犬猿の仲だと思っていたのに、なぜか幼なじみの公爵令息が世話を焼いてくる

風見ゆうみ

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5  恋人のふり

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 その日の晩、私の元にフェルナンディ子爵からの手紙が届けられた。
 碌な手紙ではないだろうと持っていたけれど、思っていた通りだった。
 要約すると、手紙の内容はこんな感じだった。

 ホーリルが言っていたように私とホーリルの婚約を破棄して、私への援助を打ち切る。
 慰謝料はない。
 理由はギャンブルで全ての有り金を使ってしまったから、支払うお金がないから。
 私の名前でお金を借りたことがあり、私の名前はブラックリストにのっていて、お金は正規業者からは借りられない。
 婚約破棄するかわりに、迷惑料として今まで私に使っていたお金を返せという、ふざけた内容だった。

 手紙を読み終えた私は、ルームメイトのエアリス・ノラベルに話を聞いてもらい、何とか怒りを発散することにした。

「フェルナンディ子爵は本当に貴族なのかしら? どうして私の名前でお金を借りるのよ! というか、人から家族を奪っておいて、よくもまあ、ギャンブルを続けられるものだわ!」
「最低な人間だと思ってはいたけど、性格がどうとかではなく、頭が悪いからそうなのかしら。ビアラ、私に力になれることがあったら遠慮なく言ってね」

 ベッドに横になっていたエアリスが、おろした長い黒髪の一部を耳にかけながら、心配そうな表情で言ってくれた。

 その後、エアリスは自分の家族に私の寮費などを出してもらえるように頼んでみると言ってくれたけれど、それは断った。
 
 お金の貸し借りで友人関係を壊したくないし、それにいつかお金が返せるようになってお金を返そうとしても、エアリスや、そのご家族が受け取ってくれない気がしたからだ。

 エアリスやノノレイの様な良い友達に恵まれただけでも幸せよね。
 
 それにしても、婚約をするって言ってきたのも婚約破棄してきたのもあっちなんだし、迷惑料を払うのは向こうじゃないノ!
 ああ、気分が悪いわ。

「この迷惑料というやつは、ビアラがもらえそうな気がするわ。ディラン様が何も動いてくれないのなら、私のほうが動くわね。こういうのは大人にやってもらったほうが良いわ」
「ありがとう。とにかく最初は無視してみるわ。どうにもならなくなった時は頼むかもしれない」
「何かあった時にすぐに動けるように、両親にこの話は伝えておくわね」

 エアリスはそう言うと、窓際に置かれている書き物机の椅子に座り、手紙を書き始めた。



*****



 次の日の朝、廊下から教室の中を覗くと、階段教室の奥にある最上段の席にクラスの女子生徒が固まっていた。

「おはよう」

 私が近付いていくと、その内の多くの女子は普通に挨拶を返してきたけれど、二人ほど、私を睨んできた子たちがいた。
 その子たちがミーグスに本気で恋をしている二人だと知っているのと、こんなことは慣れっこなので気にせずに、ミーグスの隣である私の席に座り、机の上に鞄を置いた。

「おはよう、ビアラ」
「おはよう、って、ん!?」

 ミーグスに挨拶され、普通に挨拶を返したところで違和感に気がついた。
 そして、動揺しながらも聞き返す。

「え、今、なんて言ったの?」
「もう忘れたわけ? 昨日は婚約破棄を言い渡されて慰めあった仲じゃないか」
「慰めあった仲!?」 

 私が聞き返すと、ミーグスが答えを返す前に彼を取り巻いていた女子たちが騒ぎ始めた。

「ディラン様! 慰めあったって、どういうことなんですか!?」
「それよりもディラン様、婚約破棄って、どういうことですか!? まさか、婚約を破棄されたんですか!?」
 
 ミーグスに詰め寄る女子たちを見て、いつもの私なら「もう少し静かにしてほしい」と思うくらいで終わるのだけれど、今日からはそれでは駄目だということを思い出す。

 私は今日からミーグスの盾なのよ。
 お金と権力に負けた女だと笑われようとも、ミゼライト家を復活させるために頑張ると決めたのよ。

 大きく息を吸ってから口を開く。

「ちょっと待って! みんな、落ち着いて話を聞いて。慰めあったって言い方がおかしいのよ。私が彼のボディーガードをすることになっただけだから」
「ボディーガード?」

 ミーグスを取り囲んでいた女子たちの視線が一斉に私に集まった。

「ほら、あなたたちだってそうだと思うけれど、ミーグスがフリーになったとしたらぜひ私が婚約者になりたいってなるでしょ?」
「それはそうかもしれないわね」
「だから、彼の正式な婚約者が決まるまでは、私が他の女性を近付けないようにすることになったの」
「ビアラ。僕のことはディランと呼ぶ約束だろ?」
「は!?」

 ミーグスが私の手に触れて言うものだから、取り巻きの女子たちから悲鳴が上がった。
 私は彼の手を振り払って叫ぶ。

「ちょっとミーグス、何を考えてるのよ! お触りは禁止だけど、どうしてもって言うんならお金を取るわよ!?」
「突然、触ったことは謝るよ。許可なく触ったら昼食を僕が君にご馳走する。これでどう?」
「い、一回につき一食ってことかしら?」
「それで良いよ」

 ミーグスが微笑むと、女子生徒たちが叫ぶ。

「ディラン様! 私だったらいくらでも触ってくださっても結構ですよ!」
「私もですわ!」

 いくらでも触っていいってどういうことなの。

 呆れ返っていると予鈴が鳴った。
 ブツブツ言いながらも自分たちの席に戻っていく取り巻きたちを見送ってから、ミーグスに話しかける。

「ミーグス、あなた、もしかして、私と付き合ってることにして女性を遠ざけようとしてるとかじゃないでしょうね」
「御名答」
「御名答じゃないわよ! 他にも方法があるでしょう!」
「十分、牽制にはなるから良いんだよ」
「あなたの恋人の役なんて嫌よ。どれだけ恨まれるかわからないじゃない。他の子に頼みなさいよ」
「君は目的があるから多少のリスクは負えるだろう? それに、他の女性に頼んだ時点で、その人が正式な婚約者に決まるようなもんじゃないか」
「そうよね。何かあったら責任を取らなくちゃいけないものね。だけど、そんな嘘をつく必要はあるの?」

 眉根を寄せる私を見て、ミーグスは鼻で笑う。

「まさか、僕を意識してるわけ? だから名前も呼べないの?」
「そんな訳ないでしょ!」
「じゃあ、何で名前で呼べないんだよ」
「そ、それは」

 そう言われたらそうよね。どうせ嘘なんだもの。
 だけど、今更、呼び方を変えるなんて難しいわ。
 私の中では彼はミーグスなんだもの!
 今のところ会うことはないけれど、社交場であったとしてもミーグス公爵令息であって、ディラン様ではない!

「皆の前だけでいい。二人だけの時なら、いつも通りにしてくれればいいから。あと、恋人のふりをしてくれるなら報酬を出すよ」
「……わかったわよ。でも、ノノレイやエアリスには本当のことを言ってるからね。それから、その分の報酬は良いわ。人に嘘をついてまでお金をもらうのは、あまり好きじゃない」
「わかった。それから、どこまでに真実を話すかだけど、クラスメイトには口止めするなら話してもかまわないよ。協力してもらえると助かるし」

 平然とした様子のミーグスを見て、動揺しているのが私だけだと思うと、なんだか馬鹿らしくなってきた。
 だから、気持ちを切り替えて授業に集中することにした……のだけれど、窓側の後ろの席に座っているにも関わらず、授業中もクラスメイトの視線が私たちに向けられるため、落ち着いて授業を受けることができなかった。

 次の休み時間にミーグスと私の婚約破棄の話とミーグスの婚約者が決まるまでは、私が恋人のふりをするということを伝えると、表向きだけかもしれないけれど、皆は納得してくれた。
 ミーグスの取り巻きの一人が聞いてくる。

「あなたたちが付き合っているフリであるということを知っているのは、このクラスの人間だけってことにするのよね?」
「ええ。協力してもらえると有り難いんだけど」
「もちろん協力するわ。ミゼライトさんが恋人ではないと知っている私たちだけが、ディラン様に、このクラス内では堂々とアプローチ出来るってことですもの」

 一人の言葉に、ミーグスに好意を寄せている女子たちが大きく頷いた。

 協力してくれるのはありがたい。
 ありがたいんだけれど、私がミーグスの恋人のフリをしなくちゃいけないことに、誰も反対はしないのね。
 私とミーグスの間に間違いが起こるわけがないと思っているからかしら。

「ありがとう、皆。助かるよ」

 ミーグスが笑顔で言うと、彼の周りを取り囲んでいた女子生徒たちは頬を赤らめ、満面の笑みを浮かべて頷いた。
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