愛しているなら何でもできる? どの口が言うのですか

風見ゆうみ

文字の大きさ
25 / 56

19 心が綺麗な友人

しおりを挟む
 その後、パトロア様は私に暴言を吐いて、勝手に部屋を出て行った。
 一瞬、後を追うべきか迷ったけれど、部屋の前には騎士やエイト公爵家のメイドがいるから、一人にはならないだろうと思って放っておいた。

「シェリル様、火傷はされていませんか」
「冷めていましたから大丈夫です。それよりも先生にはかかりませんでしたか?」
「私は問題ありません」

 先生はすぐにメイドを中に呼び入れてくれてから謝ってくる。

「前回の時といい、お役に立てずに申し訳ございません」
「前回の時というのは、いつのことでしょうか」
「裁判所でのことです。シェリル様が馬車に乗り込むまで私が付いておくべきでした」
「そんな! 気にしないでください。それに、あの場に先生がいたら、先生も危なかったと思います」

 話をしている途中で、入ってきたメイドが私の様子を見て悲鳴を上げたので話は中断された。
 体や髪を洗うことになり、先生をお見送りしようとすると、先生は別れ際にこう言った。

「離婚が認められる理由に家庭内暴力も該当します。軟禁の話や先程の出来事は、私が証言します。絶対に勝ちましょう」

 お茶をかけられたのは初めてだけど、日常茶飯事で行われていたと押していくつもりなのかもしれない。

 軟禁していたという本人の証言もあるから助かるわ。

「はい。よろしくお願いいたします。絶対に私はロン様と離婚します」

 宣言すると、先生は大きく頷いたあとエイト公爵邸を去っていった。



*****



 次の日、示談になったサンニ子爵家から慰謝料の支払いがあった。
 その時にミシェルはデイクスの件を知ってから実家に帰ってしまっているのだと聞いた。

 ミシェルは自分が離婚する口実を作るために、デイクスに私を襲わせようとした。

 ミシェルがここまでするとは、正直思っていなかった。
 やるとしても意地悪程度のことだろうと思っていた。

 彼女もそれだけ本気なのかもしれないけれど、やったことは犯罪だ。
 それ相応の覚悟をしてもらわなければならない。

 エイト公爵邸に両親と共に訪ねてきたデイクスは余程恐ろしい目に遭ったようで、私と顔を合わせるなり、額を床にこすりつけて謝罪してきた。

 ミシェルから言われたとはいえ、やってはいけないことをしたのだと反省している様子だった。

「あんな恐怖をあなたに与えようとしていたことを、本当にお詫びいたします。そして、社会的に僕を生かしてくれたことに感謝いたします」

 デイクスはそう言うと、大粒の涙を流した。

 彼を刑事罰に問わなかったのは、個人的な理由がある。
 私は貞操は守られたから、この判断ができた。
 自分のためなのだから、感謝されるものではない。
 一生、その痛みを忘れないでほしいとは思う。

 サンニ子爵夫妻からはデイクスに何をしたのか聞かれた。
 でも、私の口からは言えなかった。

 デイクスは両親に知られたくないから言わないのでしょうし、私が簡単に口にする出来事でもないと思った。

「ミシェルは息子の結婚相手にはふさわしくありません。いつかは息子を彼女と離婚させて、新たな妻を娶る、もしくは跡継ぎのための養子を迎えたいと思うのですが……」
「一生、離婚するなとは言いません。でも、私の離婚が成立するまで待ってほしいのです」
「承知しました」

 サンニ子爵は頷いたあと、夫人やデイクスと共に今回の件について改めて謝罪してきた。

 そして、大事にしなかったことについても感謝の言葉を述べて去っていった。

 もらった慰謝料は裁判の費用や交渉代理人を雇うお金をエイト公爵家から立て替えてもらっているので、そのお金を返すことにした。
 それでもまだ余るのは、公爵邸に滞在させてもらっているからだから、私は恵まれている。
 そうだわ。
 リグマ伯爵家の使用人たちにもお礼をしないといけない。

「かなり疲れ切った顔をしていましたわね。当然のことですけれど」

 エントランスホールから自分の部屋へ戻ろうとしていると、ミオ様が話しかけてきた。

「許す許さないは別として、自分のやったことを反省し、二度とあんな馬鹿な真似をしないというのであれば良いです」
「……あのね、シェリル」
「何でしょうか」
「結局、サンニ子爵令息は何をされたのかしら」

 不思議そうに聞いてくるミオ様に苦笑する。

「レファルド様やセレナ様には聞いてみたのですか?」
「聞いたけれど教えてくれないんですの」

 不服そうに眉根を寄せてミオ様は答えた。

 ミオ様ももう大人の年齢ではある。
 だけど、ずっと別邸に閉じこもっていたから、心はとても綺麗だ。
 この心を私が今、汚したり傷付けるわけにはいかない。

 どうしても知りたいのであればミオ様が結婚した時、旦那様に確認してもらいたい。

 さすがに男性から襲われて色々とさせられたなんて、私の口からは言えないわ。

「申し訳ありませんが、私の口から伝えるのはちょっと……」
「よっぽどのことなんですのね」
 
 ミオ様は頷いたあと、後ろに付いていた侍女に咳払いをされてハッとした顔になる。

「シェリルに伝えたいことがあったんですの」
「何でしょうか」
「トーマツ先生から連絡が来て、裁判の日にちが決まったそうですわ」

 いよいよ、この時が来た。
 裁判が終わるまでは身の危険もあるので、エイト公爵家に滞在するように言われている。

 裁判が終わり、勝つことができれば裁判にかかった費用もロン様に請求できる。

 裁判が終われば公爵邸を出なければならない。
 少し寂しい気もするけれど厚意に甘えていられる年齢でもない。

「シェリル、裁判が終われば私の侍女になってもらえないかしら」

 私の考えていることを見透かしたかのように、ミオ様は笑顔で言った。




次の話はミシェル視点です。
しおりを挟む
感想 145

あなたにおすすめの小説

(完結)あなたが婚約破棄とおっしゃったのですよ? 

青空一夏
恋愛
スワンはチャーリー王子殿下の婚約者。 チャーリー王子殿下は冴えない容姿の伯爵令嬢にすぎないスワンをぞんざいに扱い、ついには婚約破棄を言い渡す。 しかし、チャーリー王子殿下は知らなかった。それは…… これは、身の程知らずな王子がギャフンと言わされる物語です。コメディー調になる予定で す。過度な残酷描写はしません(多分(•́ε•̀;ก)💦) それぞれの登場人物視点から話が展開していく方式です。 異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定ご都合主義。タグ途中で変更追加の可能性あり。

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!

ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。 同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。 そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。 あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。 「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」 その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。 そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。 正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。

【完結】時戻り令嬢は復讐する

やまぐちこはる
恋愛
ソイスト侯爵令嬢ユートリーと想いあう婚約者ナイジェルス王子との結婚を楽しみにしていた。 しかしナイジェルスが長期の視察に出た数日後、ナイジェルス一行が襲撃された事を知って倒れたユートリーにも魔の手が。 自分の身に何が起きたかユートリーが理解した直後、ユートリーの命もその灯火を消した・・・と思ったが、まるで悪夢を見ていたように目が覚める。 夢だったのか、それともまさか時を遡ったのか? 迷いながらもユートリーは動き出す。 サスペンス要素ありの作品です。 設定は緩いです。 6時と18時の一日2回更新予定で、全80話です、よろしくお願い致します。

【完結】婚約破棄に感謝します。貴方のおかげで今私は幸せです

コトミ
恋愛
 もうほとんど結婚は決まっているようなものだった。これほど唐突な婚約破棄は中々ない。そのためアンナはその瞬間酷く困惑していた。婚約者であったエリックは優秀な人間であった。公爵家の次男で眉目秀麗。おまけに騎士団の次期団長を言い渡されるほど強い。そんな彼の隣には自分よりも胸が大きく、顔が整っている女性が座っている。一つ一つに品があり、瞬きをする瞬間に長い睫毛が揺れ動いた。勝てる気がしない上に、張り合う気も失せていた。エリックに何とここぞとばかりに罵られた。今まで募っていた鬱憤を晴らすように。そしてアンナは婚約者の取り合いという女の闘いから速やかにその場を退いた。その後エリックは意中の相手と結婚し侯爵となった。しかしながら次期騎士団団長という命は解かれた。アンナと婚約破棄をした途端に負け知らずだった剣の腕は衰え、誰にも勝てなくなった。

(完)婚約破棄ですね、従姉妹とどうかお幸せに

青空一夏
恋愛
私の婚約者は従姉妹の方が好きになってしまったようなの。 仕方がないから従姉妹に譲りますわ。 どうぞ、お幸せに! ざまぁ。中世ヨーロッパ風の異世界。中性ヨーロッパの文明とは違う点が(例えば現代的な文明の機器など)でてくるかもしれません。ゆるふわ設定ご都合主義。

私を愛すると言った婚約者は、私の全てを奪えると思い込んでいる

迷い人
恋愛
 お爺様は何時も私に言っていた。 「女侯爵としての人生は大変なものだ。 だから愛する人と人生を共にしなさい」  そう語っていた祖父が亡くなって半年が経過した頃……。  祖父が定めた婚約者だと言う男がやってきた。  シラキス公爵家の三男カール。  外交官としての実績も積み、背も高く、細身の男性。  シラキス公爵家を守護する神により、社交性の加護を与えられている。  そんなカールとの婚約は、渡りに船……と言う者は多いだろう。  でも、私に愛を語る彼は私を知らない。  でも、彼を拒絶する私は彼を知っている。  だからその婚約を受け入れるつもりはなかった。  なのに気が付けば、婚約を??  婚約者なのだからと屋敷に入り込み。  婚約者なのだからと、恩人(隣国の姫)を連れ込む。  そして……私を脅した。  私の全てを奪えると思い込んでいるなんて甘いのよ!!

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

処理中です...