接室で待たせてもらった。
義母が険しい顔で応接室に入ってくると、私とトーマツ先生は立ち上がって頭を下げた。
メイドがお茶を淹れて出て行ったあと、早速、義母が話し始める。
「シェリルさん。裁判の件なんだけど、訴えを取り下げてもらえないかしら」
「離婚していただけるのであれば、和解という方法を取らせていただきます」
私の代わりにトーマツ先生が応えた。
裁判に関わることについては、私に話しかけてきていても、トーマツ先生が話してくれることになっていた。
「あなたにお話をしているわけではないのですが」
「私は交渉代理人としてここにおりますので、裁判の話は私がお聞きします」
「そういうことですか。では、ここだけの話でお願いしたいのですが」
そう前置きして、義母は持っていたポーチの中から札束を取り出し、無垢材のローテーブルの上に置いた。
「これで勘弁していただけないかしら」
義母はトーマツ先生を買収しようとしているようだった。
黙って見守っていると、トーマツ先生は笑顔で応える。
「ここだけの話ということですので言わせていただきますが、私はエイト公爵家の専属の交渉代理人です。お金には困っておりません」
エイト公爵家と契約している間は、特に仕事がなかったとしても、毎月の給料は支払われていると聞いている。
相談料や裁判の時などは追加報酬になる。
だから、トーマツ先生がお金に流されるはずがない。
「空気を読めば、私が何を言おうとしているかわかるでしょうに」
義母はプライドを傷付けられたと思ったのか、不満そうに眉根を寄せたあと、現金の束をポーチの中に戻した。
それを確認してから、私が義母に話しかける。
「お話は終わりということでよろしいでしょうか」
「待って。シェリルさん、心からあなたにお願いするわ。ロンはあなたのことを本当に愛していると言っているのよ。あんなことをしたのもあなたのためよ。だから許してあげてくれないかしら」
どうしてそんなことが言えるのかわからない。
義母の頭の中はロン様が幸せになることしかないらしい。
自分が同じ立場になればどう思うか、考えたこともないのでしょうね。
それとも母親になると、こうなるものなの?
「許すことはできません。それに、私が出て行ってからもミシェルと密会していたと聞いています。ロン様は反省する気などないでしょう」
「あなたが家を出て行って裁判を起こすと聞いてから、ロンはほとんど食事もしていないし、夜も眠れていないのよ」
「私を部屋に軟禁している間は、お水しかくれませんでしたよね」
「それはそれよ。あれはあなたへの罰としてやったことなんだから別物だわ」
ちらりとトーマツ先生のほうを見ると、頷いてから義母に話しかける。
「あなたはシェリル様を軟禁していたことは認めるのですね」
「そ、それは、軟禁というか、悪いことをした者への罰でしょう!」
義母は焦りの色を見せて叫んだ。
「もう一度言いますが、私はロン様を許すなんてできません。私と別れて妹と一緒になるほうがロン様のためにもなるのです。どうして、そうしようというお考えにならないのですか?」
「そうじゃないわ。世間体のことを考えてみなさい? 妻の妹とそんな関係になっただなんて世間に知られたら大変よ。あなただって恥ずかしい思いをするわよ」
「恥ずかしい思いをしたって構いません。それくらいに私はロン様と離婚したいんです」
「いい加減になさい!」
義母はテーブルに置かれていたティーカップを持って立ち上がった。
そして、怒りに任せて中身を私に向かってぶちまけた。
一瞬の出来事だったので呆然としていると、ポタポタと髪から落ちていたお茶の雫は、いつしか肌を伝って流れ落ちていくものに変わった。
私の中に生まれた感情はショックだとか腹が立つとか、そういう感情ではなく、ただ呆れてしまっただけだった。
「なんてことを!」
トーマツ先生が抗議の声を上げて立ち上がった。
「手が滑ったのよ!」
「そんな言い訳が通じるわけがないでしょう!」
「……先生、もう話を終わらせます」
顔に流れ落ちてきたお茶の雫をハンカチで拭いてから言うと、先生は静かに腰を下ろした。
「パトロア様」
書類上はそうだから呼んでいたけれど、お義母様と呼ぶことはもうやめる。
パトロア様はふんと鼻を鳴らして尋ねてくる。
「……目が覚めたのかしら」
「そうですね。私は本当に考えが甘かったのだと気付きました」
髪の毛からまたお茶が顔に滴り落ちた。
普通ではない状況だけれど、平静を保って微笑んでみせる。
だって、他人の目の前でこんなことをしてくれたんだもの。
離婚できる材料が増えたわ。
「やはり離婚するしかありませんわね。カッとなってお茶をかけてくる義母なんていりませんから」
「なんですって!?」
パトロア様は顔を真っ赤にして、私を睨みつけてきたのだった。
※
次の話はミシェル視点です。
膝の痛みはマシにはなったものの、歩けば痛むのでエントランスホールまで出迎えには行かず、応接室で待たせてもらった。
義母が険しい顔で応接室に入ってくると、私とトーマツ先生は立ち上がって頭を下げた。
メイドがお茶を淹れて出て行ったあと、早速、義母が話し始める。
「シェリルさん。裁判の件なんだけど、訴えを取り下げてもらえないかしら」
「離婚していただけるのであれば、和解という方法を取らせていただきます」
私の代わりにトーマツ先生が応えた。
裁判に関わることについては、私に話しかけてきていても、トーマツ先生が話してくれることになっていた。
「あなたにお話をしているわけではないのですが」
「私は交渉代理人としてここにおりますので、裁判の話は私がお聞きします」
「そういうことですか。では、ここだけの話でお願いしたいのですが」
そう前置きして、義母は持っていたポーチの中から札束を取り出し、無垢材のローテーブルの上に置いた。
「これで勘弁していただけないかしら」
義母はトーマツ先生を買収しようとしているようだった。
黙って見守っていると、トーマツ先生は笑顔で応える。
「ここだけの話ということですので言わせていただきますが、私はエイト公爵家の専属の交渉代理人です。お金には困っておりません」
エイト公爵家と契約している間は、特に仕事がなかったとしても、毎月の給料は支払われていると聞いている。
相談料や裁判の時などは追加報酬になる。
だから、トーマツ先生がお金に流されるはずがない。
「空気を読めば、私が何を言おうとしているかわかるでしょうに」
義母はプライドを傷付けられたと思ったのか、不満そうに眉根を寄せたあと、現金の束をポーチの中に戻した。
それを確認してから、私が義母に話しかける。
「お話は終わりということでよろしいでしょうか」
「待って。シェリルさん、心からあなたにお願いするわ。ロンはあなたのことを本当に愛していると言っているのよ。あんなことをしたのもあなたのためよ。だから許してあげてくれないかしら」
どうしてそんなことが言えるのかわからない。
義母の頭の中はロン様が幸せになることしかないらしい。
自分が同じ立場になればどう思うか、考えたこともないのでしょうね。
それとも母親になると、こうなるものなの?
「許すことはできません。それに、私が出て行ってからもミシェルと密会していたと聞いています。ロン様は反省する気などないでしょう」
「あなたが家を出て行って裁判を起こすと聞いてから、ロンはほとんど食事もしていないし、夜も眠れていないのよ」
「私を部屋に軟禁している間は、お水しかくれませんでしたよね」
「それはそれよ。あれはあなたへの罰としてやったことなんだから別物だわ」
ちらりとトーマツ先生のほうを見ると、頷いてから義母に話しかける。
「あなたはシェリル様を軟禁していたことは認めるのですね」
「そ、それは、軟禁というか、悪いことをした者への罰でしょう!」
義母は焦りの色を見せて叫んだ。
「もう一度言いますが、私はロン様を許すなんてできません。私と別れて妹と一緒になるほうがロン様のためにもなるのです。どうして、そうしようというお考えにならないのですか?」
「そうじゃないわ。世間体のことを考えてみなさい? 妻の妹とそんな関係になっただなんて世間に知られたら大変よ。あなただって恥ずかしい思いをするわよ」
「恥ずかしい思いをしたって構いません。それくらいに私はロン様と離婚したいんです」
「いい加減になさい!」
義母はテーブルに置かれていたティーカップを持って立ち上がった。
そして、怒りに任せて中身を私に向かってぶちまけた。
一瞬の出来事だったので呆然としていると、ポタポタと髪から落ちていたお茶の雫は、いつしか肌を伝って流れ落ちていくものに変わった。
私の中に生まれた感情はショックだとか腹が立つとか、そういう感情ではなく、ただ呆れてしまっただけだった。
「なんてことを!」
トーマツ先生が抗議の声を上げて立ち上がった。
「手が滑ったのよ!」
「そんな言い訳が通じるわけがないでしょう!」
「……先生、もう話を終わらせます」
顔に流れ落ちてきたお茶の雫をハンカチで拭いてから言うと、先生は静かに腰を下ろした。
「パトロア様」
書類上はそうだから呼んでいたけれど、お義母様と呼ぶことはもうやめる。
パトロア様はふんと鼻を鳴らして尋ねてくる。
「……目が覚めたのかしら」
「そうですね。私は本当に考えが甘かったのだと気付きました」
髪の毛からまたお茶が顔に滴り落ちた。
普通ではない状況だけれど、平静を保って微笑んでみせる。
だって、他人の目の前でこんなことをしてくれたんだもの。
離婚できる材料が増えたわ。
「やはり離婚するしかありませんわね。カッとなってお茶をかけてくる義母なんていりませんから」
「なんですって!?」
パトロア様は顔を真っ赤にして、私を睨みつけてきたのだった。
※
次の話はミシェル視点です。
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