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19 心が綺麗な友人
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その後、パトロア様は私に暴言を吐いて、勝手に部屋を出て行った。
一瞬、後を追うべきか迷ったけれど、部屋の前には騎士やエイト公爵家のメイドがいるから、一人にはならないだろうと思って放っておいた。
「シェリル様、火傷はされていませんか」
「冷めていましたから大丈夫です。それよりも先生にはかかりませんでしたか?」
「私は問題ありません」
先生はすぐにメイドを中に呼び入れてくれてから謝ってくる。
「前回の時といい、お役に立てずに申し訳ございません」
「前回の時というのは、いつのことでしょうか」
「裁判所でのことです。シェリル様が馬車に乗り込むまで私が付いておくべきでした」
「そんな! 気にしないでください。それに、あの場に先生がいたら、先生も危なかったと思います」
話をしている途中で、入ってきたメイドが私の様子を見て悲鳴を上げたので話は中断された。
体や髪を洗うことになり、先生をお見送りしようとすると、先生は別れ際にこう言った。
「離婚が認められる理由に家庭内暴力も該当します。軟禁の話や先程の出来事は、私が証言します。絶対に勝ちましょう」
お茶をかけられたのは初めてだけど、日常茶飯事で行われていた可能性があると押していくつもりなのかもしれない。
軟禁していたという本人の証言もあるから助かるわ。
「はい。よろしくお願いいたします。絶対に私はロン様と離婚します」
宣言すると、先生は大きく頷いたあとエイト公爵邸を去っていった。
*****
次の日、示談になったサンニ子爵家から慰謝料の支払いがあった。
その時にミシェルはデイクスの件を知ってから実家に帰ってしまっているのだと聞いた。
ミシェルは自分が離婚する口実を作るために、デイクスに私を襲わせようとした。
ミシェルがここまでするとは、正直思っていなかった。
やるとしても意地悪程度のことだろうと思っていた。
彼女もそれだけ本気なのかもしれないけれど、やったことは犯罪だ。
それ相応の覚悟をしてもらわなければならない。
エイト公爵邸に両親と共に訪ねてきたデイクスは余程恐ろしい目に遭ったようで、私と顔を合わせるなり、額を床にこすりつけて謝罪してきた。
ミシェルから言われたとはいえ、やってはいけないことをしたのだと反省している様子だった。
「あんな恐怖をあなたに与えようとしていたことを、本当にお詫びいたします。そして、社会的に僕を生かしてくれたことに感謝いたします」
デイクスはそう言うと、大粒の涙を流した。
彼を刑事罰に問わなかったのは、個人的な理由がある。
私は貞操は守られたから、この判断ができた。
自分のためなのだから、感謝されるものではない。
一生、その痛みを忘れないでほしいとは思う。
サンニ子爵夫妻からはデイクスに何をしたのか聞かれた。
でも、私の口からは言えなかった。
デイクスは両親に知られたくないから言わないのでしょうし、私が簡単に口にする出来事でもないと思った。
「ミシェルは息子の結婚相手にはふさわしくありません。いつかは息子を彼女と離婚させて、新たな妻を娶る、もしくは跡継ぎのための養子を迎えたいと思うのですが……」
「一生、離婚するなとは言いません。でも、私の離婚が成立するまで待ってほしいのです」
「承知しました」
サンニ子爵は頷いたあと、夫人やデイクスと共に今回の件について改めて謝罪してきた。
そして、大事にしなかったことについても感謝の言葉を述べて去っていった。
もらった慰謝料は裁判の費用や交渉代理人を雇うお金をエイト公爵家から立て替えてもらっているので、そのお金を返すことにした。
それでもまだ余るのは、公爵邸に滞在させてもらっているからだから、私は恵まれている。
そうだわ。
リグマ伯爵家の使用人たちにもお礼をしないといけない。
「かなり疲れ切った顔をしていましたわね。当然のことですけれど」
エントランスホールから自分の部屋へ戻ろうとしていると、ミオ様が話しかけてきた。
「許す許さないは別として、自分のやったことを反省し、二度とあんな馬鹿な真似をしないというのであれば良いです」
「……あのね、シェリル」
「何でしょうか」
「結局、サンニ子爵令息は何をされたのかしら」
不思議そうに聞いてくるミオ様に苦笑する。
「レファルド様やセレナ様には聞いてみたのですか?」
「聞いたけれど教えてくれないんですの」
不服そうに眉根を寄せてミオ様は答えた。
ミオ様ももう大人の年齢ではある。
だけど、ずっと別邸に閉じこもっていたから、心はとても綺麗だ。
この心を私が今、汚したり傷付けるわけにはいかない。
どうしても知りたいのであればミオ様が結婚した時、旦那様に確認してもらいたい。
さすがに男性から襲われて色々とさせられたなんて、私の口からは言えないわ。
「申し訳ありませんが、私の口から伝えるのはちょっと……」
「よっぽどのことなんですのね」
ミオ様は頷いたあと、後ろに付いていた侍女に咳払いをされてハッとした顔になる。
「シェリルに伝えたいことがあったんですの」
「何でしょうか」
「トーマツ先生から連絡が来て、裁判の日にちが決まったそうですわ」
いよいよ、この時が来た。
裁判が終わるまでは身の危険もあるので、エイト公爵家に滞在するように言われている。
裁判が終わり、勝つことができれば裁判にかかった費用もロン様に請求できる。
裁判が終われば公爵邸を出なければならない。
少し寂しい気もするけれど厚意に甘えていられる年齢でもない。
「シェリル、裁判が終われば私の侍女になってもらえないかしら」
私の考えていることを見透かしたかのように、ミオ様は笑顔で言った。
※
次の話はミシェル視点です。
一瞬、後を追うべきか迷ったけれど、部屋の前には騎士やエイト公爵家のメイドがいるから、一人にはならないだろうと思って放っておいた。
「シェリル様、火傷はされていませんか」
「冷めていましたから大丈夫です。それよりも先生にはかかりませんでしたか?」
「私は問題ありません」
先生はすぐにメイドを中に呼び入れてくれてから謝ってくる。
「前回の時といい、お役に立てずに申し訳ございません」
「前回の時というのは、いつのことでしょうか」
「裁判所でのことです。シェリル様が馬車に乗り込むまで私が付いておくべきでした」
「そんな! 気にしないでください。それに、あの場に先生がいたら、先生も危なかったと思います」
話をしている途中で、入ってきたメイドが私の様子を見て悲鳴を上げたので話は中断された。
体や髪を洗うことになり、先生をお見送りしようとすると、先生は別れ際にこう言った。
「離婚が認められる理由に家庭内暴力も該当します。軟禁の話や先程の出来事は、私が証言します。絶対に勝ちましょう」
お茶をかけられたのは初めてだけど、日常茶飯事で行われていた可能性があると押していくつもりなのかもしれない。
軟禁していたという本人の証言もあるから助かるわ。
「はい。よろしくお願いいたします。絶対に私はロン様と離婚します」
宣言すると、先生は大きく頷いたあとエイト公爵邸を去っていった。
*****
次の日、示談になったサンニ子爵家から慰謝料の支払いがあった。
その時にミシェルはデイクスの件を知ってから実家に帰ってしまっているのだと聞いた。
ミシェルは自分が離婚する口実を作るために、デイクスに私を襲わせようとした。
ミシェルがここまでするとは、正直思っていなかった。
やるとしても意地悪程度のことだろうと思っていた。
彼女もそれだけ本気なのかもしれないけれど、やったことは犯罪だ。
それ相応の覚悟をしてもらわなければならない。
エイト公爵邸に両親と共に訪ねてきたデイクスは余程恐ろしい目に遭ったようで、私と顔を合わせるなり、額を床にこすりつけて謝罪してきた。
ミシェルから言われたとはいえ、やってはいけないことをしたのだと反省している様子だった。
「あんな恐怖をあなたに与えようとしていたことを、本当にお詫びいたします。そして、社会的に僕を生かしてくれたことに感謝いたします」
デイクスはそう言うと、大粒の涙を流した。
彼を刑事罰に問わなかったのは、個人的な理由がある。
私は貞操は守られたから、この判断ができた。
自分のためなのだから、感謝されるものではない。
一生、その痛みを忘れないでほしいとは思う。
サンニ子爵夫妻からはデイクスに何をしたのか聞かれた。
でも、私の口からは言えなかった。
デイクスは両親に知られたくないから言わないのでしょうし、私が簡単に口にする出来事でもないと思った。
「ミシェルは息子の結婚相手にはふさわしくありません。いつかは息子を彼女と離婚させて、新たな妻を娶る、もしくは跡継ぎのための養子を迎えたいと思うのですが……」
「一生、離婚するなとは言いません。でも、私の離婚が成立するまで待ってほしいのです」
「承知しました」
サンニ子爵は頷いたあと、夫人やデイクスと共に今回の件について改めて謝罪してきた。
そして、大事にしなかったことについても感謝の言葉を述べて去っていった。
もらった慰謝料は裁判の費用や交渉代理人を雇うお金をエイト公爵家から立て替えてもらっているので、そのお金を返すことにした。
それでもまだ余るのは、公爵邸に滞在させてもらっているからだから、私は恵まれている。
そうだわ。
リグマ伯爵家の使用人たちにもお礼をしないといけない。
「かなり疲れ切った顔をしていましたわね。当然のことですけれど」
エントランスホールから自分の部屋へ戻ろうとしていると、ミオ様が話しかけてきた。
「許す許さないは別として、自分のやったことを反省し、二度とあんな馬鹿な真似をしないというのであれば良いです」
「……あのね、シェリル」
「何でしょうか」
「結局、サンニ子爵令息は何をされたのかしら」
不思議そうに聞いてくるミオ様に苦笑する。
「レファルド様やセレナ様には聞いてみたのですか?」
「聞いたけれど教えてくれないんですの」
不服そうに眉根を寄せてミオ様は答えた。
ミオ様ももう大人の年齢ではある。
だけど、ずっと別邸に閉じこもっていたから、心はとても綺麗だ。
この心を私が今、汚したり傷付けるわけにはいかない。
どうしても知りたいのであればミオ様が結婚した時、旦那様に確認してもらいたい。
さすがに男性から襲われて色々とさせられたなんて、私の口からは言えないわ。
「申し訳ありませんが、私の口から伝えるのはちょっと……」
「よっぽどのことなんですのね」
ミオ様は頷いたあと、後ろに付いていた侍女に咳払いをされてハッとした顔になる。
「シェリルに伝えたいことがあったんですの」
「何でしょうか」
「トーマツ先生から連絡が来て、裁判の日にちが決まったそうですわ」
いよいよ、この時が来た。
裁判が終わるまでは身の危険もあるので、エイト公爵家に滞在するように言われている。
裁判が終わり、勝つことができれば裁判にかかった費用もロン様に請求できる。
裁判が終われば公爵邸を出なければならない。
少し寂しい気もするけれど厚意に甘えていられる年齢でもない。
「シェリル、裁判が終われば私の侍女になってもらえないかしら」
私の考えていることを見透かしたかのように、ミオ様は笑顔で言った。
※
次の話はミシェル視点です。
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