【完結】私はあなたの愛する人ではありません

風見ゆうみ

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第一章  誰かの代わりになるのはもうやめました!

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 ロゼリアがレフス王国の城に入国したのは、ノエルファたちが駆け落ちした日から、十五日後のことだった。
 まさか、ロゼリアを指名してくるとは思っていなかったこともあり、準備に時間がかかってしまった。
 ザッハが責任を取らなければならないのではないかと心配だったロゼリアだったが、ロゼリアが頼み事を聞いてくれるのであれば、ザッハへの処罰はないと連絡があった。

 ザッハは自分のことは気にしなくても良いと言ってくれたが、ロゼリアは頼みを聞くことに決めた。

 今の国王陛下にはお世話になったし、頼み事を聞けばお咎めなしというのはありがたいけれど、レフス王国側は何を考えているのかしら。
 私に頼みたいことってなんなの?

 馬車に揺られる日が何日も続いたため、ロゼリアには考える時間はあったが、答えが出ることはないまま、王都に着いた。
 レフス王国の王城はズキチーケ王国のものとは比べ物にならないくらいに大きかった。
 五階建ての白亜の城で、石で造られた城壁のすぐ近くには監視塔と呼ばれる白い塔が四方にそびえ立っている。

 入場前に城門で事前に連絡されていた合言葉を伝えると、ロゼリアは無事に入城することができた。

 まずは王族に挨拶するために、ロゼリアは謁見の間に案内された。
 ふかふかの赤いカーペットの上を歩き、十段ほどの階段の手前で足を止め、段上を見上げる。
 ロゼリアの体なら二人はすわることができそうな大きくて豪奢な玉座の周りには、玉座よりも装飾は控えめではあるが、王族が座るための椅子が並んでいる。

 ズキチーケ王国の玉座はもっと質素なものなだけに、ロゼリアは改めて母国が財政難だったのだと実感した。
 今日のために新調したブルーのドレスは、初めてロゼリアが選んだものだった。

 ノエルファでなくてもいいと言ってくれたのだから、ピンク色のドレスを着ていなくてもいいわよね。

 不安を覚えつつ、壁際にずらりと並んでいる騎士たちと静かに待っていると、段上に人が現れた。

 国王、王妃、王子たちの順番でそれぞれの座席の前に立ち、段下にいるロゼリアを見下ろす。そして、国王が座ると王妃たちも着席した。

 国王と王子はすぐに親子だとわかるくらいに似ており、髪も瞳の色も同じだ。王妃はすらりとした体型の気の強そうな美人で、濃い紫色の髪を背中に流している。特に王子二人は双子だったかと思うくらいにそっくりで、ロゼリアは頭の中で記憶を探る。
 
 いや、たしか一つ違いだったはず。国王陛下の血を色濃く継いでいるということかしら。それによく見てみると、背の低いほうの王子は笑みを張り付けたような顔をしているし、もう一人は無表情だから性格はどちらかが王妃陛下よりなのかもしれない。

 一瞬だけ余計なことを考えるが、すぐに頭を切り替える。

「ロゼリア・パプキンと申します。この度は多大なご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした」

 ロゼリアは詫びの言葉を述べ、深々と頭を下げた。

「お前に迷惑をかけられたわけではない」

 国王の声は耳に心地よいバリトンボイスだった。国王は、五人で話したいことがあると言って騎士たちを部屋から出した。すると、王妃が水を得た魚のように話し始める。

「ロゼリア、あなたに会えて嬉しいわ。私はシャルロット。ここにふんぞり返っている愛想のない男性が国王のリンツ。そして、こちらがあなたの婚約者になるラブック、その隣が次男のルディウスよ」

 気が強そうな顔立ちとは裏腹に、シャルロットは屈託のない笑みを浮かべながら階段を下りてきてロゼリアの手を取る。

「ズキチーケ王国の元王女様に本当にそっくりね。あなたのように可愛らしい娘ができるなんて本当に嬉しいわ」
「あ、ありがとうございます」

 たしか、国王陛下が王妃陛下に何度も求婚して叶った婚姻だったはず。だから、王妃陛下のほうが立場が強いのね。それにしても、ここでもやっぱりノエルファ様に似ているという話になるのか。

 ロゼリアが苦笑すると、ルディウスが口を開く。

「母上、誰かに似ているって言われても、その相手に良い印象を持っていなければ嬉しいどころか不快です」
「そ、そうよね。ごめんなさい。別にあなたのことを元王女様の代わりだと思ったわけではないのよ」
「そうだよ、ロゼリア。君はノエルファじゃない。ロゼリアなんだ」

 爽やかな笑みを浮かべるラブックを見た時、ロゼリアの頭の中に浮かんだのは元婚約者、トーショの姿だった。

 彼とラブックの外見はまったく似ていない。それなのにラブックの笑顔がトーショのものと重なった。

「……ラブック、ルディウス。あなたたちは行っていいわ。女性同士で話したいことがあるの」
「父上はいいんですか?」

 小首を傾げるラブックにシャルロットは大きくうなずく。

「一緒に部屋に帰りたいから、彼には待っていてもらうわ。さあ、早く行きなさい。話が終わったら、ラブックのもとにロゼリアを連れて行ってもらうわ」
「承知いたしました」

 ラブックは納得すると、壇上から去っていく。

 三人だけになると、シャルロットは声が響くことを嫌ってか、小声でロゼリアに話しかける。

「レフス王国の国王陛下からあなたの話は聞いているし、こちらでもあなたの生い立ちを調べさせてもらった。今まで苦労をしてきたあなたにこんなことを頼むのも心苦しいのだけれど、あなたにしか頼めないのよ」
「私は何をすればいいのでしょうか」

 女同士の話というのは口実で、ラブックとルディウスに聞かれたくなかった話をしたかったのだと、シャルロットの意図を理解したロゼリアは、詳しい話を聞こうとして彼女に尋ねた。

「もしラブックが非常識なことをしているようなら、どんなことでもいいから連絡してほしいの」
「例えばどのようなことでしょうか」
「それは……」

 シャルロットが言い淀むと、リンツが代わりに話し始めた。

「この何年間かラブックに付いているメイドが何人も辞めている」
「メイドが辞めることはおかしいことではないはずです。気になるということは、異常なほどに辞めているのですか?」
「異常なほどではないが多いのは確かだ。それに気になるのは一年前までの出来事だ」

 国王陛下もなんだか言い出しにくそうね。よっぽどのことなのかしら。

 ロゼリアが警戒しつつも、自ら話してくれるのを待っていると、リンツは重い口を開く。

「最近は減ったが、この一年ほどの間に辞めていったメイドの理由が妊娠なんだ」
「おめでたいことだと思うのですが、何か問題でもあるのでしょうか」
「結婚するのだと言って辞めていったが、立て続けに五人も辞めていった。怪しんだルディウスが調べた結果、辞めたメイドたちは皆、実家で子供を産み、結婚などしていない」
「破局したというわけでもないのですね?」
「そうだ。ここ最近になって妊娠を理由に辞めるメイドが減ったのは、ノエルファに怪しまれたくなかったことと、さすがにラブックも警戒しているのではないかというのが私とルディウスの考えだ」

 陛下とルディウス殿下だけということは、王妃陛下はまだ、ラブック殿下を信じようとしているのね。

 ロゼリアは難しい表情をして、シャルロットを見つめる。

「私は真実を報告します。それでもよろしいですね?」
「……もちろんよ」

 シャルロットは覚悟を決めたように、大きく首を縦に振った。

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