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10 妻を抱かない夫
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エイト公爵家は王都にあり、別邸から馬車では3日以上かかる場所にある。
普段は4日かけて向かっているらしいのだけれど、知らない場所では眠れないというミオ様のために配慮し、3日目の夕方に公爵邸に着いた。
早くに着いたのはいいものの、ハードスケジュールだったため、公爵邸に着いた時には二人共フラフラになっていた。
「二人共、顔色が悪いわ! 挨拶はいいから休みなさい!」
水色の髪をハーフアップにした、フェリックス様を思い出させる綺麗な顔立ちのエイト公爵夫人は、慌てた声でそう言って、メイドに私たちをそれぞれの部屋に案内するように指示した。
「シェリル、少し休んでから会いましょう」
「ミオ様、無理をさせてしまって申し訳ございませんでした」
「何を言っているんですの。無理をさせたのは私のほうですわ!」
立っているのも辛そうなミオ様が侍女と共に歩いていくのを見送ったあと、私はエイト公爵夫人に声をかける。
「何日間かお世話になります。早速、お気遣いいただいたことは大変ありがたく思っております。ですが、私のほうは話ができる状態にありますので、いつでもお呼びください」
「……休んでからで良いと言いたいところだけれど、落ち着いて休めるわけないわよね」
エイト公爵夫人は眉尻を下げて言うと、私に話しかけてくる。
「主人は今、手がはなせないみたいだから、先に私にだけ話をしてくれないかしら。あなたからミオに話をしてくれているとは思うけれど、既婚者だからこそ話せることもあるかと思うの」
エイト公爵夫人は子育ても経験された既婚者なので、ミオ様にはわからない性の話もわかってくれるだろうと思い、お言葉に甘えることにした。
正直、公爵閣下の前では、その話をしにくいことでもあったので助かった。
その後、談話室に向かう途中で、エイト公爵夫人をセレナ様と、公爵閣下をレファルド様と呼ぶように命じられた。
談話室に入り、メイドがお茶を淹れて出ていったあとに、話を始めた。
大体の話はミオ様がしてくれていたので割愛させてもらい、ミオ様が理解しにくそうだった話をセレナ様にしてみる。
「そういう経験が初めての人を面倒だと思う男性もいると聞いたことがあるのですが、私の夫の場合もそれに当たるのでしょうか」
「そんな人ばかりじゃないと思うわ。初めてだからこそ嬉しいと思う男性もいるはずよ。こんなことを言うのも何だけれど、私の夫はそのタイプだし、フェリックスも考え方は同じだと思うわ」
「では、私の夫は私のためだと言いながら、本当は初夜を面倒だと思っていたのでしょうか」
「話を聞いている限り、面倒だと思っているとは思えないわね。どうしてそんな愛し方になるのかは理解できないけれど、あなたのことを本当に愛しているのは確かだと思うわ」
向かい側に座っているセレナ様は、眉をひそめて言った。
「両親は愛してくれる人の元に帰れと言ってきています。でも、私はどうしても夫が許せません。ミシェルと体の関係を結ぶだなんて! どうしてそんなことになる前に私に話をしてくれなかったのでしょうか」
「……考えられることはあるけれど、ここは男性の意見も聞いてみましょう」
セレナ様が扉のほうに顔を向けたと同時に扉がノックされた。
返事の後に部屋に入ってきたのは、長身痩躯の美形の男性だった。
黒い短髪の髪に赤い瞳を持ち、目は少し吊り上がり気味で冷たい印象を受ける。
レファルド様がセレナ様の隣に座る前に、私は立ち上がってカーテシーをする。
「お初にお目にかかります。シェリル・エルンベルと申します。閣下にお会いできて光栄です」
「シェリルさん、閣下じゃなくてレファルドよ」
セレナ様に笑顔で注意されたので、慌てて言い直す。
「失礼いたしました。レファルド様にお会いできて光栄です」
「エイト公爵邸にようこそ。君の話は色々と聞いている。楽にしなさい」
「ありがとうございます」
ソファに座り直すと、早速、セレナ様が尋ねる。
「ねえ、あなた。リグマ伯爵はどう考えていると思う?」
「何の話だ」
「女性の初めてをもらう気持ちって、男性側からすればどんなものかしら」
「……人によるだろう」
「すべての男性が初めての女性を面倒だと思うなんてことはありえないわよね?」
「当たり前だろう。特に貴族の場合は、夫になる人のために初めてを守ってくれる女性が多いんだから、夫側だって嬉しいはずだ」
レファルド様の話を聞いたら、ますますロン様の考えていることがわからない。
だから、レファルド様に聞いてみる。
「愛している女性が他の男性の腕に抱かれることは平気なんでしょうか」
「そんなわけないだろう。想像するだけで相手を殺したくなる」
「あなた、私が浮気をしただけかもしれないわよ」
「君は浮気はしない」
エイト公爵夫妻がこんな素敵な関係だったなんて知らなかったわ。
私も、ロン様とこんな風になりたかった。
でも、もう無理ね。
「シェリル嬢、リグマ伯爵の考えていることはよくわからない。だが、彼は抱けないんじゃなくて抱かないんだ」
「そうですね。私の妹のことは抱けるようですから」
「嫌なことを言うが、リグマ伯爵は君が出て行った次の日に、ミシェル嬢と路地で関係を結んでいる」
「……気持ち悪い。どうしてそんなことをするんでしょうか」
「体と心が別物になっているんだろう」
レファルド様が鼻で笑った。
「あの、ミシェルと関係を持っていた件ですが、裁判の際には目撃された方に証言していただくことは可能でしょうか」
「もちろんだ」
レファルド様の横で、セレナ様が両手に拳を作って話しかけてくる。
「同じ女性として、リグマ伯爵のことは許せません。シェリルさんが無事に離婚できるように力を貸すわ」
「ありがとうございます。お気持ちはとても嬉しいのですが、私はフェリックス様に不義理なことをしておりますから」
フェリックス様はこのことを知ったら、きっと不快に思うはずだわ。
「フェリックスにはまだ伝えていないんだな?」
「あの子が嫌いなパーティーに急遽向かわせたから話す機会がなかったの」
「わざとだろう」
「ええ。でも、仮面は付けるなと伝えたわ」
エイト公爵夫妻の会話を聞いて、パーティーと仮面という言葉が気になった。
「あの、パーティーというのはどちらで行われるパーティーでしょうか。それに仮面というのは?」
「パーティーはシェリルさんが予想しているところで、仮面は顔を火傷したことになっているから、顔を隠すために付けていたのよ」
セレナ様は微笑んで話を続ける。
「顔に火傷をしたことは確かだけど、額の部分だし、髪で隠せるくらいなの。とある理由でフェリックスは大怪我だというふりをしていたのよ」
「ということは、今日、行われるパーティーではそれが嘘だとわかってしまうのではないですか?」
「それで良いのよ。ミシェルさんの悔しがる顔が見れないのは残念だけれど」
ミシェルはフェリックス様の外見に夢中だった。
ということは、セレナ様の言う通り、ミシェルはそれはもう悔しがるんでしょうね。
※
次の話はミシェル視点になります。
普段は4日かけて向かっているらしいのだけれど、知らない場所では眠れないというミオ様のために配慮し、3日目の夕方に公爵邸に着いた。
早くに着いたのはいいものの、ハードスケジュールだったため、公爵邸に着いた時には二人共フラフラになっていた。
「二人共、顔色が悪いわ! 挨拶はいいから休みなさい!」
水色の髪をハーフアップにした、フェリックス様を思い出させる綺麗な顔立ちのエイト公爵夫人は、慌てた声でそう言って、メイドに私たちをそれぞれの部屋に案内するように指示した。
「シェリル、少し休んでから会いましょう」
「ミオ様、無理をさせてしまって申し訳ございませんでした」
「何を言っているんですの。無理をさせたのは私のほうですわ!」
立っているのも辛そうなミオ様が侍女と共に歩いていくのを見送ったあと、私はエイト公爵夫人に声をかける。
「何日間かお世話になります。早速、お気遣いいただいたことは大変ありがたく思っております。ですが、私のほうは話ができる状態にありますので、いつでもお呼びください」
「……休んでからで良いと言いたいところだけれど、落ち着いて休めるわけないわよね」
エイト公爵夫人は眉尻を下げて言うと、私に話しかけてくる。
「主人は今、手がはなせないみたいだから、先に私にだけ話をしてくれないかしら。あなたからミオに話をしてくれているとは思うけれど、既婚者だからこそ話せることもあるかと思うの」
エイト公爵夫人は子育ても経験された既婚者なので、ミオ様にはわからない性の話もわかってくれるだろうと思い、お言葉に甘えることにした。
正直、公爵閣下の前では、その話をしにくいことでもあったので助かった。
その後、談話室に向かう途中で、エイト公爵夫人をセレナ様と、公爵閣下をレファルド様と呼ぶように命じられた。
談話室に入り、メイドがお茶を淹れて出ていったあとに、話を始めた。
大体の話はミオ様がしてくれていたので割愛させてもらい、ミオ様が理解しにくそうだった話をセレナ様にしてみる。
「そういう経験が初めての人を面倒だと思う男性もいると聞いたことがあるのですが、私の夫の場合もそれに当たるのでしょうか」
「そんな人ばかりじゃないと思うわ。初めてだからこそ嬉しいと思う男性もいるはずよ。こんなことを言うのも何だけれど、私の夫はそのタイプだし、フェリックスも考え方は同じだと思うわ」
「では、私の夫は私のためだと言いながら、本当は初夜を面倒だと思っていたのでしょうか」
「話を聞いている限り、面倒だと思っているとは思えないわね。どうしてそんな愛し方になるのかは理解できないけれど、あなたのことを本当に愛しているのは確かだと思うわ」
向かい側に座っているセレナ様は、眉をひそめて言った。
「両親は愛してくれる人の元に帰れと言ってきています。でも、私はどうしても夫が許せません。ミシェルと体の関係を結ぶだなんて! どうしてそんなことになる前に私に話をしてくれなかったのでしょうか」
「……考えられることはあるけれど、ここは男性の意見も聞いてみましょう」
セレナ様が扉のほうに顔を向けたと同時に扉がノックされた。
返事の後に部屋に入ってきたのは、長身痩躯の美形の男性だった。
黒い短髪の髪に赤い瞳を持ち、目は少し吊り上がり気味で冷たい印象を受ける。
レファルド様がセレナ様の隣に座る前に、私は立ち上がってカーテシーをする。
「お初にお目にかかります。シェリル・エルンベルと申します。閣下にお会いできて光栄です」
「シェリルさん、閣下じゃなくてレファルドよ」
セレナ様に笑顔で注意されたので、慌てて言い直す。
「失礼いたしました。レファルド様にお会いできて光栄です」
「エイト公爵邸にようこそ。君の話は色々と聞いている。楽にしなさい」
「ありがとうございます」
ソファに座り直すと、早速、セレナ様が尋ねる。
「ねえ、あなた。リグマ伯爵はどう考えていると思う?」
「何の話だ」
「女性の初めてをもらう気持ちって、男性側からすればどんなものかしら」
「……人によるだろう」
「すべての男性が初めての女性を面倒だと思うなんてことはありえないわよね?」
「当たり前だろう。特に貴族の場合は、夫になる人のために初めてを守ってくれる女性が多いんだから、夫側だって嬉しいはずだ」
レファルド様の話を聞いたら、ますますロン様の考えていることがわからない。
だから、レファルド様に聞いてみる。
「愛している女性が他の男性の腕に抱かれることは平気なんでしょうか」
「そんなわけないだろう。想像するだけで相手を殺したくなる」
「あなた、私が浮気をしただけかもしれないわよ」
「君は浮気はしない」
エイト公爵夫妻がこんな素敵な関係だったなんて知らなかったわ。
私も、ロン様とこんな風になりたかった。
でも、もう無理ね。
「シェリル嬢、リグマ伯爵の考えていることはよくわからない。だが、彼は抱けないんじゃなくて抱かないんだ」
「そうですね。私の妹のことは抱けるようですから」
「嫌なことを言うが、リグマ伯爵は君が出て行った次の日に、ミシェル嬢と路地で関係を結んでいる」
「……気持ち悪い。どうしてそんなことをするんでしょうか」
「体と心が別物になっているんだろう」
レファルド様が鼻で笑った。
「あの、ミシェルと関係を持っていた件ですが、裁判の際には目撃された方に証言していただくことは可能でしょうか」
「もちろんだ」
レファルド様の横で、セレナ様が両手に拳を作って話しかけてくる。
「同じ女性として、リグマ伯爵のことは許せません。シェリルさんが無事に離婚できるように力を貸すわ」
「ありがとうございます。お気持ちはとても嬉しいのですが、私はフェリックス様に不義理なことをしておりますから」
フェリックス様はこのことを知ったら、きっと不快に思うはずだわ。
「フェリックスにはまだ伝えていないんだな?」
「あの子が嫌いなパーティーに急遽向かわせたから話す機会がなかったの」
「わざとだろう」
「ええ。でも、仮面は付けるなと伝えたわ」
エイト公爵夫妻の会話を聞いて、パーティーと仮面という言葉が気になった。
「あの、パーティーというのはどちらで行われるパーティーでしょうか。それに仮面というのは?」
「パーティーはシェリルさんが予想しているところで、仮面は顔を火傷したことになっているから、顔を隠すために付けていたのよ」
セレナ様は微笑んで話を続ける。
「顔に火傷をしたことは確かだけど、額の部分だし、髪で隠せるくらいなの。とある理由でフェリックスは大怪我だというふりをしていたのよ」
「ということは、今日、行われるパーティーではそれが嘘だとわかってしまうのではないですか?」
「それで良いのよ。ミシェルさんの悔しがる顔が見れないのは残念だけれど」
ミシェルはフェリックス様の外見に夢中だった。
ということは、セレナ様の言う通り、ミシェルはそれはもう悔しがるんでしょうね。
※
次の話はミシェル視点になります。
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