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27 育ての親との決別 ④
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ミシェルの「自分を妹に」という発言を聞いた時は、自分の耳を疑った。
まさか、ミシェルがここまで非常識な発言をするとは思っていなかった。
もしくは、彼女なりに考えているのかもしれないけれど、一般常識とは違う考え方をしているだけかもしれない。
彼女を理解することは、普通の人には無理だと実感した。
そして、ここまで自信満々だと、私の考えが間違っているのではないかと不安になったところでの、エルンベル卿の平手打ちだった。
「ど、どうして」
ミシェルが頬を押さえて、エルンベル卿を見つめる。
「お前は本当に自分のことしか考えていないんだな!」
「何よ! それはお兄様のほうじゃないの! 兄なら妹の幸せを考えてよ!」
「言っただろう! 僕は妻や子供を守らないといけないんだ! 大体、お前の考えは無茶苦茶すぎる!」
「お兄様に言われたくないわ!」
ロータス様やミオ様の前で兄妹喧嘩が始まってしまった。
エルンベル卿はミシェルを睨みつけて言う。
「お前のやっていることが自分だけじゃなく、廻りを不幸にするのだと自覚してくれ!」
「お兄様、わたしは十七歳なの! まだ若いのよ! もっと優しくするべきだわ!」
「貴族の十七歳であれば、お前は子供すぎる」
「……なんですって!?」
ミシェルがエルンベル卿に掴みかかったところで、エルンベル伯爵が彼女の体を掴んで止める。
「ミシェル、落ち着きなさい。シド公爵閣下の前なんだぞ!」
「……っ!」
ミシェルが焦った顔でロータス様を見ると、彼は呆れた顔をして言う。
「今の君たちの会話を聞いていたら、余計に君のことを妹になんかしたくなくなるよね」
「そんな……、噓でしょう」
ミシェルは私の立場が、自分よりも格上になることが許せないようだった。
私にしてもミシェルにしても、偉いのは後見人や保護者だから、偉そうにするものではないと思う。
でも、彼女の中ではそうではないみたいだ。
それならば、ミシェルのようなタイプには、私が格上であることを覚えさせなければならない。
「ごめんなさいね、ミシェルさん。嘘じゃないんです。それからエルンベル伯爵夫妻には再度、感謝の言葉を述べさせていただきます。色々とありがとうございました」
頭を下げていると、ミオ様が立ち上がり腰を屈めて覗き込むように話しかけてくる。
「シェリル、帰りましょう。もう、この家に用はないでしょうから」
「エルンベル家には用はありませんが、その」
言葉を濁していると、ミオ様は察してくれたのか、優しい微笑みを浮かべて促してくる。
「この邸を出る前に話をしていらっしゃいな。私はやらなければいけないことを思い出したから、ここで待っているわ」
「ありがとうございます」
ミオ様に一礼してからロータス様に確認を取ると、先に部屋を出る許可を出してくれた。
「では、エルンベル家の皆様、お元気で」
扉の前で深々と頭を下げてから部屋を出る。
部屋から出てすぐに、ミシェルの声が聞こえてきた。
「シェリルさんは平民の血しか流れていないんです! 公爵家にそんな穢らわしい血の人間を招き入れるだなんて信じられません! 頭がおかしくなったんじゃないですか!?」
「頭がおかしいですって? あなた、なんて失礼なことを言うのですか! それに穢らわしい血だなんて失礼ですわ! 平民だからといって血が穢らわしいというあなたのほうが信じられません!」
ミシェルの言葉に即座にミオ様が反応した。
「シェリル様!」
部屋の中に戻ろうか逡巡していると、以前、私を助けてくれたメイドが駆け寄ってきた。
「あの時はありがとう! 本当に助かったわ。あれから特に変わったことはない?」
「はい。シェリル様が出て行かれてすぐは大変でしたが、今は落ち着いておりますので」
「なら良かったわ。あの、伝えておかなければならないことがあるの」
彼女の耳に口を寄せて、このままではエルンベル家は爵位の剥奪とまではいかなくても、伯爵家ではなくなるだろうと言うことを話した。
メイドは私の話を聞いて、かなり驚いた様子だった。
剥奪しない理由は、エルンベル卿も当時は子供だったから、そこまでの責任を負う必要はないと判断した。
男女ともに成人の年齢は18歳からだから、当時、16歳だった兄は未成年にあたるからだ。
私自身がエルンベル卿に大して恨みを抱いていないこともあるし、甥っ子たちを不幸にしたくない。
だから、男爵に格下げと共に、現在のエルンベル伯爵には隠居してもらうつもりでいた。
この日はミシェルがわざと残ったミオ様と揉めてくれたおかげで、これを理由にエイト公爵家はエルンベル家の爵位の格下げを陛下に申し立てた。
今までの私に対する仕打ちや、5年以上前の話ではあるけれど、公爵家の手紙の封を開け、中身を読んで捨てたことなども考慮され、エルンベル家は男爵に格下げとなった。
家屋は売らなければならなくなり、使用人は多くの人間が解雇された。
でも、私が声をかけていたこともあり、エルンベル伯爵家の格下げが決まる前に、多くの使用人は新しい職場を見つけていた。
まだ、見つかっていない場合はシド公爵家が紹介状を書いてくれるそうだ。
エルンベル家とはこれで縁を切れた。
あとは、リグマ伯爵夫妻をどうするか。
ミシェルのことをどうするか考えようと思っていた時、強制的に隠居させられた元エルンベル伯爵が男爵となった息子に対して、不審な動きをしていると連絡があったのだった。
まさか、ミシェルがここまで非常識な発言をするとは思っていなかった。
もしくは、彼女なりに考えているのかもしれないけれど、一般常識とは違う考え方をしているだけかもしれない。
彼女を理解することは、普通の人には無理だと実感した。
そして、ここまで自信満々だと、私の考えが間違っているのではないかと不安になったところでの、エルンベル卿の平手打ちだった。
「ど、どうして」
ミシェルが頬を押さえて、エルンベル卿を見つめる。
「お前は本当に自分のことしか考えていないんだな!」
「何よ! それはお兄様のほうじゃないの! 兄なら妹の幸せを考えてよ!」
「言っただろう! 僕は妻や子供を守らないといけないんだ! 大体、お前の考えは無茶苦茶すぎる!」
「お兄様に言われたくないわ!」
ロータス様やミオ様の前で兄妹喧嘩が始まってしまった。
エルンベル卿はミシェルを睨みつけて言う。
「お前のやっていることが自分だけじゃなく、廻りを不幸にするのだと自覚してくれ!」
「お兄様、わたしは十七歳なの! まだ若いのよ! もっと優しくするべきだわ!」
「貴族の十七歳であれば、お前は子供すぎる」
「……なんですって!?」
ミシェルがエルンベル卿に掴みかかったところで、エルンベル伯爵が彼女の体を掴んで止める。
「ミシェル、落ち着きなさい。シド公爵閣下の前なんだぞ!」
「……っ!」
ミシェルが焦った顔でロータス様を見ると、彼は呆れた顔をして言う。
「今の君たちの会話を聞いていたら、余計に君のことを妹になんかしたくなくなるよね」
「そんな……、噓でしょう」
ミシェルは私の立場が、自分よりも格上になることが許せないようだった。
私にしてもミシェルにしても、偉いのは後見人や保護者だから、偉そうにするものではないと思う。
でも、彼女の中ではそうではないみたいだ。
それならば、ミシェルのようなタイプには、私が格上であることを覚えさせなければならない。
「ごめんなさいね、ミシェルさん。嘘じゃないんです。それからエルンベル伯爵夫妻には再度、感謝の言葉を述べさせていただきます。色々とありがとうございました」
頭を下げていると、ミオ様が立ち上がり腰を屈めて覗き込むように話しかけてくる。
「シェリル、帰りましょう。もう、この家に用はないでしょうから」
「エルンベル家には用はありませんが、その」
言葉を濁していると、ミオ様は察してくれたのか、優しい微笑みを浮かべて促してくる。
「この邸を出る前に話をしていらっしゃいな。私はやらなければいけないことを思い出したから、ここで待っているわ」
「ありがとうございます」
ミオ様に一礼してからロータス様に確認を取ると、先に部屋を出る許可を出してくれた。
「では、エルンベル家の皆様、お元気で」
扉の前で深々と頭を下げてから部屋を出る。
部屋から出てすぐに、ミシェルの声が聞こえてきた。
「シェリルさんは平民の血しか流れていないんです! 公爵家にそんな穢らわしい血の人間を招き入れるだなんて信じられません! 頭がおかしくなったんじゃないですか!?」
「頭がおかしいですって? あなた、なんて失礼なことを言うのですか! それに穢らわしい血だなんて失礼ですわ! 平民だからといって血が穢らわしいというあなたのほうが信じられません!」
ミシェルの言葉に即座にミオ様が反応した。
「シェリル様!」
部屋の中に戻ろうか逡巡していると、以前、私を助けてくれたメイドが駆け寄ってきた。
「あの時はありがとう! 本当に助かったわ。あれから特に変わったことはない?」
「はい。シェリル様が出て行かれてすぐは大変でしたが、今は落ち着いておりますので」
「なら良かったわ。あの、伝えておかなければならないことがあるの」
彼女の耳に口を寄せて、このままではエルンベル家は爵位の剥奪とまではいかなくても、伯爵家ではなくなるだろうと言うことを話した。
メイドは私の話を聞いて、かなり驚いた様子だった。
剥奪しない理由は、エルンベル卿も当時は子供だったから、そこまでの責任を負う必要はないと判断した。
男女ともに成人の年齢は18歳からだから、当時、16歳だった兄は未成年にあたるからだ。
私自身がエルンベル卿に大して恨みを抱いていないこともあるし、甥っ子たちを不幸にしたくない。
だから、男爵に格下げと共に、現在のエルンベル伯爵には隠居してもらうつもりでいた。
この日はミシェルがわざと残ったミオ様と揉めてくれたおかげで、これを理由にエイト公爵家はエルンベル家の爵位の格下げを陛下に申し立てた。
今までの私に対する仕打ちや、5年以上前の話ではあるけれど、公爵家の手紙の封を開け、中身を読んで捨てたことなども考慮され、エルンベル家は男爵に格下げとなった。
家屋は売らなければならなくなり、使用人は多くの人間が解雇された。
でも、私が声をかけていたこともあり、エルンベル伯爵家の格下げが決まる前に、多くの使用人は新しい職場を見つけていた。
まだ、見つかっていない場合はシド公爵家が紹介状を書いてくれるそうだ。
エルンベル家とはこれで縁を切れた。
あとは、リグマ伯爵夫妻をどうするか。
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