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第5話  記憶(イロアスside リンスレット死後2日目)

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 リンスレット達の葬儀の次の日の朝、イロアスは目覚めると、自分の記憶の中に、がある事に気が付いた。

(リンスレットは自分の死を予感してた。というよりかは知っていた。なぜ、彼女が死んでしまったのか、そこまで聞いた覚えはない…。だけど、なんで今まで思い出さなかったんだ?)

 イロアスの両親は、今回のリンスレット達の事件でイロアスの心が傷付いている事は十分にわかっていたし、昨日の内に、犯人がラシックの可能性があると聞いた彼の両親は、イロアスが嘘をいう必要性がないと判断し、婚約破棄を本日中にロリアンナの家である、ポッカ辺境伯家に連絡する事になっている。

 18歳のイロアスは学園には通っていたが、最終学年の為、後を継ぐ事が決まっている彼は無理に学園に出席する必要もなかったので、早速、リンスレットの部屋に行ってみようと考えた。

 父にいきなり記憶が現れて、リンスレットから自分が死んだら見てほしいものがあると言われていたという事を思い出したと伝えると、父であるアイルも整った顔を歪めて頷いた。

「以前、お前にリンスレットが未来を予見できるみたいな話をされた、ロンヌの茶器の話を思い出した。お前と同じで、今日の朝に突然だ」
「私もなの」

 話を聞いていたロンヌも艶のある長い黒髪を揺らして頷く。

「どうしてにはなかったはずの記憶があるのかわからないけれど、何か理由があるという事だわ。でも、1人でイロアスを動かすのは心配よ」
「今日はリンスレットの家に行って部屋を見せてもらおうと思っているんです。リンスレットの家ならラシックがいない限り大丈夫でしょう」
「でも、リンスレットの部屋は徹底的に調べられたんでしょう? 血痕があったみたいだけれど、前からあったものだと、ラシックは…、って、そうね。ラシックが犯人なら嘘をつくわよね」

 ロンヌはうんうんと頷いた後、自分の夫に目をやる。

「私も付いていっても良いかしら?」
「お前が行っても足手まといになる可能性があるだろう。それにリンスレットの家なら、ヨークスがいるだろうから、彼が一緒にいてくれるだろう。彼は体力が夫人よりもあるから、多少は動けるはずだ。今頃はラシックは学園に行っているだろうし、それはマレフィナの一緒だから、今のうちだ。ラシックに気付かれない様にして動け」
「ヨークス様には、ラシックの話をしても良いですか」
「かまわない」

 アイルはイロアスの言葉に頷くと、厳しい表情で言う。

「絶対だとは言えないが、俺達の知らないところで何かが動いているのは確かだ。もしかしたら、過去のリンスレットの不思議な行動に繋がっているのかもしれない。とにかく、意味が理解できるまでは慎重に動け、いいな?」
「承知しました」

 イロアスは少数の護衛を連れて、馬車でトロエル家の屋敷の近くまで行った後、途中からは徒歩で門番達の所まで行くと、何の連絡もしていなかったにも関わらず、すんなりと中に通された。

 ポーチまで行くと、執事が中から扉を開け、イロアスの姿を認めると「旦那様からお聞きしております」と言って、彼をリンスレットの父である、ヨークスの部屋へ案内しようとしたので、イロアスは護衛をポーチで待たせ、もし、万が一、ラシックが帰ってくる様な事があれば屋敷内に入り、笛を鳴らせと指示をした。

(どうして、僕が来る事を、ヨークス様は知っているんだろう?)

 そんな事を考えながら、執事に付いて歩き、ヨークスの部屋までやって来た。

「……イロアスか」

 今日は調子が良いのか、ヨークスは、寝間着姿で窓際に立っており、弱々しい笑みを浮かべてイロアスを迎えた。

「ヨークス様、横になっておられた方がよろしいのでは?」
「娘と息子があんな事になったというのに、ジッとしていられないだろう…? それに、君が来る事はわかっていた」
「……一体、どういう事なんです?」

 イロアスが覚えているヨークスは目の前にいる様な、こんな弱々しい男性ではなかった。
 精悍な顔つきでがっしりとした体躯、自分の父が華奢なだけに憧れていた事もあった。
 それなのに、目の前にいるヨークスは、其の頃の面影など見る影もなく、病魔にやられたのか、頬はこけ、全身やせ細ってしまっていた。

「イロアス、今日の朝になって、忘れていたと思われる記憶が蘇らなかったか?」
「そうなんです! それは父も母も同じで…!」
「私もそうだ。そして、それがなぜだか説明できる」

 ヨークスは苦しそうな顔をして、ベッドに横になると続ける。

「本気にはしていなかったんだが、トロエル家には言い伝えがあり、トロエルの血を引く女性が、ある条件で殺された場合、時間を逆行していた事が何度かあるそうだ」
「時間を逆行だなんてありえません!」

 イロアスが端から否定すると、ヨークスは苦笑して言う。

「リンスレットから何か言われたんじゃないのか? たぶん、リンスレットが頼れるのは病気にかかった私でもなく、婚約者だったトマング殿下もなく、イロアス、君だ」
「……リンスレットから自分に何かあった時に、ベッドの下の床裏を見る様にと」
「そうか。なら、そこに答えがあるだろう」

(時間を逆行だなんて信じられない…。でも、リンスレットが時間を逆行して過去を変えたから、新しい記憶が作られてきたという可能性もある…)

 そこまで考えて、イロアスは疑問に浮かんだ事があり、ヨークスに尋ねる。

「まだ信じたわけじゃないんですが、ある条件で殺された場合、と仰られましたが、どういう条件なんです?」
「………」

 ヨークスはごくりと唾を呑み込んだあと、震える声で答えた。

「……身内に殺された時だ」
「……はい?」
「血の繋がった人間に殺された場合のみ、逆行している」
「――っ!」

 その言葉を聞いたイロアスは、逆行の話が現実味を帯びた気がして、ヨークスに一礼すると、急いでリンスレットの部屋へと向かった。
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