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26 呼びかた(リアムside)
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僕の妻になってくれたアイリスは、僕の知っている女性達とは違い、僕に興味を示さない。
最初はそれが新鮮だったし、ありがたかった。
お飾りの妻だなんて、彼女には申し訳ないことをしていると思っている。
実の親に辛い思いをさせられているだけじゃなく、新しく家族になった僕にまで嫌な思いをさせられてるんだから。
アイリスは気が強いところもあるけど、普段はおとなしい。
だから、パーティーは苦手そうに見えたので、仕事上、出席しなければならないパーティーに関しては、僕一人で行くようにしていた。
「マオニール公爵閣下、ご結婚おめでとうございます。本日は奥様はいらっしゃらないのですか?」
「ぜひ、奥様をご紹介していただきたいのですが……」
「奥様と不仲だという噂が流れていますが……」
結婚後は、アイリスのことや、彼女との仲を気にしてくる人間が多かった。
女性から絡まれることはなくなったけど、今度は娘を愛人、もしくは後妻にしたがる人間が近寄ってくるようになり、それはそれで面倒だった。
「悪いけど、僕にはアイリスしかいないから」
いつしか、そう言って断るのが、僕の当たり前になっていた。
◇◆◇
「トーイ!」
ある日、アイリスの声が庭のほうから聞こえて、仕事の手を止め、執務室の窓から外を見た。
2階にある執務室から、中庭の様子が見え、アイリスは近づいてきたトーイに花を渡していた。
トーイの声は低く、彼が意識して声を大きくしない限り小さいため、彼の声は聞こえないけれど、トーイは柔らかな表情を見せていた。
別にアイリスに恋愛するなとは言ってはいない。
世間にバレなければ良い。
そう思っていたのに、なぜか胸にひっかかるものがあった。
「……?」
それがなぜかはわからなかった。
ただ、その時は、アイリスがトーイのことをトーイ様と呼ばなくなったことが気に入らなかった。
「リアム様、花を飾ってもよろしいでしょうか?」
アイリスから先程、もらっていた花を持って、トーイが執務室にやって来るなり問いかけてきた。
「君がもらったものだろ?」
「いいえ。アイリス様が、よろしければリアム様の執務室にどうぞと」
「……そうか」
「花には癒やし効果があるのだそうですよ。この部屋はほとんどが黒ですから、カラフルな花があると余計に心が安らぐと思われます」
「……わかった。ただ、花瓶が倒れて大事な書類を台無しにしないようにだけしてくれ」
「承知いたしました」
トーイはメイドに花瓶を用意させ、めったに近付かない窓際にあるサイドテーブルの上に置いた。
花の名前はわからないけれど、ピンクや白、赤などの普段は絶対に選ばない色合いが部屋の中にあることは落ち着かないかと思った。
でも、いつしか、その花が新しいものに変わっていると、次はどんな花なのだろうと楽しみになった。
そして、その花や花瓶の水をかえてくれているのは、アイリスだと知った。
メイドには頼まず、僕に会わないように、毎朝、早い時間に起きて、水をかえてくれていると聞いて、避けられている気がして嫌だった。
だから、意地悪かもしれないけれど、彼女がやって来るよりも早い時間に、執務室で仕事を始めた。
控えめなノックのあと、かちゃりと扉が開く音が聞こえたので、書類から目を上げる。
朝の早い時間だが、窓から太陽の光が差し込んでいたので部屋の中は明るく、明かりが必要なかったため、アイリスは僕がいる事に気付いていない様子だった。
鼻歌を歌いながら入ってきたアイリスは、僕と目が合うとかたまった。
「ふぁっ!?」
「ふぁっ?」
動揺しているのか、理解できない言葉をアイリスが発したので聞き返すと、アイリスは勢いよく頭を下げる。
「申し訳ございません。お仕事中ですのにノックもせずに」
そう言って部屋から出ていこうとするので呼び止める。
「アイリス! 用事があったんじゃないのかな?」
「あの、もう一度、ノックからやり直します!」
「もういいよ」
両拳を握りしめて言うアイリスを見て、思わず笑みがこぼれた。
「では、お言葉に甘えまして……」
アイリスはもう一度頭を下げると、急いで窓際の花瓶に向かって歩いていく。
「おはよう、アイリス」
「おはようございます、リアム様!」
「リアムで良いって言ってるのに」
「リアム様はリアム様です。トーイから聞きましたが、リアム様の事をリアムと呼んでいる女性は、お義母様しかいやっしゃらないと」
「トーイの事をトーイ様と呼ばずにトーイと呼んでるのも、彼の家族の女性と母上くらいしか聞いたことがないな」
「そうなんですか!?」
アイリスは慌てた顔をして、花瓶を抱きしめる。
「どうしよう……。でも、そうじゃないと、トーイは駄目だと言うし……」
「ごめんごめん。君は公爵夫人なんだから、夫の側近に様を付けるほうがおかしいよ」
「で、ですよね!」
アイリスはホッとしたのか、ふわりと優しい笑顔を見せた。
なぜだか、その時、心臓の鼓動が早くなった。
それは初めての感覚で、なぜか、アイリスから目が離せなくなった。
「あの、リアム様?」
アイリスは僕の様子がおかしいことに気が付き、心配そうに近寄ってくるので、慌てて言う。
「だ、大丈夫だから! あの、新しい花、楽しみにしてるよ」
「……」
アイリスはきょとんとしたあと、また嬉しそうに笑って頷く。
「はい! 急いで持ってきますね!」
アイリスは跳ねるようにして走り出し、執務室を出ていく。
公爵夫人としては良くない行動だけど、僕にとっては、そんなアイリスがとても愛しく思えた。
その気持ちが何なのか気付いた時には、くだらない感情だとはわかっているけれど、彼女が僕にとって特別な女性である証として「リアム」と呼んで欲しいと切に願う様になっていた。
ーーーーーーーーー
改稿前はリアムsideは書いていなかったので、楽しんでもらえていたら嬉しいです!
最初はそれが新鮮だったし、ありがたかった。
お飾りの妻だなんて、彼女には申し訳ないことをしていると思っている。
実の親に辛い思いをさせられているだけじゃなく、新しく家族になった僕にまで嫌な思いをさせられてるんだから。
アイリスは気が強いところもあるけど、普段はおとなしい。
だから、パーティーは苦手そうに見えたので、仕事上、出席しなければならないパーティーに関しては、僕一人で行くようにしていた。
「マオニール公爵閣下、ご結婚おめでとうございます。本日は奥様はいらっしゃらないのですか?」
「ぜひ、奥様をご紹介していただきたいのですが……」
「奥様と不仲だという噂が流れていますが……」
結婚後は、アイリスのことや、彼女との仲を気にしてくる人間が多かった。
女性から絡まれることはなくなったけど、今度は娘を愛人、もしくは後妻にしたがる人間が近寄ってくるようになり、それはそれで面倒だった。
「悪いけど、僕にはアイリスしかいないから」
いつしか、そう言って断るのが、僕の当たり前になっていた。
◇◆◇
「トーイ!」
ある日、アイリスの声が庭のほうから聞こえて、仕事の手を止め、執務室の窓から外を見た。
2階にある執務室から、中庭の様子が見え、アイリスは近づいてきたトーイに花を渡していた。
トーイの声は低く、彼が意識して声を大きくしない限り小さいため、彼の声は聞こえないけれど、トーイは柔らかな表情を見せていた。
別にアイリスに恋愛するなとは言ってはいない。
世間にバレなければ良い。
そう思っていたのに、なぜか胸にひっかかるものがあった。
「……?」
それがなぜかはわからなかった。
ただ、その時は、アイリスがトーイのことをトーイ様と呼ばなくなったことが気に入らなかった。
「リアム様、花を飾ってもよろしいでしょうか?」
アイリスから先程、もらっていた花を持って、トーイが執務室にやって来るなり問いかけてきた。
「君がもらったものだろ?」
「いいえ。アイリス様が、よろしければリアム様の執務室にどうぞと」
「……そうか」
「花には癒やし効果があるのだそうですよ。この部屋はほとんどが黒ですから、カラフルな花があると余計に心が安らぐと思われます」
「……わかった。ただ、花瓶が倒れて大事な書類を台無しにしないようにだけしてくれ」
「承知いたしました」
トーイはメイドに花瓶を用意させ、めったに近付かない窓際にあるサイドテーブルの上に置いた。
花の名前はわからないけれど、ピンクや白、赤などの普段は絶対に選ばない色合いが部屋の中にあることは落ち着かないかと思った。
でも、いつしか、その花が新しいものに変わっていると、次はどんな花なのだろうと楽しみになった。
そして、その花や花瓶の水をかえてくれているのは、アイリスだと知った。
メイドには頼まず、僕に会わないように、毎朝、早い時間に起きて、水をかえてくれていると聞いて、避けられている気がして嫌だった。
だから、意地悪かもしれないけれど、彼女がやって来るよりも早い時間に、執務室で仕事を始めた。
控えめなノックのあと、かちゃりと扉が開く音が聞こえたので、書類から目を上げる。
朝の早い時間だが、窓から太陽の光が差し込んでいたので部屋の中は明るく、明かりが必要なかったため、アイリスは僕がいる事に気付いていない様子だった。
鼻歌を歌いながら入ってきたアイリスは、僕と目が合うとかたまった。
「ふぁっ!?」
「ふぁっ?」
動揺しているのか、理解できない言葉をアイリスが発したので聞き返すと、アイリスは勢いよく頭を下げる。
「申し訳ございません。お仕事中ですのにノックもせずに」
そう言って部屋から出ていこうとするので呼び止める。
「アイリス! 用事があったんじゃないのかな?」
「あの、もう一度、ノックからやり直します!」
「もういいよ」
両拳を握りしめて言うアイリスを見て、思わず笑みがこぼれた。
「では、お言葉に甘えまして……」
アイリスはもう一度頭を下げると、急いで窓際の花瓶に向かって歩いていく。
「おはよう、アイリス」
「おはようございます、リアム様!」
「リアムで良いって言ってるのに」
「リアム様はリアム様です。トーイから聞きましたが、リアム様の事をリアムと呼んでいる女性は、お義母様しかいやっしゃらないと」
「トーイの事をトーイ様と呼ばずにトーイと呼んでるのも、彼の家族の女性と母上くらいしか聞いたことがないな」
「そうなんですか!?」
アイリスは慌てた顔をして、花瓶を抱きしめる。
「どうしよう……。でも、そうじゃないと、トーイは駄目だと言うし……」
「ごめんごめん。君は公爵夫人なんだから、夫の側近に様を付けるほうがおかしいよ」
「で、ですよね!」
アイリスはホッとしたのか、ふわりと優しい笑顔を見せた。
なぜだか、その時、心臓の鼓動が早くなった。
それは初めての感覚で、なぜか、アイリスから目が離せなくなった。
「あの、リアム様?」
アイリスは僕の様子がおかしいことに気が付き、心配そうに近寄ってくるので、慌てて言う。
「だ、大丈夫だから! あの、新しい花、楽しみにしてるよ」
「……」
アイリスはきょとんとしたあと、また嬉しそうに笑って頷く。
「はい! 急いで持ってきますね!」
アイリスは跳ねるようにして走り出し、執務室を出ていく。
公爵夫人としては良くない行動だけど、僕にとっては、そんなアイリスがとても愛しく思えた。
その気持ちが何なのか気付いた時には、くだらない感情だとはわかっているけれど、彼女が僕にとって特別な女性である証として「リアム」と呼んで欲しいと切に願う様になっていた。
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