人の顔色ばかり気にしていた私はもういません

風見ゆうみ

文字の大きさ
11 / 59

9  公爵家からの助言

しおりを挟む
  荷造りをしていると、閣下とエディ様がやって来て、無事に話はついたと教えてくださった。
 そして、私は最小限の荷物だけ持って、ティファス家を後にすることになった。

 今まで育ててきてもらったからということもあり、まだ応接室にいた両親に挨拶をしに行くと、「トワナを悲しませる娘などいらない。謝っても許さないし、もうこの家には二度と入れさせないからな」と叫んできた。

 両親は言いたいことだけ言うと、閣下たちの視線に気付いたのか、逃げるように部屋から出ていく。

「エディ様に捨てられたら、私には帰る場所がないと言ってきたんですね」

 私が呟くと、エディ様が後ろから抱きしめてきた。

「エディ様!?」
「僕はリネを放すつもりはないから安心して?」
「どうせ、エディがトワナとかいう娘に誘惑され、最終的に彼女を選んでリネを捨てると思い込んでいるのだろう。舐められたもんだな。私もエディも」

 閣下は不機嫌そうに眉根を寄せたあと「帰るぞ」と促してきた。

 外に出ると、雨はいつの間にかあがっていて、青空が広がっていた。

 雲一つない晴れ晴れとした青空とは真逆に、不安な気持ちでいっぱいの私は、促されるままにニーソン家の馬車に乗り込んだ。
 すると、あとから入ってきたエディ様が笑顔で隣に座る。

 しかも、かなり密着した状態で。

「あの、エディ様?」
「婚約者だから、これくらいのスキンシップは良いよね? リネが嫌ならもちろん離れるよ?」
「嫌というわけではないのですが……」

 婚約者だったデイリ様とでさえ、こんなに密着したことはなかったので緊張してしまう。

 でも、今はエディ様が婚約者なのよね?
 それなら、これくらい良いのかも。 

「あの、エディ様」
「何かな?」
「私とエディ様は本当に婚約したのですか?」
「うっ!」

 突然、エディ様が苦しげな声を上げて胸を押さえた。
 
「エ、エディ様!?」
「リネの口から、そんな風に言われると嬉しくて死にそう」
「ええっ!?」

 エレインは別の馬車に乗っていて、中にいるのは、私とエディ様、そしてニーソン公爵閣下だけだ。

 こんな時のエディ様にどう対処したら良いかなんて、再会したばかりで分かるはずがない。
 助けを求めて閣下を見ると、閣下は自分の横の空いているスペースを軽く叩く。

「リネはこちらに来なさい」
「は、はい」

 大人しく閣下の指示に従うと、エディ様が捨てられた子犬みたいな目で見つめてくる。

「そんなに嫌だった?」
「嫌なんかではありません! ただ、エディ様の健康は損ないたくないです!」
「リネが僕の心配をしてくれてる。嬉しい。可愛い」

 エディ様は悲しげな表情から一変して、柔らかい笑みを浮かべた。
 そんなエディ様を呆れた顔をして見たあと、閣下が私に話しかけてくる。

「エディの性格は妻に似ている」
「そうなのですね」
「ああ。君の場合は相手にするのが二人になるから大変になるだろう。どうしても耐えられなくなったら私に遠慮せずに相談しなさい」
「……はい。ありがとうございます」

 閣下の言う二人という意味がわかったのは、ニーソン公爵邸に着いてすぐのことだった。

 大勢の使用人に歓迎ムードで迎えられたあと、まずは閣下の奥様であり、エディ様のお母様であるマナ様にご挨拶することになった。

 マナ様が待っておられるという部屋に向かい、閣下がその部屋の扉をノックした。

「帰ってきたぞ。リネも一緒だ」

 バタバタという足音が部屋の中から聞こえて、薄いピンク色のシュミーズドレスを着たストレートの長い黒髪にダークブラウンの瞳を持つ目鼻立ちの整った美女が顔を出した。

 その人は扉の前にいるのが私たちだけだとわかると、扉を大きく開けて中に招き入れた。
 そして、すぐに扉の鍵を締める。

 一体、今から何が起きるのかしら。

「リネ、心配しなくて大丈夫だよ。身を委ねるだけで良いから」
「身を委ねる、ですか?」

 エディ様が横に立って優しく微笑んでくれたので、聞き返した時だった。

「おかえりなさい、あなた! エディ! 寂しかったわ!」

 一般的な身長の私よりも背が低い小柄なマナ様は、満面の笑みを浮かべて閣下に抱きついた。
 閣下は、そんなマナ様の頭を撫でながら言う。

「悪かった。でも、リネを連れて帰ってきたから許してくれ」
「ああ! 本当だわ! 昔の面影があるわね! 可愛い!」

 ぎゅうっと、マナ様が私に体を向けたと思うと、勢いよく抱きついてきた。

 デビュタントの時にマナ様を見たことがあった。
 でも、その時のマナ様はクールビューティーといった雰囲気だったのに、エディ様と同じで裏表があるのかしら?

「あら、困惑してるのね? その顔も可愛いわ」

 マナ様が私の頬を両手で包んで微笑む。

 閣下がエディ様はマナ様似だと言われていたことが本当にわかる。

 私を見てデレデレになっているマナ様のお顔はエディ様を彷彿とさせた。

「母上、リネは僕の婚約者です」
「そうね! それはわかっているわよ!」

 マナ様は私から離れて、エディ様に抱きついたあと、また私に戻ってくる。

「抱き心地が違うわ。でも、リネはもう少しだけ太ったほうがいいかも。一緒に美味しいスイーツを食べに行きましょうね。それから、お洋服も買いに行きましょう。それから」
「マナ、喜びを爆発させるのは良いが、リネの顔を見てみろ」

 閣下に注意されたマナ様は、私を見上げて眉尻を下げる。

「ごめんなさいね、本当に嬉しくって! ただ、一体、何があったの?」
「リネは体罰を与えられていた。だから、連れ帰ってきたんだ」
「なんですって!」

 優しげなマナ様の表情が一変して、怒りのものに変わった。
 そして、閣下から詳しい話を聞き終えると、エディ様に言う。

「エディ、わかっているわね? 絶対にリネを守らないと駄目よ?」
「もちろんです」
「それから……」

 マナ様は私のほうに目を向けて聞いてくる。

「話すことが辛くなければ教えてほしいんだけれど、婚約破棄の真相はどんなものなの? わたし達が聞いている話だと、あなたがシンス卿に自分のような人間はあなたに相応しくないと言って勝手に婚約破棄したと聞いているわ」
「……そうだったのですね」

 私のワガママで婚約破棄になり、お姉様に替わったことになっているのね。

 だから、デイリ様のご両親は私に何も言って来なかったんだわ。
 どちらかというと、私のほうから謝りに来いと思っていたのでしょうね。

 部屋の中にあったソファーに座り、実際に起きた出来事を話すと、マナ様は私をまた抱きしめてくれた。

「可哀想に。もう大丈夫だからね。それから、あなたは自分を卑下し過ぎよ。もっと自分を好きにならなくちゃね」

 そう言ってくださったあと、マナ様は閣下に尋ねる。

「リネの姉は大人しくしているタイプじゃないから、どうせ、向こうから自爆しに来てくれるでしょう。だから、まずはいじめをしてきた子供たちをどうにかしないといけないわ。手は打っているの?」
「親から攻めるが、関係のない人を巻き込むわけにはいかない。まずは、水面下で動き周りの被害を最小限に食い止める。あとは相手が油断した頃に一気に叩くつもりだ」
「ジワジワと苦しめたほうが良いんじゃないですか?」

 エディ様が眉根を寄せて言うと、マナ様も頷く。

「そうよ。簡単に楽にするのは良くないわ。リネさんが受けた傷を彼らにも受けてもらわないと」

 今日の朝のことはマナ様も知っているみたいで、不満そうな声を上げた。

「わかった。親は親、子は子でということにしよう。子供のほうは……」
「お任せください、父上。ただでさえ、いじめというと人としてやってはいけない行為をしている上に、僕のリネを傷付けた罪は重いですよ」

 エディ様が浮かべた笑顔は、氷のように冷たかった。

 こんな風に守られているだけじゃいけないわよね。

「あのっ」

 私は勇気を出してエディ様たちにお願いする。

「私の駄目なところ、ちゃんと教えてほしいです。イライラする、ムカつく、それだけじゃ、どうしたら良いかわからなくて。ウジウジしているから苛立つと言われます。でも、一生懸命言葉にすると、私の分際で言い返してきたって言われるんです。私は、どうしたら良いのでしょう」

 私が弱いということはわかっている。
 でも、勇気を出しても嫌われるのなら意味がない。
 それなら黙っていたほうが良いのだと思い込んでいた。

「そうだな。自分で気付けるのが一番だが助言しよう」

 閣下が私のほうに身を乗り出して言葉を続ける。

「自分を理不尽なことで嫌いだと言ってくる人間に好かれる努力はしなくていい。すぐには難しいかもしれないが、自分を攻撃してくる奴のために心を痛めなくていいんだ」

 閣下の言葉をきっかけに、マナ様やエディ様もこれから私がどうしていけば良いのか、色々と助言してくださったのだった。 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染と仲良くし過ぎている婚約者とは婚約破棄したい!

ルイス
恋愛
ダイダロス王国の侯爵令嬢であるエレナは、リグリット公爵令息と婚約をしていた。 同じ18歳ということで話も合い、仲睦まじいカップルだったが……。 そこに現れたリグリットの幼馴染の伯爵令嬢の存在。リグリットは幼馴染を優先し始める。 あまりにも度が過ぎるので、エレナは不満を口にするが……リグリットは今までの優しい彼からは豹変し、権力にものを言わせ、エレナを束縛し始めた。 「婚約破棄なんてしたら、どうなるか分かっているな?」 その時、エレナは分かってしまったのだ。リグリットは自分の侯爵令嬢の地位だけにしか興味がないことを……。 そんな彼女の前に現れたのは、幼馴染のヨハン王子殿下だった。エレナの状況を理解し、ヨハンは動いてくれることを約束してくれる。 正式な婚約破棄の申し出をするエレナに対し、激怒するリグリットだったが……。

殿下、幼馴染の令嬢を大事にしたい貴方の恋愛ごっこにはもう愛想が尽きました。

和泉鷹央
恋愛
 雪国の祖国を冬の猛威から守るために、聖女カトリーナは病床にふせっていた。  女神様の結界を張り、国を温暖な気候にするためには何か犠牲がいる。  聖女の健康が、その犠牲となっていた。    そんな生活をして十年近く。  カトリーナの許嫁にして幼馴染の王太子ルディは婚約破棄をしたいと言い出した。  その理由はカトリーナを救うためだという。  だが本当はもう一人の幼馴染、フレンヌを王妃に迎えるために、彼らが仕組んだ計略だった――。  他の投稿サイトでも投稿しています。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

クリスティーヌの本当の幸せ

宝月 蓮
恋愛
ニサップ王国での王太子誕生祭にて、前代未聞の事件が起こった。王太子が婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を突き付けたのだ。そして新たに男爵令嬢と婚約する目論見だ。しかし、そう上手くはいかなかった。 この事件はナルフェック王国でも話題になった。ナルフェック王国の男爵令嬢クリスティーヌはこの事件を知り、自分は絶対に身分不相応の相手との結婚を夢見たりしないと決心する。タルド家の為、領民の為に行動するクリスティーヌ。そんな彼女が、自分にとっての本当の幸せを見つける物語。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

処理中です...