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9 夫は反省する気はないらしい
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「……いや、あ、あの、はじめまして」
ターチ様は何とか動揺を隠して、自分がチータだとアピールし始める。
「お、お会いできて嬉しいよ。君の話は初めて聞いたけど、仲の良い友達なのかな?」
「あら? ターチ様じゃない? 絶対にそうだわ! ターチ様! どうして、こんなところにいるの?」
驚いたふりをして聞いてみると、ターチ様は視線を宙に泳がせる。
「……ひ、人違いじゃないかな」
「そうかしら。顔色が悪く見えるけれど」
「そ、そうだよ。いや、あの、知っている人に似ていたので驚いてしまっただけなんだ」
「そうですか。わたしも驚いていますわ。わたしの夫にあまりにもそっくりですから」
同一人物なのはわかっている。でも、少しだけ遊んであげようと思った。
「そうなんですね。そんな偶然があるんですね。やあ、本当に驚きだ」
ターチ様はうまくごまかせたと思ったのか安堵した表情になると、家主の女性、フララさんに話しかける。
「お友達が来ているなんて知らなかったんだ。邪魔をして悪かったね。今日はもう帰らせてもらうよ」
「お待ちください。わたしがお邪魔のようですから帰りますわ。ですが、その前にチータ様に聞いておきたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「フララさんにプロポーズをするとおっしゃっていましたが、あなたの素性を教えていただけませんか。友人として心配なんです」
「……彼女に話してある通りですよ」
「役場にお勤めなんですよね。どちらの役場ですか」
「……いや、言ってもわからないと思いますよ」
ターチ様はへらへらと笑いながら答える。
言えるわけないわよね。だって、チータさんなんて存在しないんだもの。
すると、フララさんが口を開く。
「たしか、セイクウッド伯爵領内で働いていると言っていたわよね?」
「そ……、それはそうだけど」
フララさんのアシストに、わたしはすかさず反応する。
「あら、そうだったんですね。わたしはセイクウッド伯爵夫人なんです。領内の人に知られていないのは悲しいですわね」
「え!? あ、いえ、その、似ている人だなぁとは思っていましたが、まさか本人だとは思わなかったんです!」
ターチ様の話を聞いてため息を吐いたのは、わたしではなく、フララさんだった。
「チータ、今日はもう帰ってくれない?」
「あ、ああ。わかったよ。邪魔しちゃいけないからね」
ターチ様は天の助けと言わんばかりに明るい表情になって、すぐに逃げ出そうとした。そんな彼の背中にフララさんは声をかける。
「チータ、あなたにとってはただの遊びだったのかもしれない。でも、私は本当にあなたとの結婚を夢見ていたのよ」
「……っ!」
涙を流すフララさんを見たターチ様は、声にならない声を上げはしたけれど、それ以上は何も口には出さずに外へ出て行った。
「……フララさん」
「わ、私は……っ……、大丈夫です。い、行ってください」
フララさんをこのままにして、ターチ様の後を追うわけにはいかないと思っていたわたしの感情に気がついたのか、フララさんはそう言った。
――わたしがいたら、泣きたくても泣けないわよね。
「夫が申し訳ございませんでした」
わたしは深々と頭を下げ、返事は待たずに扉を開けて外に出た。その瞬間、扉の向こうからフララさんのすすり泣く声が聞こえてきて、胸が痛くなった。
きっと、他の人たちもフララさんと同じように傷ついている。それなのに、当の本人はまったく反省している様子は見えない。絶対に許さないわ。
決意を新たにして、わたしはターチ様の後を追った。
ターチ様は何とか動揺を隠して、自分がチータだとアピールし始める。
「お、お会いできて嬉しいよ。君の話は初めて聞いたけど、仲の良い友達なのかな?」
「あら? ターチ様じゃない? 絶対にそうだわ! ターチ様! どうして、こんなところにいるの?」
驚いたふりをして聞いてみると、ターチ様は視線を宙に泳がせる。
「……ひ、人違いじゃないかな」
「そうかしら。顔色が悪く見えるけれど」
「そ、そうだよ。いや、あの、知っている人に似ていたので驚いてしまっただけなんだ」
「そうですか。わたしも驚いていますわ。わたしの夫にあまりにもそっくりですから」
同一人物なのはわかっている。でも、少しだけ遊んであげようと思った。
「そうなんですね。そんな偶然があるんですね。やあ、本当に驚きだ」
ターチ様はうまくごまかせたと思ったのか安堵した表情になると、家主の女性、フララさんに話しかける。
「お友達が来ているなんて知らなかったんだ。邪魔をして悪かったね。今日はもう帰らせてもらうよ」
「お待ちください。わたしがお邪魔のようですから帰りますわ。ですが、その前にチータ様に聞いておきたいことがあるのですが」
「何でしょうか」
「フララさんにプロポーズをするとおっしゃっていましたが、あなたの素性を教えていただけませんか。友人として心配なんです」
「……彼女に話してある通りですよ」
「役場にお勤めなんですよね。どちらの役場ですか」
「……いや、言ってもわからないと思いますよ」
ターチ様はへらへらと笑いながら答える。
言えるわけないわよね。だって、チータさんなんて存在しないんだもの。
すると、フララさんが口を開く。
「たしか、セイクウッド伯爵領内で働いていると言っていたわよね?」
「そ……、それはそうだけど」
フララさんのアシストに、わたしはすかさず反応する。
「あら、そうだったんですね。わたしはセイクウッド伯爵夫人なんです。領内の人に知られていないのは悲しいですわね」
「え!? あ、いえ、その、似ている人だなぁとは思っていましたが、まさか本人だとは思わなかったんです!」
ターチ様の話を聞いてため息を吐いたのは、わたしではなく、フララさんだった。
「チータ、今日はもう帰ってくれない?」
「あ、ああ。わかったよ。邪魔しちゃいけないからね」
ターチ様は天の助けと言わんばかりに明るい表情になって、すぐに逃げ出そうとした。そんな彼の背中にフララさんは声をかける。
「チータ、あなたにとってはただの遊びだったのかもしれない。でも、私は本当にあなたとの結婚を夢見ていたのよ」
「……っ!」
涙を流すフララさんを見たターチ様は、声にならない声を上げはしたけれど、それ以上は何も口には出さずに外へ出て行った。
「……フララさん」
「わ、私は……っ……、大丈夫です。い、行ってください」
フララさんをこのままにして、ターチ様の後を追うわけにはいかないと思っていたわたしの感情に気がついたのか、フララさんはそう言った。
――わたしがいたら、泣きたくても泣けないわよね。
「夫が申し訳ございませんでした」
わたしは深々と頭を下げ、返事は待たずに扉を開けて外に出た。その瞬間、扉の向こうからフララさんのすすり泣く声が聞こえてきて、胸が痛くなった。
きっと、他の人たちもフララさんと同じように傷ついている。それなのに、当の本人はまったく反省している様子は見えない。絶対に許さないわ。
決意を新たにして、わたしはターチ様の後を追った。
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